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027タカダサトシ事件11

「古志君は暴走族『銀影』の一員で、皆川君に(みつ)がせていた。そして皆川君が真島君と華原君から金を巻き上げていることも知っていた。古志君は二人が自分よりはるかに弱い虫けらだと信じていたんだね。実際()ずから真島君をいじめていたようだし。それで連絡通路に二人を呼びつけ、恐喝か何かに及んだ」


 純架は推理をまくし立てた。


「それがいけなかった。まず華原君のタカダサトシが目覚め、それに触発されて真島君のタカダサトシが目覚めたんだ。どちらも環境は違えど、同じ虐待と高田智さんによって作られた別人格だ。中学から親交を温めていた二人は、どこかで無意識に別人格同士の交流も行なっていたんだろう。だからこその同時変貌だったわけだね。二人で一人といえるぐらい親密な真島君と華原君は、出てきた別人格たちを『一人のタカダサトシ』として認識した。それで手足が8本――二人いればそうなるね――で、たった一人のタカダサトシ像が出来上がる。二人は油断していた古志君に組み付くと、見事な連携でそのまま持ち上げて突き落とした。まるでプロデューサーを池に放り込んだ高田智さんのように。そして後も見ずに旧校舎の方へ逃げ出したんだ。別人格はそこでまた引っ込んだんだろう」


 俺たちが茫然自失(ぼうぜんじしつ)する中、純架は胸に手を当てた。


「以上がこの事件の全貌だ」


 一人のタカダサトシ――真島と華原の二人は、普段の気弱で臆病な態度を欠片も見せない。まるで茶飲み話でもするように、皆川の処置をめぐって談笑している。


「どうする、君。この愚か者は殺すしかないと思うけど」


「そうだね。性懲(しょうこ)りもなく金を脅し取ろうだなんて、篤と亮二のことを貯金箱か何かだと勘違いしているようだ」


「どうだい、皆川、このゲス。何か言ったらどうだ?」


 皆川のひき歪んだ横顔は、恐怖のあまり流す涙でしとどに濡れている。


「か、勘弁してくれ……俺は高いところが苦手なんだ。このままじゃ落ちて死んじまうよ。謝るから許してくれ。命だけは、どうか……」


 タカダサトシは哄笑(こうしょう)した。


「強い力で抑えられるといじめを謝るんだね。愚者の発想だよ」


「あの世でもしまた誰かをいじめるなら、今度は命懸けでいじめるんだね」


 真島がフェンスを乗り越え、皆川を挟んで華原の反対側に立った。皆川の背中に手を添える。やばい、本気で落とす気だ!


「やめたまえ!」


 純架が大声で叫んだ。彼は服を脱ぎ捨てボクサーパンツ一丁になると、むき出しの腹に油性マジックでひょっとこを描いた。そしてバレリーナのように両手を掲げて優雅なステップを踏みながら、じわじわと三人に近づいていく。


 あまりに馬鹿過ぎて、タカダサトシも皆川も呆然としていた。純架はフェンスを挟んで彼らの反対側に辿り着くと、激しい疲労に立っていられず、その場に片膝をついた。全身汗びっしょりで肩で息をしている。


 そんな激しい運動だったか?


 純架が起き上がり、空き缶を三人に差し出した。


「見た以上は料金2000円をいただきます」


 ぼったくりだ。


 純架は間抜けな半裸で訴えた。


「やめるんだ二人とも。今度は足の骨折だけじゃ済まされない。落とせば確実に死んでしまう。皆川君も十分()りただろう。もう許してやってくれないか。僕の腹の顔に免じて」


 そんなものに免じたくはない。


 タカダサトシが言った。


「君は篤と亮二に色々聞いていたね。一体何者だい?」


 純架は胸を張った。


「僕は『探偵同好会』会長の桐木純架。プレイステーションポータブルゴーの開発者だよ」


 いや違うし。というか、そんなソニーの黒歴史持ち出してやるなよ。


「タカダサトシ君、君たちが皆川君を殺したら、真島君も華原君も罪をまぬがれない。懸命に生きてきた二人を少年院に送りたいのかい? それが君たちの本心なのかい?」


 純架は切々と訴えた。皆川が歯を振動させながら命乞いをする。


「もう暴力も恐喝もやらない。頼む。頼む……!」


 屋上に集まった全員の視線が、純架たちの一挙手一投足に集中している。沈黙と静寂(せいじゃく)の混合物が空間にみなぎった。張り詰めた緊張。


 やがてそれは、タカダサトシの声で破られた。彼は肩の力を抜いて言った。


「……仕方ない。見逃してやろう」


「しょうがないね」


 タカダサトシは皆川を抱えるとフェンスの内側へ投げ捨てた。皆川は屋上の床に背中を打ち付ける。安堵で失神したのか、泡を吹いていた。タカダサトシの二人がそれぞれ後に続く。


 純架は感謝の言葉を述べた。


「ありがとうタカダサトシ君。恩に着るよ。でもなぜだい?」


「別に――。ただ君の目が()んでいたからさ。それだけだよ」


 タカダサトシは微笑んだ。


「篤と亮二はいい友達を持ったね。じゃ、僕らはまた引っ込むよ。後はよろしく」


 そして真島と華原が戻ってきた。彼らは最初こそタカダサトシの急激な退却に混乱していたが、やがて気を確かに持つと、純架に急いで土下座をした。

 タカダサトシの記憶が残っているらしい。


「ごめんなさい! もう少しで皆川君を殺しちゃうところで……。止めてくれてありがとう!」


 純架はパンツ一丁で悠揚迫(ゆうようせま)らぬ態度を取る。


「いや、いいよ。気にしないで」


 自分の格好を気にしろよ。


 話を聞きつけたらしく、先生方が続々と現れた。屋上は安堵のため息で満たされた。




「今回の事件のポイントは」


 下校中、純架は人差し指を立て、それを左右に振った。まるで塾の講師だ。


「ただでさえ厄介な二重人格者という存在が、なんと二人もいたところにあるね。しかもそれぞれがタカダサトシを名乗った。これが僕の推理を妨げたんだ。おかげで捜査は難航したよ。でも『僕ノート』の高田智さんのおかげで助かった。彼の話がなければ真相には辿り着けなかったに違いない」


 指をしまい、物思いにふける。独語した。


「それにしてもなんで人間は、他人をいじめたり虐待したりできるんだろう。他人を卑下することで相対的な自分の地位を高めて、それで(えつ)に入っても、世間的な地位は上昇するどころか下降する一方なんだ。なんでそんな簡単なことに気づかないんだろう?」


「自分を客観視できないんだろうよ」


 俺は口の中でつぶやいた。


「自分が弱者を攻撃する卑劣で卑怯な人物だと、気がつきもしないのさ。古志や皆川のように」


 純架は俺を見上げた。


「ん? 何か言ったかい」


「いや、大したことじゃない」


 純架は気にしなかった。


「……とりあえず『探偵同好会』結成以来の難事件は無事解決したよ、ほっとすることにね。何かこの事件で聞きたいことはあるかい?」


 俺は脳を回転させる。黄昏(たそがれ)の日差しは人々をなぐさめているようにも、追い立てているようにも感じられた。


「そうだな……。あまり本筋には関係ないけど、加賀谷真奈美さんっていたよな?」


「ああ、青柳先生と皆川君の取っ組み合いを、連絡通路の出入り口で、華原君と一緒に目撃した女の子だね」


 純架はすらすらと答える。こいつの記憶力はどうなってるんだ?


「そう、その加賀谷さん。華原と二人で昼食を食べる場所を探していたらしいじゃんか。……真島と華原は仲良し二人組なのに、華原は加賀谷さんと飯を食うつもりだったってことだろ? 真島と昼飯をしたためるより、そっちの方がいいって考えだろ? 真島的には面白くないはずだけど……」


 純架は馬鹿にしたように言った。


「真島君と華原君は中学1年からの付き合いなんだ。おかげで息はぴったりだけど、さすがに思春期さ。華原君はもてそうにない外見だけど、女の子と遊びたくなる年頃なんだよ。それは別に華原君だけじゃない、真島君だってそうさ。いつかきっと真島君も彼女が出来るに違いないよ。人はそうして別れ、出会っていくんだ。いつまでもくっついていられるなんて、幻想だよ、幻想」


 結構シビアな見方だ。別れ、出会っていく、か……。




「俺から話があるんだけど」


 親父、お袋、兄貴に俺と、朱雀家の全員が食卓について、さあ食べようという段になって、俺はそう切り出した。内容は分かりきっているはずだが、お袋は一応俺に聞いた。


「話って、何?」


「俺が親父とお袋のどちらと暮らしていくか、って奴」


 緊張が音もなく空気を圧迫する。親父が前傾姿勢になった。


「それで、どうするんだ? ついていくのは俺か、母さんか?」


 重たい質問に、俺はゆっくりと答えた。


「お袋と暮らす」


 一瞬、我が家は彫刻の展覧会と化した――誰に見せるものでもなかったが。最初に硬直を解いたのは兄貴だった。


「どんな理由だ?」


 俺は水を一口飲んだ。


「まあ最初に、兄貴が親父についていくってのが頭にあってさ。これで俺が兄貴の後を追ったらお袋が一人になっちまう。それは残酷だなって思った」


 お袋が首を振った。


「私を気にすることなんてないのに……」


 親父はもうすぐお袋と別れる。華原はいつか真島と別れる。この世に永続なんてものはないんだ。だから、俺は親父や兄貴と別れる。


 それから……。


「それから、今この家を出て東京なんかに行ったら、せっかく出来た友達とも別れなきゃならない。それが俺には不満なんだ」


 純架の顔、奈緒の顔、日向の顔が思い浮かんだ。それから岩井、長山。


「最後に、俺はそれほど今回のことを悲観してないってのがある。別に永遠に別れたままってわけじゃない。生きてる限り、どんなに遠くにいてもまた会うことが出来る。俺たちはかけがえのない家族なんだ。きっとまたこうして食事したり話し合ったり出来る。そうだろう?」

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