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198激辛バレンタイン事件05

 よく出来た似顔絵を親の敵のように睨みつけた。


「それにしてもどうもこの犯人、変装をしている風がある。髪型といい眼鏡といい睫毛といい胸といい、ね。胸は風船を入れれば簡単に膨らませられるしね」


「おい、それじゃ各クラスを捜索しても見つけられないんじゃ……」


「プレッシャーをかけるんだよ。『探偵同好会』が動いているってね。それに髪の毛の色や顎の輪郭まではそんなにすんなり変えられない。そうした点も含めて『探偵同好会』メンバーには周知しておくよ、LINEでね」




 そして放課後。純架は日向との約束は後回しに、まず犯人捜しに全員を使役した。1年は1組と2組。2年は1組、2組、3組。合計5組が今回の対象となる。一方『探偵同好会』は8名。3名余る。


 俺は純架についていくことにした。


「今の怒り心頭に発してるお前さんじゃ暴走しかねないからな。お目付け役として監視させてもらうぞ」


 純架は特に不満を漏らさなかった。


「勝手にしたまえ。では残り2名――飯田さんと新人の藤原君は、念のため3年の教室がある廊下を挟んで立って、通り過ぎる人たちの中に画像に似た者がいないか捜してもらおう。ひょっとしたら、という可能性もあるからね」


 校則を無視し、『探偵同好会』会員にLINEでメッセージを送る。


『早くしないと皆帰ったり部活に行ったりしてしまう。全員大至急与えられた持ち場に向かい、教室内の女子全員の顔を確かめるんだ。スピードが何より大事だ。じゃ、かかってくれ』


 俺たちは2年2組を担当した。まだホームルームの最中だったらしく、室内がわっとざわめいたタイミングで担任の浦部正隆うらべ・まさたか先生が出てくる。純架は素早く中に入り、戸口で大声を出した。


「皆さん、皆さん! 我々に少し協力をしていただけないでしょうか」


 ざわめきが落ち着き、痛みを感じるぐらい視線で串刺しにされる。そんな中、一人の先輩女子がこちらへ寄って来た。


「あら、桐木君じゃない。私の義理チョコ食べてくれた?」


「純架、この人は?」


 純架は顔をほころばせた。


「ああ、今日義理チョコをくれた大原つかささんだよ。いえ、まだ食べてません。その節はありがとうございました」


「どういたしまして。それで、2年2組に何か御用?」


「ありがたい、ぜひお尋ねしたいことがあります。この人を捜してるんですが……」


 似顔絵を見せる。大原先輩はじっくりと観賞したが、やがて首をひねった。


「さあ、いないんじゃない、こんな人」


「これは変装している可能性があるんです。顎のラインとか、茶色を帯びた髪とか、全体的に見てこう……ピンとくる女性はいないですかね」


 大原先輩は熟考した。だがやはり頭を振る。


「うーん……やっぱり見覚えないわ」


 俺は室内を素早く見渡し、符合する女性を走査した。だがそのものズバリな人も、変装前らしき人も、どちらも見当たらない。そうこうしているうちに先輩たちはどんどん教室を出て行った。


「おい純架、どうやら空振りみたいだぞ」


「LINEで連絡が来てる」


 英二からだ。彼が担当したのは隣のクラスだ。


『2年1組を捜査中。どうやらいないようだ』


 純架の顔が険しく曇る。この英二のメッセージを皮切りに、成果なしの報告が続々届いてきた。1年1組は日向が、1年2組は真菜が、自分の所属するクラスとして担当しており、彼女らの『該当者なし』の言葉は説得力があった。2年3組を見に行った結城もヒットせず、3年を観察しに行った奈緒や誠からも有力な手がかりはもたらされない。


 結局15分も経過した頃には、各教室とも生徒は激減し、もはや捜すどころではなくなった。


 俺はしょげ返る純架の肩を叩く。


「どうやら失敗に終わったようだな。まあこんな事件もあるさ」


 純架は無念にかすれた声を出した。


「似顔絵そのものの人物も、それが変装だと仮定して他の部分が似ている人物も、どちらもいなかった。『探偵同好会』会員の肥えた目をかいくぐったとは思えないし、本当に煙のように蒸発してしまったようだね。これはもう、失敗と認めざるを得ないよ」


 力が抜けたように、2年2組の適当な椅子に座り込む。


「でもおかしいな。じゃあ後藤さん、玉里さん、花島さんの三人が今朝目撃した、激辛チョコを持ってきた3年の先輩ってのは――いったい何だったんだろう? 幻でも見てたというのか?」


 俺は苦笑した。


「さあな。元からいなかったのかもな、そんな女。なんてな」


 純架が突然背筋を伸ばした。その血相が変わっている。俺を見上げて叫んだ。


「お手柄だよ、楼路君!」




 純架は後藤さんたち三人の行方を追った。通りすがりのクラスメイトに問いただすと、彼女らは飲料の自販機前でだべっているとのことだった。純架はわざわざ遠回りし、死角となる場所から忍び足で現場に近づく。俺はただ寡黙に彼の後に従った。


 下種な笑い声が聞こえてくる。後藤茉莉のものだった。


「あー、面白過ぎ。何が『探偵同好会』よ、馬鹿みたいに引っ掛かっちゃって」


 芽衣の声が癇に障る波長で流れる。


「あいつら今頃居もしない犯人を本気で捜してるんでしょ? しかも総出で。ウケる!」


 薫の台詞が同調した。


「たまにはいい薬よ、あいつら最近調子に乗ってるから。ああ、笑い過ぎて腹が痛い。……でもまさか、あの子に持ちかけられるとは思いも寄らなかったけどね」


 純架は仏頂面でICレコーダーを動作させている。俺は三人組が俺たちをはめたと知って、はらわたが煮えくり返っていた。


 と、そこで俺たちの気配に気付いた茉莉が、顔色を変えてこちらを覗いた。


「ちょ、ちょっとあんたらそこで何してるのよ!」


 純架はICレコーダーを握る手を怒りで震わせている。


「話は聞かせてもらったよ」


 青ざめた三人が続々こちらに正対する。純架は強い怒気をはらんだ声音で指摘した。


「激辛チョコを僕の机に忍ばせたのは、君たち三人だったんだね。僕がそれを食べて七転八倒して苦しむのを、クラスの皆で笑いものにするために。そして僕を引っ掛けるだけに飽き足らず、架空の第三者をでっち上げ、偽の噂を流布させたのも君たちだ。動機は『探偵同好会』の最近の活躍に対する嫉妬とむかつきだ。僕は、そして僕たちは、ころりと騙されたってわけだ」


 三人はしばらくぐうの音も出なかった。だがやがて、茉莉が虚勢を張って挑発的に微笑む。


「……そう。その通りよ。で、犯人を見つけて気は済んだ?」


 純架は怒鳴らないのが不思議なぐらいの憤りようだった。


「反省して謝罪したまえ。人をこんな酷い目に遭わせて、『探偵同好会』メンバーを愚弄して、最低限それぐらいはしてもらわないとね」


 茉莉たち三人は暫時押し黙っていたが、やがて渋々頭を下げる。

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