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301秘密倶楽部事件05

 しばらく空振りが続いた。とうとう俺の番となり、結城と共に帽子で顔を隠しながら、芹沢の後をつけた。


 彼は帰宅部で、ホームルームが終わると特に何をするでもなく下校している。何人かの仲間と連れ立って電車に乗り、練原(ねりはら)駅で一人降車。そこから家までまっすぐ帰った。邸宅は2階建ての築20年物と見える。ちょうど近くに手ごろな公園があり、そこのベンチに座って芹沢邸を監視できるのは僥倖(ぎょうこう)だった。


 とはいえ、午後8時までの4~5時間をただ待つのは苦痛だった。蚊も多いので携帯アースノーマットは欠かせない。一応男女ペアであるのは、『探偵部』の女子たちにも活躍の期待がかかっているからだ。しかし基本無口な結城をそばに、俺はなかなか会話を持続できなかった。


 それに、何しろ彼女は最愛の英二を誠に奪われたばかりである。いや、誠が奪ったわけではないのだが、結果的にそうなった。結城の心中は推し量れず、俺は当たり障りのないことを話すしかない。


「菅野さんってどんな本を読むの?」


「別に普通ですよ。東野圭吾とか、村上春樹とか、宮部みゆきとか……」


「ふうん。海外の作品は読まないの?」


「ええ。やっぱり国が違うと文化も異なりますし、いくら解説があっても理解しにくい面がありますから」


 俺は片手をおずおずと挙げた。


「実は俺、海外派なんだ。それもノンフィクションもの……」


「ああ……」


 こんな具合で、なかなか共通の趣味というものは見当たらない。その後も探り合いのような会話が続き、唐突に結城が(さえぎ)った。


「ごめんなさい、富士野さん。お気を使わせてしまって……」


「え? いや、菅野さんが謝ることはないよ」


「いや、私、今まで英二様一辺倒でしたから……。そこからポンと放り出されて、正直自分でも自分に戸惑っているぐらいでして……」


「というと?」


「自分という器がいかに空っぽだったか、改めて気付かされたといいますか……。私、今でも英二様の専属メイドではあります。しかし格闘術や水泳術、その他習得した様々な警護用技能が、突然役に立たなくなったとなると、途方に暮れまして……。自分が一般の方々と話す技術って、実は全然宿っていなくて……」


 俺はくすりと笑った。結城が見咎(みとが)める。


「おかしいですかね?」


「いや、何だかようやく素の菅野さんが発見できたかなって」


「素の私……?」


 俺は彼女の瞳を見つめた。


「これからは英二に縛られないで自由に活動できるんだ。むしろそれを活かして、色んなことに首を突っ込むべきだよ、菅野さん。菅野さんは何でも才能あるから、俺が保証するよ。すぐ皆と打ち解けて話せるようになるって。そのクールなイメージを吹き飛ばしてさ、もっと自由に、もっと気楽に」


 結城はうつむいた。


「そうでしょうか……」


 俺は「しっ」と彼女を制した。芹沢だ。芹沢が玄関から出てきたのだ。向こうは植え込みの中にあるライトが自動点灯する仕組みになっており、それに照らされた顔は紛れもなくあいつだった。既に幾度かの張り込みで、彼に兄弟姉妹がいないことは判明している。何やらスマホで話しながら、自転車――ママチャリだ――に乗り込んで走り去っていった。


 結城が厳しい目に戻った。


「『秘密倶楽部』の会合でしょうか? それとも他の用事でしょうか?」


「くそっ、今度からこっちも自転車を用意しなきゃな……」


 芹沢に追いつく手段はなく、俺と結城は暗闇の公園で隠れたまま帰りを待った。やがて30分ほどして戻ってきた奴は、ママチャリの前かごに、行くときにはなかった白いコンビニ袋を入れていた。家のそばに愛車を置き、ビニール袋を手にする。その中身は何か分からなかったが、手に提げているのを見るに、それほど重そうでもなく、またかさばってもいなかった。


 結城がスマホで撮影しながらささやく。


「何でしょう? お酒ではなさそうですね」


 芹沢は再び自宅に入った。腕時計を見ると、もう午後8時20分だ。


「帰ろうか、菅野さん」


「そうしましょうか」


 俺たちは公園を立ち去った。




 その晩報告を聞いた純架は、スマホの向こうで横綱ばりに三本締めを行なってから、何事もなかったかのように分析した。


 後で横綱審議会に怒られるぞ。


「芹沢君は、多分コンビニにお菓子でも買いに行ったんだろうね。30分は飲み会としては短すぎるし。でも、もしかしたら『秘密倶楽部』の部員のところに出向いたのかもしれない。そこで何かを渡されたのかもしれない。だとしたら、何で軽くてかさばらなかったんだろう?」


 俺は思い付きを口にした。


「煙草をもらっていたのかもな」


 純架は素直に聞き入れた。


「ああ、ありうるね。『秘密倶楽部』の責任分担という奴かもしれない。かといって僕らが家宅捜索できるわけでもないんだから、張り込みを続行するしかないね。……芹沢君は自転車に乗って、どちらの方向に出かけたんだい?」


「出て左だった。帰ってきたのもそっちからだ」


 純架は威勢よく計画を打ち明けた。


「よし、今度からその方向に自転車へ乗った探偵部員を潜ませよう。今度こそ芹沢君の行き先を突き止めるんだ。自転車の方は僕が明後日ぐらいまでに調達しよう。折り畳み可能な、小型のやつをね」


「そんな金あんのかよ?」


「大丈夫、部活動になって部費が出るようになったんだ。折り畳み自転車は安いもので1万円強だから、それほど生徒会に睨まれることもないだろうし」


 やれやれ、単なる飲み会を特定するだけなのに、ずいぶん大掛かりになってきたものだ。




 そして張り込みと自転車待機の双方が行なわれるようになって3日目の日曜日。純架が最も『秘密倶楽部』の会合が行なわれやすいと考えている休日だ。俺は自転車にまたがったまま有事に備え、英二と奈緒は公園から芹沢の家を監視していた。時々スマホのLINEで連絡を取り合いつつ、相手の動きをひたすら待つ。


「暑いな……」


 俺は噴き出す汗をタオルで拭った。スタンバイしてから1時間、時刻は午後2時。気温は30度を超えているだろう。帽子を深く被り、コンビニで買ったアクエリアスで水分補給しながら、俺は本格的な夏の到来に憂鬱(ゆううつ)な気分になっていた。


『探偵部』って、動き出したら結構きつい部活動だな……


 そんなことを思っているとスマホが鳴った。奈緒からだ。


「楼路君、芹沢君が動いたよ! 前かごに中身のなさそうなコンビニ袋を入れて、自転車でそっちの方向へ走り出した!」


 遂にきたか。俺は急いでペットボトルの(ふた)を閉めると、電柱の陰に隠れた。じっと目の前の道路を注視していると、側面を刈り上げた黒髪でシャープな体格の芹沢が、左から右へと通り過ぎていく。俺は遅れじとペダルを漕ぎ始めた。決して見失わないよう自分をいましめながら、彼の後を追いかけ始める。

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