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325海水浴場脅迫事件03

 俺は純架の目がきららかに輝いているのを見て内心呆れ返る。どこまでいってもこの男は、謎解きが大好きなのだ。


『探偵部』部長の熱意にややほだされたか、須崎は少し歩み寄りを見せた。


「……そうだな。あの島の一件では、まぐれとは言え桐木が真相を暴いたからな。――お前らに俺の手足となってもらうのも悪くはないか」


 自分を納得させるようにしきりとうなずく。やがて思い決めたように語調をはっきりさせた。


「それなら話してやるから、耳をかっぽじってよく聞け」


 波が砂をさらい、観光客がはしゃいで泳ぐこの状況で、彼は場にそぐわぬ深刻な声を発する。


「実はこの海水浴場を管轄する田場市市役所()てに、こんな脅迫文が届いたんだ。『田場海岸の運営関係者たちに警告する。本日よりただちに海を閉鎖せよ。さもなくば海で泳ぐ者が重大な脅威にさらされるであろう』……」


 俺は息を呑んだ。脅迫状か。純架が早速質問する。


「ほう、酷い内容ですね。直筆ですか?」


 須崎の赤髪が微風に揺れる。


「いいや、プリンタで出力されていた。封筒もそうで、犯人の筆跡は分からなくなっている。差出人の住所氏名はもちろん、複数人だったとしても犯行グループ名の記載がない」


「指紋や髪の毛が付着していたりとかは?」


「それもなかった。手袋をして(のり)でとじたんだろう」


「で、それはどういった経路で市役所に届いたんですか?」


「郵便局員が回収した時刻は昨日の午前なので、恐らく2日前の夕方から昨日の早朝に市内のポストに投函されたものと思われる。ポスト周辺で不審な人物は目撃されていない。昨日の夕方にはもう市役所所員の手に渡っている」


 俺は割り込んだ。脅迫状が本当なら、『海で泳ぐ者』、つまり俺たちも対象だ。これはのっぴきならない事態といえる。


「『重大な脅威』って何ですか? 爆発物とか毒薬とかですか?」


 須崎は前髪を掻き上げた。香り立つような男前である。


「さあ、さっぱり分からん。ただあまりにも分からな過ぎるため、市役所の担当部署はいたずらの一種だろうと見なして、海を開放し続けることで意見を一致させたんだ」


 純架が目を丸くする。


「ずいぶん思い切りましたね」


「もちろん、のちのち何事か生じたときに言い訳がないと困る。だからとりあえず警察に通報し、また通常より警備員やライフセーバーを増やして監視警戒、相互連絡を密にしたそうだ」


 純架は「でしょうね」と納得した。


「それで須崎さんは、何でこの件に首を突っ込んでいるわけですか」


「もちろん正義感からだ。懇意(こんい)の刑事から話を聞きつけて、俺も助力すると宣言し、こうして朝からこの海を見張っているというわけだ」


 なるほど。それでこの場所にいる俺たちに気がついて、話しかけてきたというわけか。俺は納得して、ついで恐怖のいばらに全身を絡め取られた気分になった。遠くで泳いでいた奈緒と日向の身は――


「桐木君、楼路君、そちらのかたは?」


 危なくなかった。もう海から上がっている。俺は答えた。


「ちょっとした知り合いだよ」


 須崎が鼻で笑い、見下したようにからかってくる。


「何だ、女連れか。彼女らも『探偵部』というわけか?」


「ええ、まあ」


 純架が足元を見つめながら、快心の笑みを浮かべて何度も首肯した。


「こりゃ面白い。面白過ぎる……」


 奈緒も日向も何が何やら分からずぽかんとしている。純架は彼女らをいったん無視して須崎に問いかけた。


「須崎さん、犯人像はどんな感じだと思いますか?」


「さあな。犯人が何をやらかそうとしているのか五里霧中(ごりむちゅう)だ。どうせ怨恨(えんこん)の線だろうとは思うがな。市役所か田場海岸に恨みのある者が、ただのいたずらで仕出かした蓋然性が高いと見ている」


 須崎は顎を撫でさすり、高い空を見上げた。


「それか、今日の警戒の凄まじさに、『重大な脅威』とやらをもたらすのを諦めたか。そんなところだろうよ」


「そうですね、今のところはそれが有力ですね」


 純架は嬉しそうに両手を揉み合わせる。


「まあともかく、聞いた以上は僕らも犯人探しに協力しますよ。『探偵部』、ちょうど全員揃ってますし」


 須崎が嫌そうに地上に視線を下ろす。


「遊びじゃないんだがな」


「まあまあ、いいじゃないですか。僕らが勝手にやるだけですから――須崎さんのように」




 純架は俺と奈緒、日向を引き連れ、めいめい勝手に遊んでいる『探偵部』部員に声をかけた。もちろん水泳特訓中の健太たちも強引に呼び寄せる。そして10人全員が、誠のパラソルの下に集まった。


 純架は須崎から聞き出した情報を小声で並べた。さすがに全員が緊張感を示し、暑さによるものとは異なる汗を額に浮かべた。


 奈緒が憤慨している。腕組みして口を尖らせた。


「馬鹿みたい。平和な海水浴客を狙うなんて」


 一方、日向は戦慄と寒気を覚えたらしい。両肘をかき抱いた。


「ちょっと泳いでられないですね。『海で泳ぐ者が重大な脅威にさらされるであろう』ですよね? 私、怖くなってきました」


 真菜はここぞとばかりに日向を揶揄(やゆ)する。


「純架様がおっしゃるなら、あたしにとってそれは天啓ですです。臆病者はいりませんです。あたしは純架様をお手伝いしますです!」


 健太はお腹を鳴らした。食欲が込み上げているようだ。


「おいら、まだ泳げないままなんですが……。ああ、腹減りました」


 結城が英二の前に片膝をついている。


「英二様、専属メイドとして貴方が泳ぐことを是認(ぜにん)できません。サンオイルを塗って差し上げますので、今日はもう休養に徹してください」


 誠はその言葉に噛み付いた。


「あんまり英二にベタベタしないでくれないか、菅野さん」


 英二は黒服からアクエリアスのペットボトルを受け取って飲んでいる。ぷはっ、と一息ついた。


「お前ら何をごちゃごちゃ言ってるんだ。純架と一緒に海岸を巡回するぞ。『探偵部』としての活動が最優先だ、そうだろう?」


 朱里が後頭部で両手を組み合わせた。


「この人混みの中から、一体どうやって不届き者を見つけ出すっていうんですか?」


 純架は『探偵部』部長として指示を出す。その態度は毅然(きぜん)たるものだった。


「怪しい動きや格好をしている奴を探すんだ。刃物や銃やその他の危険物を携帯しているなら、このくそ暑い中それを隠すために厚着している蓋然性が高いからね。明らかに不自然な奴を見かけたら、すぐに仲間や須崎さん、警備員やライフセーバーに合図を出してくれたまえ」


 それから部員の割り当てや待機時間を決めて、確固たる意志を胸に散会した。




 手紙の犯人は単数か、複数か。それすら判然としない中、『探偵部』の面々も監視員も須崎もライフセーバーも、広大な海岸で(たわむ)れる人々へ目を光らせて警戒する。しかし何時間経っても何も起こらない。引き上げる客も出る中、太陽は中天を過ぎた頃だった。須崎が俺と純架の元に来る。


「おい桐木、『探偵部』連中に食事やトイレのための休憩時間を与えてやってるんだろうな。水分補給とかも熱中症対策で必要だぞ」


 意外と気遣いしてくれた。単に女に対してだけ優しいのかもしれないが。

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