320ダイヤのネックレス事件04
他の部員たちも似たような行動を取っていた。純架ですらそうだ。俺たちは互い互いの行動を逐一盗み見て、ライバルが探し終えて出てきた部屋へ入ってみたりした。あるいは宝物を見落としたかもしれないからだ。
だいぶ時間が経過したが、まだ半分も調べられなかった。そこで気がついたのが、奥の部屋にいちいち出入りする黒服たちだ。要人でも来ているのだろうか? ……と思っていたら、そのドアがゆっくりと開いた。
近くで壷を逆さにして振っていた純架が、異音に耳をそばだてる。
「おや、犬の鳴き声が聞こえるね。……おっと」
赤い首輪をつけたジャーマン・シェパード・ドッグの中型犬が、内側から飛び出して、こちらへと走り寄ってきた。茶色で三角の耳をしている。俺たちの調査を見物していた英二のもとに来ると、舌を出しながらお座りした。
「よしよしライアン、いい子だ」
英二がこの可愛くたくましいペットの頭を撫でてやる。犬は嬉しそうに見上げて尻尾を振った。
純架が感心したように、その場で舌を出しながらお座りする。
「へえ、よく馴れてるね」
お前もな。
結城が犬と戯れる英二を微笑ましく見つめた。
「今は天国に旅立ってしまった、ゴールデンレトリバーのジョンの、彼は跡継ぎというわけです。ライアンは厳しくしつけられて、今は英二様の護衛としても活躍しているんですよ」
純架はライアンのもとに歩み寄り、「お手!」と手を出す。シェパードはちょこんと前足を伸ばして純架の手に載せた。奈緒や真菜が探索を一時中断して、何事かと群がってくる。
英二はたちまち人気者となった愛犬をいたわった。
「おい、ライアンが困るじゃないか」
しかし俺の見る限り、英二はペットに興味を持たれて少し嬉しそうだった。奈緒が犬に抱きついて頬ずりする。
「思ったよりがっしりしてるね」
飼い主は得意げに胸を反らした。
「まあ災害救助犬や軍用犬、警察犬、麻薬探知犬として、あちこちで幅広く活躍している犬種だからな。……よしよし、後で遊んでやるからな。お前らもダイヤのペンダントを探すのに戻れ。時間がもったいないぞ」
純架は英二に尋ねた。
「何でライアンを連れて来たんだい?」
英二は少しはにかんだ。
「俺が単純に『探偵部』の皆に見せびらかしたかったというのもある」
すぐ生真面目な檻に取って返した。
「ただ、ダイヤのペンダントを見つけても名乗り出ず、そのまま懐にしまう奴もいるかもしれない――と考えてな。その用心のためにここへ運ばせたんだ。何しろライアンの嗅覚は一級だからな、無言でのネコババは不可能だ。……いや、見つけた奴のものになる約束だから、別にネコババしてもいいんだけどな。それじゃつまらんだろう」
俺は舌打ちした。
「ちぇっ、信用ねえな」
ライアンを中心に『探偵部』の輪が出来ていると、そこへいつの間にやら見知らぬ中年が現れていた。純白のワイシャツから黒々と日焼けした頭部と腕が覗いている。紺のスラックスを穿き、オールバックの黒髪だ。鉄塔のような威圧感と高身長を誇り、冷徹な眼光が他の特徴を全て消し去っている。鉄板を入れたような分厚い胸板は、日頃彼が肉体的修練を行なっていることを示していた。
英二がその存在に気付き、杭のように背筋を伸ばした。柔和な顔はとっくに霧消している。
「父上。お久しぶりです」
純架が目をしばたたいた。
「英二君のお父さん? この方が?」
威厳の鎧をまとった騎士は、傲然とした態度で俺たちを見下ろす。そうして『笑顔』をこしらえた。
「そうだ。私が英二の父、三宮剛だ。今日は『探偵部』の友達の方が来られるということで、短い自由時間をここで潰すことにしたのだ。いつも英二がお世話になっている。ありがとう」
しかしその声音には感謝の真心が感じられない。どこか他人事で、無性に冷たいものだった。その証拠として、彼の作り笑いの中で、目だけは凍土の果てのようだ。
誠が恐怖と闘うように拳を握り、一歩前に出た。
「三宮さん。あるいは英二から聞いてご存知かもしれませんが、俺が今の英二のパートナーです」
俺も――恐らく他の皆もが――内心冷や冷やした。LGBTに対して、この超大富豪・三宮剛は果たして寛容なのか否か。裁判長の審判は、すぐに返ってきた。
「ああ、英二から聞いているよ。結城と別れた後、すぐ君に乗り換えたって話をね」
俺は喉を鳴らした。それほど英二の父の威圧感は凄まじかった。これが何世代にも渡ってこの国の一角を担ってきた、財閥の長の存在感か。
彼は続けた。
「……安心したまえ。私も最初こそ驚いたが、同性との恋愛も英二を一段成長させる糧となるだろう。ただちに別れろ、とは言わない」
英二が誠の肩を掴む。だが誠は口を動かすのを止めなかった。
「と言うと?」
屋敷の主が寒々しい息を吐き出す。
「どうせ将来、私が英二にふさわしい相手を見つけて、その者と結婚させるつもりだからな。今は一時の気の迷いに捉われていても、すぐに何が大切か、おのずと分かるはずだ。そう教育してきたつもりだ」
「俺は気の迷いですか」
「違うと言えるかね?」
誠は毒を射ち込まれたように押し黙った。気まずい静寂が音もなく翼を広げる。それを打ち破ったのは結城だった。彼女は主人の父親に噛み付く。
「私は三宮家と主従関係にある菅野家の人間です。英二様との交際を引き裂かれても、文句を言える立場ではないですし、身の程はわきまえています。でも、藤原さんは違います。英二様と彼との自由な恋愛を、どうか認めてあげてください、三宮様」
経済圏の権力者は、この哀訴をまるで相手にしなかった。
「私を誰だと思っている。三宮財閥の頭首だぞ。そこの藤原誠君の素性は、交際が発覚してから残らず調べ上げている。私が知らないことは何もない。この意味が分かるだろう、藤原君?」
誠はひるまざるを得ない。俺は三宮剛が、誠の秘密――実は女の体である――を承知しているのだと思い知らされた。
鋼の男は侮蔑を露わにする。
「だいたい藤原君の家は、大富豪三宮家に到底釣り合わない経済力しか持っていないだろう。英二の結婚相手として、君のような虫けらはふさわしくないのだ」
純架がさすがにむっとして口を挟んだ。
「ずいぶんな言いようですね」
「本当のことを述べただけだ。……では、私は仕事で缶詰になる。ゆっくりしていきたまえ、皆さん」
三宮剛は階段の方向に歩いていった。その周りを黒服が取り巻き、ライアンがくっついていく。やがて角に入って見えなくなった。
奈緒が盛大な溜め息をついた。英二に文句を言う。
「人間性の欠片もないおっさんね。あれ、本当にお父さん?」
英二は守勢に回った。誠の盾になれなかった自分を悔やむように。
「まあそう言うな。……どうした、ダイヤのペンダントは諦めたのか?」
奈緒は手を打ち合わせた。
「そうだった。ライアンちゃんといいゲスといい、無駄な時間を潰したわ。さあ、気を取り直してお宝を探そうよ、楼路君」




