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031ふられた真相事件02

 その後、6時間目が終わり、ホームルームも無事片付いて、後は橘先輩の来訪を待つだけとなった。1組へ日向を呼びに行った奈緒は、しかし手ぶらで帰ってきた。


「新聞部の作業が忙しいんだって」


「そりゃ残念」


 純架は軽くしょげてみせた。日向は『探偵同好会』会員だが、新聞部と掛け持ちである。優先順位は後者に凱歌(がいか)()がるのだった。


 生徒たちは帰宅したり部活動に出向いたりでしばし騒がしかった。やがてそれも落ち着くと、狭く感じられていた教室が急に広々と迫ってきた。残っているのは世間話に興じる女子3名と俺たちだけだ。


「ごめんごめん、お待たせ、桐木」


 前の引き戸から橘先輩が顔をのぞかせた。新しい漬物を思わせる髪を揺らし、出迎えた俺たちのすぐ近くに椅子を借りた。


 純架は早速切り出した。


「では、依頼内容を」


「待ってよ」


 奈緒が押しのける。


「橘先輩、私は『探偵同好会』会員の飯田奈緒です。こちらは朱雀楼路君。お話は私たちが(うけたまわ)ります」


 橘先輩はあからさまに不満の意を表した。


「ちょっと、桐木以外は帰りなさいよ。『探偵同好会』会員募集の張り紙には、会長である桐木の名前しかなかったはずよ。それに……」


 顔を曇らせる。


「それに、これはごく私的な内容よ。多くの人間に知られたくはないわ」


「そのことでしたら」


 純架は口を挟んだ。


「ご心配には及びません。楼路君も飯田さんも『探偵同好会』の一員です。彼らは依頼に誠実さと勤勉さをもって(のぞ)み、決して他言いたしません。ご安心ください」


 純架は橘先輩を指差し、ビートたけしの物真似で「ダンカン! ダンカンこの野郎!」と叫んだ。


 気に入ってるのか、それ。


「それに橘先輩が僕だけに話しても、後で僕が楼路君たちに話したら一緒のことです。橘先輩、どうか不安に駆られることなきよう。秘密は守られます」


 橘先輩は納得したらしい。というより、この場合納得しない限り話が進まないのであった。


「分かったわ。時間もないことだしね。では依頼内容を言うわね」


 心持ち前かがみになり、他人に聞かれたくないのか声を低める。


「私、クラスメイトの山川壮介(やまかわ・そうすけ)に告ったのよ」


 ほんのり頬を朱に染める。なるほど、多くの人間に知られたくない出来事だ。


「で、ふられちゃったの」


 橘先輩の両目を怒りとも悲しみともつかぬ色が(いろど)る。


「それで私、山川に聞いたの。『一体私のどこが駄目なの?』と。山川は言ったわ。『君が悪いんじゃない。俺のせいだ。俺が駄目なんだ』」


 俺は話に引き込まれた。


「『俺が駄目』……」


「そうよ。私はぴんときて尋ねたの。『他に好きな人がいるのね?』って。山川は無念そうな、いわく言いがたい顔をしたわ。そして言ったの。『それは答えられない』と」


 妙な話だ、と俺は思った。異性からの愛の告白を断るとき、一番使いやすいのが「好きな人がいる」という理由であろう。しかし山川先輩は、なぜかそのことを問われると「答えられない」と言葉を濁した。言われた側の橘先輩としては、「何で?」となるのも当然だった。


「それでどうしたんですか?」


 橘先輩は椅子の背もたれに体重を預け、手を振った。


「それまでよ。ふられたことは間違いないから、私は居ても立ってもいられなくて、その場から急いで立ち去ったわ。……でも後から考えるに、だんだん腹が立ってきてね。『俺が駄目なんだ』は意味不明だし、ずいぶんずさんな断られ方をしたものだと思ってね。翌日になった今日も一日中そのことばかり考えてた。山川への憎しみさえ覚えてね。……で、依頼なんだけど」


 橘先輩は背筋を伸ばした。


「何で山川は私を振ったのか、その正確な理由を知りたいの。引き受けてくれるわよね? 『探偵同好会』なんだから」


 共感するものがあったのか、奈緒は胸を張った。


「もちろんです。橘先輩の依頼、確かに引き受けました」




 夕暮れの帰り道。家が隣同士の俺と純架は、必然的に肩を並べて歩いていた。純架は珍しく俺の意見を聞いた。


「で、どうするんだい楼路君? 僕抜きで取り掛かる以上、自分なりの考えはあるんだろう?」


「ま、決まってるわな」


 俺は方針を示した。


「山川先輩に直接聞くのさ。別に橘先輩の名前を出さなくてもいい。『何で女子の告白を断ったんですか?』って感じで、単刀直入に切り込むのさ。というより、それ以外の方法はないだろ」


 純架はうなずいた。


「そうだね。僕も同じ結論だよ」


 珍妙なことに、俺と純架の考えは一致した。俺は少し得意になった。


「純架もついてくるか?」


「いや、僕はいいよ。飯田さんと二人で行ってきたまえ。僕は今回控えるよ」




 翌朝、俺は奈緒を引き連れ2年1組へ向かった。奈緒は表情が硬かった。


「なんか緊張するね」


 上級生の教室に乗り込むのはもちろん、名前しか知らない相手を詰問するのかと思うと、確かに俺でも気が引ける。


「大丈夫さ、俺に任せとけ」


「頼りにしてるね、朱雀君」


 頼りにされちゃった。俺は足取りも軽く目的地へ歩を進めた。到着早々、適当な先輩をつかまえて山川先輩に繋いでもらう。


「俺が山川壮介だけど……」


 そうして現れたのは、ヘルメットのような黒髪の2年生だった。あごの輪郭はだらしなく、どこか夢見がちな瞳だ。好男子といえなくもないが、希少ではない。


「1年生が何の用だい?」


「よろしければ、ちょっと人のいないところで話したいんですが」


「分かった」


 俺たちは山川先輩を連れて階段踊り場まで来た。人はまばらだ。ここならいいだろう。俺は足を止めて振り返った。一つ深呼吸する。


「山川先輩、最近女子から告白されましたよね」


 確認というより断定となったのはしかたあるまい。山川先輩の額に汗が浮かんだ。


「よく知ってるね」


 奈緒が進み出た。


「そして断りましたよね? 先輩」


「ああ、断った。彼女から聞いたのかい?」


 彼女、とは橘先輩のことに間違いないのだが、俺は認定を避けてうなずかなかった。


「聞かせてください、山川先輩。どうして振ったのですか?」


 山川先輩はハンカチを取り出して額をぬぐった。


「どうしてって……。それが君たちに何か関係あるのかい?」


「私たちは先輩に振られた女子と友達なんです」


 奈緒が山川先輩のあごに言葉のジャブを打ち込んだ。


「彼女は『振られた理由が分からない』といって嘆いています。私は彼女を見捨てて置けません。なぜ山川先輩は、彼女を振ったんですか?」


 コーナーに追い詰める。山川先輩はガードを固めた。


「原因は俺にある。彼女のせいじゃない。それだけで勘弁してもらえないか?」


 奈緒はガードの上から殴り続ける。


「それは彼女から聞きました。いったい山川先輩がいう『原因は俺』『俺が駄目』とは何なんですか? 別に今パートナーがいるわけではないんでしょう?」


「それはもちろん」


「好きな人は?」


「答えられない」


 また出たか、この玉虫色の回答。奈緒がいきどおった。


「はっきりしてください。納得できる理由をお願いします」


 山川先輩はいよいよ追い込まれる。


「それは……」


 数秒の沈黙は、唐突な怒声で破られた。


「冗談じゃない! そんなこと言えるか」


 山川先輩はいきなりグローブを脱ぎ捨てた。


「教室に帰る。もう朝のホームルームが始まるぞ。君たちも自分の階に戻りなさい」


 奈緒はリングを降りんとする山川先輩を引き止めようとした。


「待ってください。まだ何も答えてくださっていませんよ」


「くどい!」


 山川先輩は振り切ると、階段をせかせかと下りていった。振り返りもしない。


 リングに取り残された女性ボクサーは仏頂面(ぶっちょうづら)で腕を組んだ。


「こりゃ駄目ね。聞き出すのは無理そうだわ」


 俺は彼女のセコンドよろしく退場をうながした。


「戻ろう、飯田さん。収穫なしだけど……」

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