197激辛バレンタイン事件04
誠はどうでも良さそうだ。
「まあ犯人のせこい復讐はくだらないがな」
純架は因縁深い一人の男子を指差した。
「矢原君! 君かね、犯人は」
矢原宗雄といえば、『探偵同好会』を憎みきっているクラスメイトとして知られている。煙草の吸殻を巡る事件では、冤罪を押し被せようとしてきたっけ。
だが矢原は黄色い顔を左右に振った。
「おいおい、今回は俺は関係ないぞ。犯人扱いはやめてもらおうか」
「でも僕の机に激辛チョコが入っていることを、知ってて黙っていたんだね」
「そんなの他の皆も同じだろう。俺ばかり責めることじゃない」
純架は激辛チョコを食べることを勧めてきた久川に矛先を向けた。
「久川君、犯人は誰だい?」
久川はまだ笑いをこらえている。よほどさっきの純架の情けない姿がツボにはまったのだろう。
「俺は岩井から、誰か女子が桐木の机に激辛チョコを入れたって聞いただけだ。本当さ、信じてくれよ」
純架の視線が岩井に向けられる。岩井は慌てて手を振った。
「俺も俺も。女子が発信源だよ、今回の話題は」
純架はようやく憤怒がおさまってきたのか、呼吸を鎮めた。
「……どうやら男子は噂を聞いただけのようだね。なら女子だ」
彼は複数人の女子に手当たり次第に質問した。誰が犯人か、と。しかし皆知らないという。茅野さんが困惑して答えた。
「私は後藤さんや玉里さん、花島さんが面白がって話しているのを横から聞いただけよ」
後藤茉莉、玉里芽衣、花島薫といえば、1年3組でもよく知られる仲良しトリオだ。純架は今日も机を寄せ合って弁当を食べていた彼女らを直撃した。
「君たちは何か知ってるよね?」
茉莉が迷惑そうにしながら、でも素直に応じた。焦げ茶色のレイヤーボブで、ややつり目なものの、秀でた器量と抜群のスタイルを誇っている。スカートが短くて思わず覗き込みたくなる。
「知ってるわ。というか、このクラスに噂を広めたの、私たちだもの。……早朝、3年の女子の先輩がやってきて、『桐木君の机はどれですか』って質問してきたから、『あれです』って答えたの。そしたら彼女は『これは唐辛子入りのチョコだけど、黙っておいてね。奇行馬鹿に天誅を食らわせてやるの』って笑って、その包みを桐木君の机に押し込んだの。感じの良さそうな人だったから、私もつられて笑っちゃったんだけどね」
純架はこの情報に飛びついた。
「その先輩が犯人ってわけか。どこのクラスの何て人だい?」
芽衣が口を挟む。黒のミディアムパーマで少し太り気味な彼女は、頬がぽっちゃりしていて豊満な胸と短い足を気にしている。
「上履きの色で3年だって判断しただけよ。私も茉莉ちゃんも薫ちゃんも知らない人だったわ」
「そのとき教室に人はいたかね?」
「まだまばらだったわ」
「となると、じかに目撃した人はほぼ君たちだけか……」
純架はノートにシャーペンを構えた。
「その先輩の――不逞の輩の詳しい身体的特徴を教えてくれたまえ。覚えている範囲内でいいから。それを元に、僕が似顔絵と4コマ漫画を描くよ」
似顔絵だけでいい。
俺は彼のいきなりの行動に面食らって聞いた。
「おい、お前に似顔絵の才能なんてあったっけ?」
純架はシャーペンを得意そうに指の上で回し、そのまま落とした。
できないならやるな。
「今まで披露していないだけで、簡単なものなら僕でも描けるよ。さあ、後藤さん、玉里さん、花島さん」
茉莉が頬に人差し指を当てた。
「そうね、まず目に付いたのは茶色い縁の大きな眼鏡ね」
「ほう、眼鏡……と」
芽衣が口添えする。
「あとやたら胸がでかかった! 私といい勝負ね」
「ふむ、巨乳。服装は当然制服だから良いとして……髪型は?」
薫が応じた。黒のお下げにそばかすの浮いた頬で、細い目を化粧で大きく見せようとしている。痩せぎすで枯れ木のようだった。
「サイドアップだったわ、確か。ちょっと茶色っぽかったかも」
「目は一重? 二重?」
茉莉が考え考え口を開く。
「覚えてないけど、ぱっちりしてたわ。睫毛もカールさせてたし」
「鼻はどう? 高かった? 丸かった? 潰れてた? 矢印だった? 上っ鼻だった? 鷲鼻だった?」
芽衣が腕を組んで茉莉と薫に尋ねる。
「うーん……どうだったっけ?」
「記憶にないわ」
「私も」
純架はしきりとうなずいた。
「それならそれでいいんだよ。特徴のない鼻だった、と。ならここは空白にしておこうか。唇はどんな感じだった? ふっくらしていたとか、大きかったとか、忘れていなければ」
薫が思い出したように手を叩いた。
「何だか学者っぽい印象だったよ」
「ほう! なかなか知的そうだったのかね、こんないたずらを仕掛けたわりには……」
茉莉が補足する。
「あと、リップを塗ってて艶々だった。あれ可愛かったね」
純架は自在に線を走らせていく。
「では顎の輪郭はどうだったね? 尖っていたか、しゃくれていたか、丸かったか角張っていたか?」
薫がこれは断定的に話した。
「ちょっとしゃくれてたかも。あと小さかったよね」
芽衣も首肯する。
「そうそう、そんな感じだった」
純架がまとめに入った。
「他に気になった点は何かあるかい?」
茉莉がいの一番に反応した。
「白い手袋してたわ。まあ寒かったしね」
純架が少し固まった。俺は気になって問いかける。
「どうした?」
「これは、思ったより手強いかもしれない。となると……。ちなみにその人、どんな歩き方だった?」
薫が首を傾げる。
「歩き方?」
「覚えている範囲でいいんだけど」
芽衣が助け舟を出した。
「そうね、何だかぎこちなかった」
純架が被せるように問いただす。
「靴が合わない感じ?」
茉莉が我が意を得たりと両手を合わせる。
「そうそう! それ、ぴったりの表現ね」
純架は深々と点頭した。
「――よし、以上の情報で犯人を捜そう。ご協力ありがとう、皆」
純架と俺は自分の席に戻った。唐辛子入りのチョコがすっかり嫌われて放置されていた。俺は時計を見る。
「もう昼休みも終わるけど……どうする?」
「この似顔絵をスマホで撮影して、1組の辰野さん、2組の台さんを含めて『探偵同好会』全員に送るよ。放課後に一斉に1年、2年の各クラスを捜索するためにね」
俺は当然の疑問をぶつけた。
「あれ? 確か問題の犯人は3年って言ってなかったっけ」
純架は忌々しげに机の上を片付けている。
「それはフェイクさ。手袋をして指紋を残さない配慮からして、犯人は3年に化けたものと見られる。3年なら5組もあるんだ、早々探知されないからね。そしてそれには知り合いの3年生から上履きを借りるだけで済む。僕が犯人の歩き方を聞いたのは、不慣れな3年生の上履きに手こずったのではないかとの推測からだった。そしてそれはどうやら当たりのようだ。犯人は1年か2年さ、間違いない」




