316二人の投手事件08
純架は冷ややかな目で岡田を刺した。
「聞いてなかったのかい? 僕は三上君に証拠があると伝えたんだよ。その証拠はつまり、君の最低の行為の証拠でもある」
「何だと……」
純架はすっかり一場を支配していた。その言葉の重力に皆の聴覚が引き寄せられている。
「昨日、僕は星降高校へ乗り込んだ。彼らは甲子園に進むことが決まって、その準備にかかり切りだった。そんな中、僕は星降高校の永島監督に面会し、八百長について聞き込んだんだ。てっきり追い返されるかと思ったけど、彼自身も決勝戦での渋山台高校投手のピッチングに違和感を感じていたという。甘い球や四球の連発。さすがに片八百長の気配に気付いていたらしいね」
岡田が悲鳴を抑え込むかのように、自分の口元を手で覆い隠す。純架は語を継いだ。
「そこで僕は、三上君を大金で懐柔した人間が星降高校にいると睨んだ。そしてここでも、スパイクやグローブを新調した者がいることに気がついた。それは3年の野球部主将・玉春定さんだった。僕は永島監督の力をお借りして、玉さんを尋問した。最初こそ否定し、銀行通帳を見せてほしいという僕の要請も突っぱねていたよ。だけど彼の心酔する永島監督の『潔白なら見せるべきだ』との押しに負けて、渋々開示した。そこには岡田君から100万円が入金されていたことと、そのうち80万円を三上君の口座に送金した事実が書かれていたんだ」
純架はポケットから紙を取り出して広げた。
「これはそのコピー。『オカダユウサク』、『ミカミジョウジ』、確かに君たちだね」
桃山先輩が受け取り、内容を確かめてうなずいた。純架は咳払いをして締めくくった。
「以上で報告は終わりです、桃山先輩」
岡田はどす黒い顔で地面を睨みつけている。というか、それ以外に集中する蔑視に抗する術はなかった。
「あの玉の馬鹿野郎が……!」
吼えるように零した言葉に、純架は軽侮の目線を差し向けた。
「馬鹿は君だよ、岡田君。君が渋山台高校の反撃の直後に4失点したのも、手心を加えて『負けたかった』からだ。君はもう投げるべきではない。潔く退部するんだね」
三上に向き直ると、一転優しく声をかける。
「来年こそは渋山台を甲子園へ導いてくれたまえ、三上君。その責任を忘れちゃいけないよ」
桃山先輩が、それまで黙って見届けていた宇治川監督に一礼した。
「……ということです。二人の処遇は任せてもらえませんか?」
宇治川外部顧問は帽子を被り直した。
「分かった。投手がいなくなるのは問題だが、八百長の事実の方が遥かに大問題だ。任せる」
「はい、ありがとうございます。三上、岡田、制服に着替えろ。生徒指導室へ行くぞ。たっぷり話し合おう」
監督がまだ騒いでいる生徒たちに大声を叩きつける。
「さあ、10分はもうとっくに過ぎたぞ。練習再開だ。配置につけ!」
純架は俺の手首を掴んでグラウンドから引き上げた。
「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」
後日、俺は純架と桃山先輩の訪問を受けた。前主将はその後の顛末を語った。朱里が淹れたアイスティーを飲みながら……
「三上は残り、岡田は去ることになったよ。まあ当然の結末だな。宇治川監督は新しい投手を育てるのに必死になってるそうだ」
すこぶる残念そうに小首を振った。
「甲子園、行きたかったけどな。まあ俺の代で八百長が終わってよかったか」
純架がストローを鼻の穴に差し込んで紅茶を吸引しようとしている。俺はチョップでやめさせた。桃山先輩は丁重に無視してくれる。
「ありがとうな、桐木、富士野。何か望みはあるか?」
純架は片手を挙げた。
「じゃあお言葉に甘えて、星降高校への交通費往復4000円を」
「それだけでいいのか?」
「はい。『探偵部』にとって必要なのは、事件の解決依頼ですから。それこそが最大の望みなんですよ。それに……」
「それに?」
純架は柔らかく微笑した。
「今回は『探偵部』の新入りを勇気付けられる結果でしたから。甲子園の夢が破れた理由が、彼女にはないって、胸を張って言えるんです。これ以上のことはありませんよ」
ああ、そうだな。良かったな朱里。俺は後で話して聞かせてやろうと考え、一人浮き浮きとするのだった。




