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304秘密倶楽部事件08

「だ……大丈夫か、純架……」


 彼は仰向けに寝たまま何の応答もしない。俺は心臓にナイフを突きつけられた気分になった。


「おい、純架! まさか……!」


 純架はむくりと身を起こす。


「なんてね」


 この馬鹿が……


「やれやれ、酷い目にあった。いてて、血が出てる……。楼路君こそ大丈夫かい?」


「これで無傷だったら逆に凄いわ」


 足音が聞こえてくる。俺は全身を電流のように貫く痛みに、もはや動こうという気さえ起こらなかった。だがそれでも、その足音が朱里にものだとはすぐに分かる。


「桐木先輩! 楼路!」


 見上げれば、彼女は俺たちの酷い姿を見ておろおろと泣きじゃくっていた。


「電柱の地名表示を見ながらスマホで110番したんだけど……。ごめん、オレ、それぐらいしかできなかった」


 純架は苦痛にうめきながら、それでも朱里を気遣う。


「何、十分だよ。僕はそれほどでもないから、楼路君を看てあげてくれたまえ」


 朱里は俺の傍らにひざまずいた。


「どうだ、どこが痛む? 楼路」


「全身だよ。あ、歯が欠けてる……」


 そこへようやくパトカーのサイレンが近づいてきた。




 俺と純架が5人組の男たち――それも、『秘密倶楽部』に属するであろう者たち――に叩きのめされたという話は、またたく間に渋山台高校に広がったらしい。純架の奇行や『探偵部』の活動に辟易(へきえき)していた一部の生徒たちからは、「ざまあみろ」「すかっとしたぜ」との声もあるという。しかしそれ以上に、一方的な暴行事件に自分の高校の生徒が巻き込まれたことに対して、極度の恐ろしさを感じる学生も多かったみたいだ――というのは、英二がもたらした個人的な感想だ。


 俺と純架は病院で治療を受け、今は絶対安静の状態だった――俺だけが。純架は体が柔らかいのか、あれだけ暴行を受けたのに傷は少なかった。もうベッドを離れて歩いている。


 授業が終わり次第、『探偵部』の面々がお見舞いに訪れてきていた。英二は学校の動きを話し、全校集会を明日にでも行なうつもりのようだと話した。


「保護者会も開かれるらしいぞ。『探偵部』を解散させるべきだ、という意見も出てきそうだな。まあ俺たちはやめるつもりはないけどな」


 誠は包帯だらけの俺や純架にショックを受けていた。


「俺と英二が殴り合ったのは合意の上での喧嘩で、桐木たちが受けた一方的な暴力とは違うからな。こんなことをしでかす野郎がいるとは、許せん」


 結城は差し入れに果物を持ってきた。


「今は何もかも忘れてゆっくり休養してください。怪我を治すにはそれが一番です」


 真菜は愛する純架の無残な顔に、真っ青になって心配した。


「痛くないですですか? あたしが子守唄を歌いますですから、じっくり睡眠を取ってください」


 健太はさすがに病棟で夕食とはいかなかったらしい。その腹が鳴いている。


「おいらさえ現場にいれば、お2人をこんな目にあわせたりはしなかったのですが……」


 朱里は俺たちを見ると、暴行現場を傍観するしかできなかった無念さがこみ上げてくるようだ。


「本当にすみませんでした、桐木先輩。あと楼路も」


 日向は自分が『秘密倶楽部』の捜査を続行しようと提言したことに、深い後悔を抱いているようだった。涙ぐんで喋る。


「私さえあんなこと言い出さなければ……お2人が傷つくこともなかったのに……」


 最後は日直で遅れた奈緒だった。


「しかしあったま来るわね!」


 恋人の俺へ重傷を負わせた暴漢たちに、彼女は激烈に怒っていた。


「楼路君、逃げ去った車の車種や色、ナンバーは警察に伝えたの?」


「もちろん。でもさっきの警察の話じゃ、どうも盗難車だったみたいだ。多分あいつらはどこかで車を盗んで、それを普段の足に使っているんだろうな」


「とことん卑怯な連中ね。ねえ桐木君、何とかあいつらをボコボコに仕返しできたりはしないかしら」


 純架は苦笑した。


「暴力に暴力で対抗するのは愚かなことだよ、飯田さん」


「だって、悔しいじゃない! 張り手の一つでもしてやりたいわ。……ねえ楼路君、本当に大丈夫? 痛くない?」


 俺は動ける範囲で彼女を見つめた。


「大丈夫。鎮痛剤が効いてるから痛みはないよ。ありがとうな、奈緒」


 誠が英二の肩によりかかりながら問いかけてくる。


「警察は連中を捕まえられそうにないか?」


 答えたのは純架だった。頭の包帯を掻く。


「事件の顛末(てんまつ)は残らず話したし、車についても洗いざらい情報提供したけど、まだ発見したって連絡はないね。初動捜査は失敗したみたいだよ」


 奈緒は腕組みして八つ当たりした。


「何よ、情けないわね。へぼ警察!」


 純架は網戸越しの空へ視線を投じた。


「それにしても、今回の件で『探偵の真似事』をますます強くやっていく気持ちになったよ。ここで屈したら負けを認めることになるからね」


「その意気よ、桐木君」


 朱里が身を縮めた。


「すみません、先輩方。オレがついていながら……」


 日向が彼女を気遣う。


「いえ。朱里さんが無事で良かったです」


 英二が『探偵部』一同に朗々と声を張り上げた。


「何にしてもこのままじゃ終われないよな、皆!」


「当然です!」


「当然よ!」


「当たり前だ!」


 英二に反対するものは一人としていない。俺はそこに『探偵部』の強固な絆を感じ、少し胸があたたかくなった。


 英二が人差し指を立てる。


「そこでだ。俺に妙案がある」


「何だい、英二君」


 英二が懐中から白いプラスチックの箱のようなものを取り出した。縦横5センチ、厚さ2センチ程度の物体。俺は尋ねる。


「何だそりゃ」


 英二はにやりと笑った。


「GPS端末の発信機だ。俺がいつも親に持たされているものだ。Wifiアクセスポイントや携帯基地局の電波も拾うから、屋内や地下での位置特定も可能なんだ」


「へえ……」


「黒服に頼んで自転車とこれを人数分用意させる。そして俺たちで手分けして、そうだな――現場の半径5キロぐらいか――を探索しよう。そして運よく逃げた車を見つけたら、その底に発信機を貼り付けるんだ。ガムテープで十分だろう。後はその移動をタブレット端末で逐一(ちくいち)見張って、『秘密倶楽部』の次の会合場所を特定するんだ」


 なるほど、確かに妙案だ。英二は話を締めた。


「純架と楼路が動けない今、警察だけに任せてられない。俺たちで捜査するんだ!」


 部員たちの目に覚悟の光が閃くのを、俺は目撃した。純架が慌てて言い添える。


「男はいいけど、女子は2人一組で行動してくれたまえ。相手は危険な奴らだからね。それと、芹沢君に面が割れてる朱里君は、まだ1年生ということもあるし、ここは控えてくれたまえ」


 部長は小さなオーケストラの指揮者然として無形の指揮棒を振るう。


「いいかい、やばいと感じたらすぐに全速力で逃げるんだ。まあ車が見つかるかどうかは五分五分だろうけどね。それから日が落ちてからの捜査は控えてほしいな。いいね、みんな」


「おう!」


「はい!」


「分かったわ!」


 英二が手を叩く。


「よし、決まりだ。発信機と自転車は明日の放課後までには準備する。それから行動開始だ」

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