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321ダイヤのネックレス事件05

 その後、『探偵部』の3グループは互いに敵視し合いながら、1階を調べ続けた。しかし探せど探せど、スマホの写真に鮮やかに刻まれていた品物は見つからない。


 結城が客間の美術品を仔細(しさい)に調べる俺を見咎めた。


「壊さないでくださいね、高価なものですから」


 英二の大声がどこかの部屋から漏れ聞こえてくる。


「おい、サービスして言わせて貰うなら、俺も結城もトイレに隠したりなんかしないぞ」


 刻限である日没が間近くなる。俺たち8人は、いまだそのシルエットすら見せないダイヤのネックレスに、疲労感をつのらせていた。


 俺と奈緒のもとに純架がやってきて声をかける。どうやらいったん広間に集まって、今後のことについて協議したいとのことだ。


「残る二つの質問を有意義に使いたい。そのためには集合してもらわないとね」


 俺は大分斜めに傾いてきた日差しを睨み、無駄な時間を過ごす余裕はないと思った。


「行くか、奈緒」


「そうね、楼路君」


 半ば諦め気味だった。英二の奴、本当に1階に隠したのか? それすら疑われてくるほどの、あまりの進展のなさだった。


 かくして憂鬱(ゆううつ)そうな顔が8個並んだ。英二と結城は三宮剛の一件があってから、似たような曇り空の表情をしている。


 純架が億劫(おっくう)そうに切り出した。


「どうだい、飯田さん、藤原君。君らのグループに了解を取りたいんだが……」


「何よ、了解って」


「英二君への第四の質問を、僕がしてもいいかってことだよ」


「何か思いついたのね」


 誠が疑心暗鬼を舌にのせた。


「それは決定的な質問になるのか?」


 真菜が両手を組み合わせて純架を拝む。


「純架様、どうぞご随意(ずいい)のままにですです」


 俺は籐椅子に腰掛けた。


「俺はもうくたくただよ。何でもやってくれ、見つかるんならな」


 朱里と健太、日向も含んだ7人全員が純架に機会を託した。『探偵部』部長は英二と向き合う。


「じゃ、皆の了解が取れたってことで、四つ目の質問だ。いいかい?」


「ああ、構わないぞ」


「それじゃ遠慮なく……。『ダイヤのネックレスは、1階に隠されている?』」


 英二は快心の笑みを浮かべた。甘い変化球を打ち返す感じで、はっきり答える。


「返事は『いいえ』だ」


 一瞬、場は静まり返った。直後にどよめきが室内を占拠する。奈緒ががなり立てた。


「ちょっと! どういうことよ!」


 健太が頭をかきむしる。


「3階建てのログハウスで、『3階に隠されていない』、『2階に隠されていない』、『1階に隠されていない』……。おかしいじゃないですか。ダイヤのペンダントはこの建物のどこにもないってことになりますよ」


 俺は怒りで卒倒(そっとう)しそうだった。


「そうだそうだ! ふざけてるのか、英二!」


 英二はにやつくばかりだ。この状況を心の底から面白がっている。


「俺はちゃんと正確に答えているぞ。頭を使え、頭を」


 結城も笑いそうになる口元を引き締めるのに必死だ。


「もうじきタイムアップになりますよ。最後の質問をなさらないのですか?」


 そのとき、上の階からシェパードの鳴き声が聞こえてきた。ライアンのものだろう。真菜がまばたきする。


「あれ? ライアンちゃんは2階ですですか?」


「それは質問と捉えてよろしいのですか?」


「あ、いえいえ! 違いますです!」


 純架が指を鳴らした。


「分かったぞ! 僕としたことが、こんなことに気付かないなんて……!」


 俺は俄然(がぜん)興味を()かれて尋ねた。


「何がだ、純架」


 彼は自分の愚鈍を呪うように頭を叩いた。


「ダイヤのペンダントは移動しているんだ。このゲームが始まった当初は1階にあったけど、今は2階か3階にあるってわけだ」


 誠が閃いたとばかりに叫ぶ。


「ライアンだ! あいつの首輪の裏にダイヤのペンダントが隠されているに違いない。今あいつは上の階にいるんだからな、『1階にはない』という英二の回答にも合致する」


 俺は英二の顔を注視した。謎を解かれて悔しがる――ふうには見えない。だがさっきまでの浮き浮きとした笑顔が消えているのは確かだ。


 日向が純架の袖を引いた。


「行きましょう、桐木さん! こうなったら争奪戦です。ダイヤのペンダントは、最初に手にした人物が獲得出来るのですから」


 その台詞を引き金に、8人全員がシェパード犬の姿を求めて部屋を飛び出した。階段に殺到すると、危なっかしい足取りで駆け上がる。先頭の奈緒が甲高い声を発した。


「いた! ライアンちゃん!」


 英二の飼い犬は、床に寝そべって居眠りをしていた。こちらのどたばたする音に頭をもたげ、遊んでくれるのかな、とばかりに尻尾を振る。


 2番手の誠が奈緒を追い抜いた。立ち上がるライアンにスライディングで近づき、その首輪に早くも指をかける。俺たちは先を越されたと知って観念した。


 だが――


「ない……!」


「何ですって?」


 誠ははしゃぐ番犬の首輪をまさぐりながら、絶望という名の生ける絵画と化した。


「どこにもない。ダイヤのペンダントは、首輪の裏になんか隠されていなかったんだ!」


 俺たちは呼吸を乱したまま彼の悲痛な声を聞いた。誰もが落胆する中、一人純架は思考の迷路を探索している。俺は当てが外れて自暴自棄にしゃがみ込んだ。


「おい、ないってよ、純架。ダイヤのペンダントなんて、やっぱりこの建物には存在しなかったんだ」


 純架は沈思の沼から這い上がるように言葉を紡いだ。


「……ライアンは首輪だけで、紐はついていないよね。つまりこの建物内では放し飼いというわけだ。だから自由に動き回り、2階への階段も上った」


「それがどうしたってんだ?」


「つまり、英二君が最初に僕の三つの質問に答えたとき、断言できるわけがなかったんだ。『ライアンは1階に必ずいる』ってね。もしかしたら、そのとき2階や3階にライアンが上がっていたかもしれないわけだからね」


「俺は見たぞ、ライアンが1階奥の部屋にこもっていたのを。黒服さんたちがその中に多数出入りしていたぜ」


「それは別の面から問題をおかしくさせるよ。僕が最初にした三つの質問の内容は、僕が撃ち出すまで、僕以外の誰も知らなかったんだからね。英二君は予期できたはずがないんだ。だから1階奥の部屋に前もって愛犬をこもらせるなど、考え付くはずもないというのが道理だよ」


「ああ、そうか」


 純架は更に黙考し、その果てに、何か()き物が取れたようなさっぱりした顔になった。


「……うん、うん。なるほどね」


「分かったのか?」


 純架は答えず、すっかり意気消沈して座り込む6人に告げた。


「英二君に最後の質問をしたいんだけど、いいかい?」


 奈緒はライアンと抱き合ってもふもふを楽しむ始末だ。


「いいわよ、勝手にすれば? もう日暮れだし、お腹空いたからご飯にしたいわ」


 健太が腹を鳴らした。念仏のように唱える。


「バーベキュー、バーベキュー……」


 朱里は真菜と共に敗北宣言した。


「今更オレにはペンダントの()()なんて分かりっこありませんし……。それが判明したっていうんなら、もう勝手にしてください。横取りする気はありません」


「そうですです」

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