029プロローグ
(プロローグ)
「誰だ、あの子は」
老人が尋ねた。
葬儀場は喪服に身を固めた男女で埋まっている。先般、大型クレーンがバスの上に横倒しになり、3人の死者と5人の負傷者を生産した。その死者のうちの一人が、今祭壇に遺影となって笑顔を傾けている。
老人が気にしたのは、その子供がまだうら若かったからではない。死者が高校生であったことから、同年代の友人が制服姿で参列するのは珍しくなかった。
問題は、その白く張り付いた能面のような無表情にあった。およそ高校生に見られる愛嬌やあどけなさといったものが欠損している。何十年と生きて齢を重ねた老人にだけは、その不気味さが真となって迫ってきたものらしかった。
「高校は別のようですね」
死者の親戚が涙を枯らし尽くして指摘した。確かに死者の高校とは違う制服だ。その高校生は、まるで群集の海に屹立する確固とした岩のようであった。
老人が注意深く観察していたら、その目の奥でまたたく異常な炎に仰天したかもしれない。だがそれは誰にも気取られることなく、その高校生は静かに瞑目した。深々と呼吸する。
不気味な目はそのまぶたの奥で、ある決意によっておぞましく光彩を変化させているのだった。




