319ダイヤのネックレス事件03
純架は調べ終えたようだ。さすがにすぐ見つけられるような場所には隠されてなかったらしい。空振りに終わったらしいのが、生気に乏しい声音からうかがえる。
「まあしょうがないか。でも考えながら調べていたんで、英二君への質問内容は少し整理がつけられたよ。英二君と菅野さんも含めた、『探偵部』10人全員を一堂に集めよう」
俺は内線電話をかけまくり、1階広間に集合するよう皆に呼びかけた。その上で俺と純架も自分たちの部屋を後にする。ホールに向かうと、俺らより早く来ていた奈緒が、誠に対してイラついたように話しこんでいた。
「そりゃ、お金に換えれば8人全員に13万円弱ほど行き渡るけど……。私は身に着けたいの」
奈緒の主張に、誠は折れずに抵抗する。
「強欲だなあ。身に着けるってことは一人で独占したいってことだろ? がめついと思わないか?」
純架がレバー3本の操縦桿をガチャガチャ動かして、巨体の健太に叫んだ。
「行け、鉄人28号!」
健太はロボットではない。
「何々、何の話だね」
純架が問いかけると、奈緒は頬を膨らませて応じた。
「藤原君ったら酷いのよ。ダイヤのネックレスを発見・換金して、みんなにお金が行き渡ることを前提にすれば、全員協力して探せるって言うの」
ああ、なるほど。その手があったか。俺は誠の発案に賛同しかけた。
「まあ一理あるけどな」
奈緒が地団駄を踏んだ。
「楼路君まで何言うのよ! 私は嫌よ。あんな素敵なネックレス、手に入れられるなんてまたとないチャンスだわ。私が身に着けてもいいし、お母さんにプレゼントしてあげてもいいし。とにかく私は単独で、一人で探し出したいの。自分の物にしたいのよ」
俺は強情な奈緒を久しぶりに見た思いがした。彼女の恋人として、採るべき道はただ一つ。
「なら俺は奈緒に協力しようかな。もし宝物を見つけ出せたら、奈緒に贈り物としてあげるよ」
奈緒がここ一番の笑顔を見せた。
「さっすが楼路君! 話が分かるね。ありがとう!」
純架は肩をすくめた。
「やれやれ、それなら僕は辰野さんと組もうかな。辰野さんも着けたい派かね?」
日向は目を輝かせた。
「はい、もちろん!」
奈緒が俺の袖をつまんで2人と向き合った。
「ライバルね、日向ちゃん、桐木君。負けないから!」
「こちらこそ。真剣勝負です!」
健太が全員への視線を一巡させつつ、腹の音を奏でた。まだ食い足りないのか?
「じゃあおいらは藤原先輩や台先輩、富士野と連係プレーしたいです。約13万円あったら、あれも食べられる、これも食べられる……」
俺は食欲の鬼、健太の胃袋の広大さに呆れ果てた。
「満漢全席とかいきそうだな」
「あ! それ、いいっすね」
純架がコントローラーをやたらめったらに操作する。
「飛べ! 鉄人!」
だから健太にジェットなんかついてねえよ。
朱里と仲良しの真菜は、腕を組み合って誠の案に乗った。
「お金は大事ですです。4人で組むなら分け前は約25万円となりますです。これは大金ですです!」
朱里はダイヤのペンダントにも、それがもたらす現金にもあまり興味がなさそうだった。
「オレだけどこか涼しい部屋で休んでちゃ駄目ですか?」
純架は声を大にした。
「まあ別れるのはいいけど、僕らには英二君に対する5個の質問機会が与えられていることを忘れないでほしいね。これは8人全員で協調しなきゃ駄目だよ」
奈緒も誠もこれには賛意を表した。
「そうね、それは大事よね」
「同感」
純架は「そこでだ」と慎重に切り出す。
「まずは僕が三つ質問したいことがあるんだけど、消費していいかな?」
話を黙って聞いていた結城が驚いた。
「いきなり三つですか。大胆ですね」
英二が首を軽く振り、純架の真意を推測する。
「いや、最初だからこそ三つも質問するんだ。探索範囲をぎゅうぎゅうに狭めるためにな。そうだろ、純架」
「ご名答」
奈緒が不安げに拳を胸に当てた。
「奇行的な問いかけじゃないでしょうね。桐木君の発作が出たら嫌だわ」
「やれやれ、嫌われたものだね」
嫌われて当然だろう。
「大丈夫。『探偵部』部長として、全員の役に立つものだよ」
日向が口添えした。真摯な口調である。
「桐木さんはああおっしゃってますし、ここは任せてあげてください」
誠や真菜といった「現金派」も承諾の意を示した。奈緒が渋々、といった具合に純架の質問を認める。
「分かった。桐木君に預けるわ。他のみんなもそれでいいのね?」
賛同の声がたちまち上がった。奈緒は肩をそっと上下させると、後退して俺の斜め後ろに引っ込む。
純架が全員の注視の中、英二によく通る声を投げかけた。
「では英二君、僕からの最初の質問だ。『ダイヤのペンダントは、3階に隠されている?』」
英二は楽しそうに微笑みながら答えた。
「答えは『いいえ』だ」
この質問と答えで、俺たちは3階を調べなくて良くなった。なるほど、これは有益だ。純架の問いは続く。
「それじゃ次。『ダイヤのペンダントは、2階に隠されている?』」
「それも、答えは『いいえ』だ」
純架は二問で、目当ての品が1階に隠されていると突き止めた。英二はしかし、純架の追及にも動じる気配はない。もともと動じないことで有名な男だが……
部長は3問目をぶつけた。
「続いて、また聞くよ。『ダイヤのペンダントは、菅野さん、藤原君の部屋――つまり「探偵部」の個人の部屋に隠されている?』」
「返事は『いいえ』だな」
「僕が今聞きたいのは以上だよ。残りの2問はいいや」
純架は俺たちに正対した。
「これでだいぶ狭まってきたね。個人の部屋を調べまわる手間を省けたのは、プライバシーの問題からしても重要だった。……では飯田さん、藤原君、他のみんな。何か英二君への質問はあるかい? 何でも構わないよ」
誠は首を振った。
「残り二回だろ、聞けるのは。1階を調べ尽くしてからでも遅くはないんじゃないか? 今の3問でかなり捜索の幅は減少したんだからな」
奈緒も納得している。
「私も聞こうかなって思ってた内容だったから、ちょうど良かったわ。じゃあ、『誰が最初にダイヤのネックレスを見つけ出すか大会』、スタートね」
純架は日向と、誠は真菜・朱里・健太と、それぞれ動き出した。俺と奈緒も探索を開始する。その中で英二は、ニヤニヤと笑って俺たちの捜査を見守るのだった。
1階は既に見たように、廊下にもぎっしり美術品が並んでいる。俺たち2人はそこらじゅうをしらみ潰しに探していった。
もしやこの絵画の額は二重底になっていて、そこにダイヤのネックレスが納まっているのではないか。あるいはこの怪しい食堂は、キャンドルライトの中にお宝を包含しているのかもしれない。待てよ、今の輝きは何だと思えば、緑柱石の王冠がガラスケースの中に鎮座ましましていた……
「ないなあ」
「ないね」
俺と奈緒は椅子を持ち上げて裏返したり、タンスの引き出しを全て開けてみたり、脚立を使って電気配線の張り巡らされた溝を覗き込んでみたりと、散々に調べまわった。だがダイヤのネックレスは、その存在どころか片鱗すら眼前に現れてこない。




