022タカダサトシ事件06
「彼以外に『タカダサトシ』は実在しないわ。少なくともこの学校にはね。2年、3年にも、『タカダサトシ』は見つからなかったんだから」
純架は小さく拍手した。
「素晴らしい。それだけでも大収穫だよ」
「まだ続きがあるの」
奈緒は得意げだ。
「次は高田君の人となり。容姿はずんぐりむっくりで、顔のパーツが中央に寄っているの。二重あごででっぷり肥えているわ。まあ先生方の話すところによれば、だけど」
俺は首を斜めに倒した。太っている?
「あのとき、古志を突き落として逃げた二人は、どちらかといえば両方とも痩せていた気がするな」
「私は見てないから、何とも言えないけれど……。それから、高田君は暴走族『露邪亜』の一員みたい。古志君の所属する『銀影』とはことあるごとに衝突しているそうよ」
これは重要な事実だ。俺は純架を見た。純架はその目の奥で炎をまたたかせている。
「敵対する暴走族の下っぱ同士が、同じ学校の同じ学年に――まあクラスは違ったが――入学したわけか。なるほど、古志君を突き落とすには十分動機があるってことだね。暴走族同士の抗争を学校に持ち込んできた、と。どっちもこの渋山台高校に入学するときは、そうした自分の不良方面の話題についてうまくごまかしてきたんだろうな。敬服するよ」
「最後に、高田君は古志君の転落があった後も平然と登校しているわ。事件については『ざまあみろ』『罰が当たったんだ』と口にしたことがあるそうよ」
「『ざまあみろ』に『罰が当たった』……?」
純架は拳を口に当てた。前歯を皮膚に突き立てる。
「まるで自分は事件に関与していないと言いたげじゃないか。それも先生から?」
「いえ、これに関しては2組の友達から聞いたわ。……以上よ」
奈緒はまるで淑女のようにお辞儀してみせた。
「どう? お役に立ちまして?」
純架は大きく首肯した。
「いや、素晴らしいよ。飯田さん、探偵の素質があるね。お見事」
奈緒は素直なほめ言葉に照れて赤くなった。可愛いなあ。
純架は左右の指を絡み合わせた。
「ちょっとおっかないが、2組の高田聡君に話を聞いてみたいね。これはまあ、自分でやるとするか。数少ない『探偵同好会』会員に怪我人を出すわけにはいかないからね」
「俺も付き合うよ」
俺は名乗り出た。
「喧嘩となりゃ俺の方がお前より実力があるだろ。その顔に傷でもついたらファンの女子が泣くってもんだ」
純架はふっと笑った。
「じゃあお願いするよ。一朝事あったら、僕はすっ飛んで逃げるからね」
薄情な奴だ。
昼休み、1組の日向が3組に弁当を持ってやってきた。
「今朝はすみません。新聞部で忙しかったものですから」
純架と俺、奈緒が囲む机に椅子を移動させる。黒縁眼鏡をかけ直した。
「進展がありまして、北上先生が高田聡さんを職員室に呼び出して尋問したそうです。高田さんについてはどこまでご存知ですか?」
「2組の生徒で、1組の古志君と仲が悪かった、ってところかな」
「そうですか。奈緒さんの手柄ですね?」
「まあそんなとこ」
奈緒はまんざらでもなさそうだ。日向が微笑む。
「北上先生は、真島さんと華原さんから『高田聡が古志さんを突き落とした』との情報を得て、自分が担任する2組の生徒、高田さんに事実確認をしました」
純架は射抜くように日向を見つめる。
「それでどうなったんだい?」
「高田さんは憤慨しました。『いったいどこのどいつが、俺が古志を突き落としたなんてほざいてやがるんだ?』。北上先生は慎重に答えました。『それは言えない。ただ確かに見たと証言している生徒がいるんだ。それも二人もな』。高田さんは凶暴そうな顔になり、こう言い捨てました。『そいつらは嘘つきだ。そいつらの名前を教えろ。この俺が直々にぶっ殺してやる』。北上先生はしょうがなく高田さんを帰したそうです。もちろん真島さんと華原さんの名前は出さなかったらしいです。……以上は、今朝新聞部の雑用で職員室を訪れたとき、北上先生から『口外するなよ』と念押しされて聞かされました」
日向は口が軽い。まあ、『探偵同好会』会員の内輪におさまっているからいいか。
純架は腕を組んだ。
「どうやら高田君は、古志君と敵同士とはいえ、事件には関わってなさそうだね。聞きに行く手間がはぶけたよ。ありがとう」
「どういたしまして」
純架は腕時計を見た。
「まだ昼休みは時間があるし、ちょっと1組に聞き込みに行ってくるよ」
俺は純架に続いて立ち上がった。
「俺も行く。真島と華原に色々質問したいんだろ? 俺も興味がある」
「なら私も行くわ」
「私はもともと1組ですし、当然付き合いますよ」
結局俺たちは雁首そろえて1組の教室に入った。生徒たちでこちらに視線を向けたのは数名で、後は俺たちの侵入に気づいてさえいないようだ。
純架は日向に尋ねた。
「真島君と華原君はこの中の誰だい?」
「あちらで食事してる方です」
日向が指し示したのは、教室の隅で机を寄せ合い、ひっそりと食事をしている二人の男子生徒だった。
純架はブリッジをすると、「エクソシスト!」と叫びながら器用に二人の元へ向かう。二人は純架という名の奇行者の襲来におびえ、すくみあがった。純架はバネのように立ち上がると、振り返って言った。
「君たちは今見たものを周囲にもらさないと信じているよ」
勝手な言いぐさだった。
「僕は1年3組の桐木純架。ええと、真島君はどっち?」
おずおずと手を上げたのは、子犬のような大人しい見た目で、八の字眉毛が見るからに弱そうな少年だった。
「……僕が真島篤です」
「となると、もう一人の君が華原君?」
「はい。華原亮二です」
華原は平凡極まりない容姿で、気の小ささが落ち着かない瞳に表れている。病的で痩せこけていた。
「あの、何か御用ですか?」
真島が若干震えながら純架に尋ねる。純架は何でもないことのように切り出した。
「1組の古志君が連絡通路から転落した事件について、ちょっと調査に協力してほしくてね。特に、高田聡君について、ね」
俺は真島と華原の表情に気を配った。二人は北上先生の前で、事件の際現場にいたとはっきり認めている。もし心当たりがあるなら当然何らかの変化が生じるはずだ。古志を落としたのが彼らなら、罪を追及される恐怖でひきゆがむに違いない。もしそうでないなら、ある程度の関心を表出するだけに終わるに違いない。さあ、どっちだ?
だが俺はそのどちらでもないものを目の当たりにした。二人は目を輝かせたのだ。それは中世、農民がはるかに身分の違う殿様を前に感激し、崇拝の涙を流すような、そんな純粋な『尊崇』の光だった。
これには純架もびっくりしたようだ。声を出そうとして喉に絡み、あわてて咳払いしてやり直した。
「君たちは事件の際、連絡通路にいたんだよね。それについては北上先生が確認した通りなんだよね?」
「はい」
真島は認めた。
「『タカダサトシがやった。彼が古志君を懲らしめた。そして彼は逃げていった』。君たちは北上先生にそう訴えたそうだけど、本当かい?」




