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024タカダサトシ事件08

「この学校と無関係の高田君がいきなり現れて、古志君を3階から突き落とした、と。高田君は古志君に恨みがあったのかい?」


 真島がもじもじといらえを返した。


「高田聡は古志君を憎んでたわけじゃないよ。彼が憎悪していたのはいじめ。そう、いじめっ子を許さないのが高田聡なんだ」


 純架は困惑を隠せない。


「つまり事件発生時、君たちは古志君にいじめられていた。だから高田君が現れて、いじめる側だった古志君を襲撃したわけだね」


「うん」


「高田君はどこから来たんだろう?」


「分からないよ。気がついたらそこにいたんだ」


 純架は理解できない、という表情だった。大きくため息をつく。


「質問を変えよう。高田君はどうやって古志君を突き落としたんだい? 古志君はかなり喧嘩の方が強くて、一対一じゃどうにもならなかったはずだけど」


「高田聡は正義感に満ち溢れているけど強くはないんだ。だから八本の手足で古志君に組み付き、持ち上げ、投げ落としたんだ」


「八本の手足?」


 純架はますます戸惑った。横で聞いている俺も同じだ。高田聡は怪物なのか?


 純架が気を取り直したように続ける。


「高田君は人間なのかい?」


 華原が楽しそうに首肯する。


「当たり前じゃないか」


「高田君と古志君が喧嘩するその間、君と真島君は黙って見ていたのかい?」


「僕らはそうする以外できなかったよ。あれは聖戦だったんだ。正義と邪悪とのね。そして勝ったんだ。神である高田聡が、悪魔の古志君を打ち破ったんだ」


 華原の眼は教祖の訓示に熱狂する狂信者のそれに近かった。純架は粘り強く続ける。


「今、高田君はどこにいるんだい?」


 真島が応じた。


「彼は逃げていったよ。今はこの学校にはいない」




「どう思う、楼路君」


 帰り道、純架はしょげ返っていた。


「今回の事件は僕もさっぱりだよ。八本の手足の化け物だなんて、大相撲の横綱ぐらいしか思い浮かばないよ」


 そんな力士はいない。


 俺はふと思いついたことを口にした。


「そういえばあれだけ来ていた警察やマスコミが、最近ぱったり来なくなったな」


「入院している古志君は相変わらず『自分で飛び降りた』と証言してるのかな。もしそうなら警察沙汰にはならず、事件は沈静化する。……そうだね、そんな嘘を貫き通しているってことは、彼はやっぱり真島君と華原君のいじめられっ子二人組に投げ捨てられたのに違いない。それを打ち明けるのが嫌で実際のところをごまかしているんだろうからね。でもそうなると、高田君の存在はどうなる? ……駄目だ、まるで分からない……」


 純架の思考は堂々巡りに忙しい。俺は彼の肩をはたいた。


「もういいだろう。たまには俺の家に上がらないか? この前面白いテレビゲームを買ったんだ。一緒にやろうぜ」


「目が悪くなるからいい」


「まあそう言わず。一人称視点のシューティングゲームで、結構快感なんだ。きっと気に入るぜ」


「……やれやれ、分かったよ」


 俺は気乗りしない純架の背中を押して、自宅の玄関へ運んでいった。




 十分後、純架はコントローラーを握り締め、ゲームの世界に没頭していた。意外に熱くなりやすい性質(たち)なのかもしれない。日没の最後の足掻きとも言うべき陽光が窓を鋭角に突き刺していた。純架の滑らかな肌が照り映える。


 純架はゲーマーとしてはそこそこの腕前で、アクション系にもそれなりの適性を示していた。純架のキャラはマシンガンと手榴弾を駆使し、敵の土地を縦横無尽に突破していく。


 が……。


「あっ、やられた……」


 やはりまだ慣れない面もあるのだろう、純架は総攻撃を受けてあわれゲームオーバーとなった。俺は失笑した。


「ざまあ。下手なんだよ、お前は」


「何だい」


 純架は腹いせにリモコンを押してテレビに切り替えた。地元テレビ局の番組が映し出される。聞き覚えのある声に純架がまばたきした。


「あれ、観たことあるよ、これ。この前の勉強会のときにもやってた奴だ」


 俺は頭の引き出しを開けた。


「ああ、いじめ撲滅キャンペーン番組『僕ノート』だったっけ」


 司会の瀬川真一が、色黒い顔と嘘くさい笑みで仕切っている。しかしこの前とは違い、視聴者の手紙を読むのではなく、斜めに対面した別の男と会話していた。精悍(せいかん)面差(おもざ)しに優しい目が特徴の、40代ぐらいの男性だ。そのネームプレートにはこう書いてあった。


高田智(たかだ・さとし)


 純架がいつの間にか険しい表情をしていた。その双眸は液晶の画面を食い入るように見つめている。殺気すら感じるほどの熱の入れようだ。俺は何も言わず、同じようにテレビを凝視した。


 瀬川が真面目そうに口元を引き締める。


「高田さん、それでは改めて、5年前の暴力事件とそれに基づく番組降板について語ってください」


 高田は沈痛な声だ。


「はい。恐らくニュース番組等でご存知の方も大勢いらっしゃると思いますが、改めて私の口から詳細を語らせていただきます。あのとき、私は当時の番組プロデューサーともめていました。格好つけるわけじゃないですが、私はこの番組に人生をかけていました。県内だけでも多くの学生からお手紙をいただき、彼らの悩みや想いを読ませていただいて、本当に心から心配し、励まし励まされ、共に歩んでいる実感を抱いていました」


「それは私もアシスタントとしてお側で拝見してきました。素晴らしい心がけだったかと思います」


「ありがとうございます。……しかし並み居るスタッフの中で、プロデューサーだけは違っていました。私は視聴率がそれなりにあって、スポンサーの皆様が満足し、番組が存続していけばそれで良しというスタンスでした。でもプロデューサーは違いました。彼はより高い視聴率を取ろうと、フィクションの要素を取り入れようと提案してきたのです。私は反対しました。もし嘘をやったら、この番組のコンセプト――子供たちと寄り添い、一緒に苦難を乗り越えていく――が崩壊してしまうからです」


「そのコンセプトは今もこの番組に息づいています」


「そうですね。それは大変素晴らしいことだと思います。しかし当時のプロデューサーは卑劣でした。どうしてもやらせを受け入れない私や他のスタッフに業を煮やし、何と嘘の葉書をでっち上げ、それを番組内で私に読ませたのです」


 高田は涙ぐんでいる。


「その手紙は近親相姦の被害を訴えたもので、刺激的な内容でした。私も視聴者様も義憤にかられ、大いにうろたえ、大いに怒ったものです。そしてその回の放送は高い視聴率を弾き出し、未だ破られることがないほどでした。私はその手紙の差し出し主にどうにかして連絡を取り、警察へ行くよう(すす)めるべく八方手を尽くしました」


「はい。今でも鮮明に覚えています」


「そんな私の活動ぶりに恐怖を募らせたのでしょう。プロデューサーは私を池のある公園に呼び出しました。そして橋の上で対峙すると、こう切り出したのです。『高田ちゃん、あれ嘘なんだ』。何が、と尋ねると、『近親相姦の手紙、書いたのは俺なんだ』と答えました。最初は混乱していた私ですが、プロデューサーの暴挙ということが理解できてくると、頭は憤怒(ふんぬ)で一杯になりました」


 とうとう高田は泣き出した。当時の怒りと悲しみを思い出したのだろうか。


「その後のことはよく覚えていません。気がつけばプロデューサーの襟首を掴み、手すりを越えて池に投げ落としていました。幸い浅い池でしたから、プロデューサーは額を少し切っただけで済みました。しかし暴力は暴力です。こともあろうに、いじめ撲滅キャンペーンの旗頭であった私が、他人を暴行したのです。決して許される罪ではありません」

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