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327海水浴場脅迫事件05

 須崎が頭を掻きむしった。純架に出し抜かれたことで誇りを傷つけられたらしい。


「なるほどな。お前はそれに、焼きそばの売り上げという考えを経由して辿り着いたってわけか。畜生。また先を越されたか」


 真相を知った須崎は悔しそうにほぞを噛む。俺はすっかり解けたかき氷を飲んだ。


「……てことは、犯人はまんまとこの店の売上金を掻っさらったということか。やられたな、純架」


 そう、事件は終わってしまったのだ。犯人の目論見(もくろみ)は誰にも邪魔されることなく、達成されてしまった。もうこれ以上どうしようもない。


 だが純架は首を振った。その目は昂然(こうぜん)と光り輝いている。


「いや、まだ事件は終わっていない――と思いますよ、須崎さん、楼路君」


「何だと?」


 店長が営業を強引に終了させ、どこかに携帯電話で連絡している。純架はそれを横目で見ながら須崎に依頼した。


「今、店長が警察に連絡しています。須崎さん、ここは一つ、警察に『天才高校生探偵』として知られている貴方の人脈を貸してください。この店の従業員全員をリストアップしてほしいんです」




 海の家は臨時休業となって閉められた――貸し出しグッズの返却受け取り対応は継続されたが。それはこんがり焼けた肥満気味の男が当たっていた。背の低さと相まって岩石を思わせる。落ちくぼんだどんぐりのようなまなこはやや不気味で、太い黒眉毛はゲジゲジのようだった。


 やがて警察が到着した。室川(むろかわ)という年配の地元警官は、髪の毛は真っ白で、皺が目立つ三角顔だった。まるでカマキリみたいで、鋭利な顎はそれだけで紙を切れそうなほどだ。柔和で穏やかな瞳が他人の警戒心を解きほぐしてくれるのが救いだった。


「須崎巧君? 知らないなぁ」


 室川さんは、最初こそ須崎を邪険に扱っていた。しかし須崎が知り合いの刑事の名前を出すと、途端に愛想が良くなった。


「ははあ、住山(すみやま)さんの……。これはご無礼を。え? 従業員全員の名前? はいはい、今すぐに」


 かくして店員の名前が分かった。




阿比留勝(あひる・しょう)……男。43歳。海の家店長。調理担当。




中迫軍馬(なかさこ・ぐんま)……男。25歳。海の家副店長。資材搬入担当。




川治武満(かわじ・たけみつ)……男。19歳。海の家のアルバイト。調理補助担当。




涼風(すずかぜ)みのり……女。23歳。海の家のアルバイト。ホール担当。




松井加奈子(まつい・かなこ)……女。25歳。海の家のアルバイト。レジ打ち担当。




多々良和樹(たたら・かずき)……男。21歳。海の家のアルバイト。マリングッズ――パラソル、サマーベッド、浮き輪など――のレンタルとその呼び込みを担当。




 この中で俺たちがまだ姿を見ていなかったのは中迫副店長だけだ。それはすぐに分かった。室川さんの質問にはきはき答える若き彼は、ちりちりのパーマをかけた茶髪で、強いオリエンタルな雰囲気を醸し出している。耳にピアスが垂れ下がり、焼けた皮膚はやや肉が足りなかった。


 多々良さんを除く5人が店内の椅子に腰掛け、室川さんたち警察の捜査を観察している。その中でも、サングラスの阿比留店長はすっかり弱りきっていた。流れ着いた無人島で一人海を眺めている風だ。


「あの金庫の中には100万円以上が収められていましたからね。いやあ参りましたよ。一応表の出入り口と店内には監視カメラを取り付けていましたが、カウンター側と裏口はさっぱりなんでね」


「ほう、100万円も……。今に県警刑事部捜査第三課の職員が応援にやって来ますので、まあ今更遅いかもしれませんが、証拠保全のためにもカウンター内にはもう戻らないようにしてください」


「はあ、お願いします」


「ところで、いつ頃、どうやって手提げ金庫が紛失していると気付かれたのですか?」


 レジ打ちの松井さんが控え目に挙手した。


「私が30分ほど前に、あちらの綺麗な子から指摘されて……」


 純架を指差す。純架はトランプで一人ババ抜きを楽しんでいた。


 それ面白いのか?


 室川さんが純架に問いを投げかける。


「君、どうやって気付いたのかね?」


「それはつまりこういうことです」


 純架は先ほど俺たちに説明したことを、相手を()えて繰り返した。


「ほうほう、例の脅迫状がこちらのミスリードを誘うものだと思ったのかね」


 室川さんが膝を叩く。純架はあまり興味なさげに、俺の前でトランプを左右に広げた。


「楼路君、好きな一枚を選んでくれたまえ」


 何の真似だ? だが一応、俺は中心よりやや右にある一枚を指差した。


「これだね。それじゃ……」


 トランプを一つにまとめ、ケースに収める。それを脇に置いて、純架はお冷やを取りに冷水機のもとへ向かった。


 何のために選ばせたんだよ。




 やがて鑑識課員が到着し、室川さんと相談すると、閉め切られた室内でカウンターの裏を調べ始めた。


 その後ワイシャツの襟をくつろげ、いかにも暑そうにしながら偉そうにふんぞり返る男がやって来た。彼が担当刑事のようだ。やや太り気味だが運動神経は良さそうである。武道の達人らしき気配を醸し出していた。丸い頭はどんぐりのようで、目がやや小さい。


 阿比留店長に一礼した。


「県警の武老(ぶろう)です。この度は大変な目に遭われました」


「おお、これはこれは」


 武老刑事は早速室内を見渡して、ただただ傍観(ぼうかん)しているしかない俺らを見定める。まずは県警の威光に犯人があぶり出されないか、試している風だった。しかし得るものはなかったらしく、いまいましそうに唇を噛み締める。


 しばらくして室川さんの挨拶と現場の状況説明を受けた。刑事は早速結論を出す。先ほどの須崎のように。


「……阿比留店長」


「はい」


「もう金庫は盗まれ所在不明です。恐らく犯人が外部の者と通じてとっくに車で持ち去ったのでしょう。金庫は返ってきやしないと、まずは諦めが肝心ですよ。もちろん我々は捜査に全力を尽くしますがね」


 阿比留店長は禿頭をつるりと撫でた。汗が清流を作り出す。


「そんなあ……まいったな」


 純架が口を挟んだ。


「待ってください。まだ事件は終わっちゃいません」


 武老刑事が不意を突かれてこちらに振り向く。


「何だね、君は」


 純架は立ち上がった。容姿端麗で均整な体を持つ彼は、先ほどから女性店員たちの注視を独り占めしていた。


「僕は『探偵部』部長の桐木純架と申します。……店長、手提げ金庫はどれくらいの大きさで、何色をしていましたか?」


 阿比留店長はサングラスを持ち上げ、彫りの深い両目をすがめた。手振りで示すサイズは小さめだ。


「銀色だよ。工具箱のような細長い形状で、上部に取っ手、中央に鍵がついていた」


「持ち歩くと目立ちますよね?」


「太陽の光を反射させるからね。周囲の視線を引き付けるだろう」


 純架は刑事に近づき、その耳元に何やら吹き込む。武老さんは黙って聞いていたが、やがてその顔に驚愕をにじませた。純架が離れると、その顔をまじまじと見やる。


「なるほどな。覚えておこう」


 俺も店員たちも蚊帳(かや)の外で、『探偵部』部長が話した内容は聞けずじまいだった。

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