318ダイヤのネックレス事件02
車は更に山奥へ分け入ること20分、やがて山荘の屋根が見えてきた。小川のせせらぎが聞こえてくる涼やかな場所で、いよいよ本格的になってきたセミの鳴き声が、対抗するようにさんざめいている。
「着きましたよ、英二様」
福井さんが車を停めた。
山荘は3階建てだった。森林の一角にぽつんとそびえ立つそのたたずまいは、そこだけ高級リゾート地のような雰囲気を漂わせている。ハイエースから一泊分の荷物が入ったケースを引きずりつつ、『探偵部』部員たちは続々と降車した。あまりにも立派な建物に、あちこちから歓声が上がる。
英二が両腕を天に伸ばしつつ語った。
「このログハウスは3階建てだ。1階はRC――鉄筋コンクリート構造の居住空間。2階はノッチ組みのログ壁。3階部分は小屋裏だ。通しボルトや鋼製ダボを入れて耐震性も確保している。ログハウス建築の素材として最高級のウェスタン・レッドシダーを用いているんだ。部屋数自体はそう多くないから、男女それぞれ二人ずつ相部屋で寝てもらうぞ」
真菜が暑い車外に出され、早くも汗をかきながら訴えた。
「エアコンはついてますですか? 暑いですです」
「ソーラーパネルと蓄電池があるとはいえ、電気は稀少だ。昼間は窓を開けて風通しを良くするしかないな。まあ冷たい飲み物とお菓子でも出そう」
日向がログハウスをスマホで激写した後、臀部をさすった。
「長く座ってたら腰が痛くなってきました。早速中に入りましょう」
俺も同調してキャリーバッグの車輪を鳴らし、入り口へと通ずる階段へ足をかけようとする。
しかしその前に、英二と結城が先回りして行く手を塞いだ。何事かと一瞬固まる俺と日向。純架がこちらの様子を見咎めたか、そばに歩み寄ってきた。
「どうしたんだい、英二君、菅野さん。ゴールテープの真似かい?」
んなわけないだろ。
英二がにやりと笑い、両手を腰に当てた。
「なあに、実はちょっと趣向を凝らしていてな。推理好きの俺たち『探偵部』部員たちに――特に純架に――ある娯楽を用意したんだ。結城と相談してな」
俺はぽかんと口を開け――二人を軽く睨んだ。
「またぞろ変なことをやり出したな。どんな内容だ?」
英二はスマホを操作し、俺たちに向けて差し出した。
「この写真を見ろ」
俺たち8名の『用意された側』は、大人しく頭を集めた。携帯電話の画面を視覚に捉える。
「またマネキンかよ」
俺はさっきの純架の奇行を思い出して不愉快になった。ディスプレイには胸像のマネキンが映っており――その首にはきらめくばかりの宝石をあしらった美しいネックレスがかけられている。
結城が説明書を読み上げるように解説した。
「希少性の高い、1カラットの天然ダイヤモンドのネックレスです。大手機関発行の鑑定書もついていますよ。時価にして100万円以上になるでしょう」
健太が頓狂な声を放った。
「ひゃ、百万円?」
朱里が口笛を吹いて面を上げる。
「三宮先輩、ひょっとしてこれをオレたちにくれるんですか? もしそうなら大歓迎ですが」
答えたのは咳払いを一つした結城だ。
「残念ながらそうではありません。このペンダントは1本しかないのです」
「どういうことです?」
「実は私と英二様とで、これをこの山荘のとある場所に隠しました」
純架が結城の顔面目掛けて、「ダンカン! ダンカンこの野郎!」とビートたけしの物真似を叩き付けた。何の脈絡もない、唐突な奇行だった。
本人は「やってやったぞ」とばかりに得意げな顔をして周囲を見渡す。しかし不快な表情ばかりだということに気が付いて、今度は「何故なんだろう?」と深刻そうに悩み始めた。
お前のそれ、ベテランの医者に看てもらうことをお勧めする。
純架は口の端を吊り上げた。
「話が見えてきたよ、英二君。つまりは僕らに宝探しをやらせたいんだね? この山荘に存在するダイヤのペンダントを発見した先着一名が、それをもらえるという条件で……」
ああ、なるほど。英二が満面の笑みを浮かべる。
「さすがは部長だな、純架。話が早い。その通りだ。これが俺たちが提供する娯楽というわけだ。『探偵部』の人間なら俺たちを出し抜いてみろ、ってことだな。なお刻限は日没までとする」
俺は広壮なログハウスを見上げてちょっと気をくじかれた。
「無理ゲーだろ。半日でどうやって探し出せってんだ」
英二は想定内の質問だ、とばかりに動じず受け答える。
「もちろんこの山荘全体を調べ尽くすのは時間的に無理がある。そこで、だ」
胸を叩いた。
「俺が5個の質問を受け付ける。ただしそれらはいずれも、答えが『はい』か『いいえ』かのどちらかになるような問いかけだけだ。一人が勝手に浪費しても仕方ないので、8人全員で相談してから代表が問いかけてこい」
英二は気分良さそうに一同を眺め渡す。結城と呼吸を合わせて左右に退き、道を開いた。手を叩く。
「さあ、始まりだ!」
純架が先走る英二を制した。
「ちょっと待ってよ英二君。荷物ぐらい運ばせてよ。いくら何でも性急過ぎるよ」
そうだな。英二は自分からこういう催し物をやるのは、その勝気な性格上滅多にないことなので、少し浮き足立っている部分がある。
英二は部長の指摘に鼻白んだ。
「ああ、そうだな。おい川津! 男女それぞれの部屋に案内してやれ」
川津と呼ばれた黒服が、俺たち8名を「どうぞこちらへ」と招いた。こうしてようやく、俺たちはログハウスの中に足を踏み入れたのだった。
その広い廊下には、絵画や彫像、花の生けられた花瓶、引き出しの多い洋ダンス、狼の剥製の他、現代アートっぽい車のナンバープレートなどが所狭しと並べられていた。床はフローリングで絨毯が敷かれており、俺は目当てのダイヤのネックレスがどこかに隠されていやしないかと、きょろきょろと見回す。
先に説明があったとおり、俺と純架、奈緒と日向、真菜と朱里、英二と健太の二人ずつが相部屋となった。どれも2階だ。一方結城と誠は一人部屋である。俺は英二が誠に配慮したんだろうな、と考えた。これらは1階だ。
俺たちの部屋が最も奥にあるらしく、最後に中へ通された。河津さんは「ごゆっくり」と言い残して、折り目正しく退室した。その途端、純架が二つあるベッドのうち片方へとダイブする。部屋は窓が全開で、左右の白いカーテンが乾いたそよ風に揺れ動いていた。
俺は部屋を物色した。シャワー、トイレ、洗面台、冷蔵庫、テーブルにライトスタンド。全て最新式だ。このログハウス、まだ建てられて5年と経っていないらしい。ここに建築するのにどれほどの人員と作業、費用が必要だったのだろう。
純架が起き上がってベッドに腰掛ける。
「この寝台の中にダイヤのペンダントが仕込まれてるってことはないのかな」
「あるわけねえだろ」
純架は食い下がった。
「いや、分からないよ。英二君は『はい』か『いいえ』のどちらかになる質問を5問受け付けるって言ってた。質問を浪費しないためにも、ちょっと確認しておきたいね」
俺は冷蔵庫の中身を検めつつ、手の平をひらひらと振った。
「勝手にしろ。……コーラがあるな。飲んでも構わないよな?」
純架は「まあ文句を言われることはないだろうね」と、ベッドを叩きまわっている。俺はペットボトルのキャップを外すと、黒い炭酸飲料を勢いよくラッパ飲みした。きんきんに冷えていて、火照った体に染み渡るようだ。美味すぎる。




