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193コスプレ大会事件05

 赤木さんは早速タブレット端末をバッグから取り出し、操作し始めた。その作業を眺めていると、芳人が俺に耳打ちしてきた。


「赤木さんはカメラマン業界でも知らない人はいない大物なんだ。色んな関係者に顔が利くんだよ。今日この街で撮影に没頭しているカメラマンたちにも、結構顔見知りがいるほどさ」


 赤木さんがタブレットを叩き、一連の動作を終える。


「SNSで情報を拡散させたよ。このイベントに参加している友人たちに、試しにボストンバッグの写真を送付しておいた。どれ、立ちっぱなしもなんだし、そこの喫茶店に入ろう」


 俺と純架、芳人と赤木さんは、暖かい室内でほっと一息ついた。赤木さんが機器の画面を興味深く眺めている。


「ぽつぽつと『見覚えあり』の報告が届いているよ、純架君、楼路君」


 俺と純架は見せてもらった。ボストンバッグを置き忘れた場所を背景とした、別のコスプレイヤーの写真が送られて来ている。実に30枚はあり、まだまだ増えそうだ。


 俺たち4人は、テーブルの中央に置かれたタブレットの画面を頭を寄せて覗き込んだ。今ある全ての写真を参照すると、午後11時20分から35分にかけて、同じ男がバッグを注視する姿がいくつか見出された。丸刈りで落ち窪んだ目をしており、カメコなのかカメラを手にしている。白いコートで青いリュックを背負っていた。


 純架が眉間に皺を寄せ、赤木さんに聞く。


「この男が怪しいですね。決定的な写真はないものでしょうか?」


「まあ待ちたまえ……」


 俺と純架はじりじりと焦りながら、静かにそのときを待った。自分たちは犯人を追う猟犬のようだ。


 やがて、遂にそのときは来た。


「これだ! どうだね桐木君、これはもう間違いないと思うが」


 ホームズが更に身を乗り出し、貧相なリュウは隅に追いやられる。ああ、猟犬気分が台無しだ。純架は目を皿にして写真を眺め、急転狂喜乱舞した。


「楼路君、これは赤木さんのお手柄だよ! 見たまえ!」


 俺は改めて写真を見せてもらった。北通りで撮影された別のコスプレイヤーの一枚だ。さっきの『注視していた男』が、花蓮のボストンバッグそのものを肩から提げて、背後を通り過ぎ去ろうとしている。その瞬間が、脇のほうではっきり捉えられていた。


 しかし俺は、我ながら妙なところで冷静さを発揮した。


「いや待って。ひょっとしたら善意の人かもしれない。警察かイベント運営委員会に、落し物として届けに行く途中だったのかもしれないじゃないか」


 純架は馬鹿にしたように鼻で笑った。次に耳で、最後に顎で笑った。


 人間か?


「だったら佐久間花蓮さんからとっくに紛失物発見の報告があるはずだよ。赤木さん、その写真いただけますか? 佐久間さんと落ち合って、警察に被害届けを出したいと思います。これはもう、紛失案件ではなく窃盗案件なので」


 赤木さんはうなずいたが、それは純架の要望を承諾したのではなかった。


「なに、これも何かの縁。芳人と一緒にわしも警察に赴きましょう。皆が楽しんでいる撮影会で、こんな犯罪を犯したものを、他人任せにはできません」




 かくして俺と純架、芳人、赤木さんの4人で、電話連絡をした花蓮、英二、結城と再会した。花蓮は早速赤木さんから犯人の写真を見せてもらい、絶句して気味悪がった。


「ま、間違いないです。これは私のボストンバッグです。酷い……。置き忘れた私が愚かだったにしても、自分の物にしていい権利なんか誰にもありません」


 英二はすぐさま『ビーカル』社長・柴周作を初めとするイベント運営委員会に情報を伝えた。花蓮も交番で警察官相手に一切合切を話し、被害届を提出。純架も『探偵同好会』のメンバー全員を呼び寄せ、情報を共有した。


「……というわけだよ、皆」


「何が『……というわけだよ、皆』ですかっ、桐木さん!」


 憤慨したのは日向だった。デジタルカメラを握り潰さんばかりに両手で掴んでいる。


「赤木輝久さんがいらっしゃったんだったら、一言教えてくださっても良かったのに……!」


 そう、赤木さんは花蓮が被害届を提出したのを見守ると、「芳人も勉強になったでしょう。ではわしたちは、まだまだ撮影したいのでこの辺で」と、芳人を引き連れて去っていってしまったのだ。引き止める間もない素早さだった。


 純架は頭をがりがり掻いた。


「まあ風のように消えてしまったからねえ。名刺をもらったから、記念にあげるよ」


「もう……!」


 でもしっかり名刺を受け取る日向だった。純架が両手を広げる。


「犯人の写真が行き渡ったところで、再度の探索に出かけるとしよう。今度は犯人逃亡の可能性も考慮して、足の速い人と遅い人がコンビを組むんだ。ええと、じゃあまずは……」


 と、そのとき英二のスマホが鳴った。彼は天狗の面を頭に上げて捜査していて、だいぶ気恥ずかしい思いをしたようである。英二は何やらしきりと相槌を打って、電話を切った。その顔が快心の笑みで朗らかになる。


「今、イベント運営委員会から連絡が入った。犯人と顔がそっくりで、かつ花蓮のものらしきボストンバッグを担いだ男が、この近くの漫画喫茶に入店したそうだ――数時間前にな」


「そいつはまだそこにいるのかい?」


「間違いない。行こう、純架」


 俺と純架、英二の三人は、警官一人及び屈強な黒服たちと合流して、問題の漫画喫茶に入った。そこはビルの3階で、客室60を数える店舗だった。痩せっぽちの30代店員が俺たちにこっそり話す。


「写真を見てあっと思いました。間違いないです。34番の部屋にいます」


「ご苦労様です」


 警官は先頭に立って曲がりくねった狭い通路を突き進んだ。34番の室名札がかかったドアの前に立つ。一応ノックした。


「入りますよ」


「……えっ? ちょ、ちょっと待って……」


「入ります!」


 警官がドアを押し開けた。落ち窪んだ目の男が、室内でテレビを観ているところだった。その脇には、花蓮のボストンバッグ。警官の脇から純架が叫んだ。


「卑劣な犯人め。バッグを返してもらおうか!」


 男はあたふたと慌てふためいていたが、逃げられないと観念したのか、急に大人しくなった。警官が無慈悲に告げる。


「そのバッグは他人の物だな。窃盗の現行犯で逮捕する。署まで来てもらおうか」




 午後2時半、事件は解決を見た。純架のスマホから花蓮の感謝の言葉が溢れ出る。


「バッグを取り戻していただき、ありがとうございます! 本当に皆さんには何とお礼を申してよいやら……。着替えも財布の中身も無事で、何とか明日からも生活していけそうです。心から感謝します!」


 純架は至極真っ当に謙遜した。


「この事件は赤木さんの人脈がなければ解決できませんでした。後で連絡先をお教えしますので、ぜひ赤木さんの労もねぎらってあげてください」


「はい! では、また後ほど……」


 通話が切れた。俺は純架に問う。


「あの犯人の男は、漫画喫茶なんかで何をしてたんだ? まあボストンバッグの中身を物色し、財布を見つけて掠め取ろうとはしたんだろうが」


「多分夜になるのを待っていたんじゃないかな。コスプレイベントが終了して閑散とした闇夜の街ならば、ボストンバッグの処分にもそう困らないだろうしね」


 純架が胸に手を当てた。


「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」


 奈緒が小猿のように不満の声を上げた。


「お腹ぺこぺこ! もう犯人のことなんてどうだっていいから、さっさと料亭『きさらぎ』に連れてってよ、三宮君」


 英二もこれには不覚の笑いを浮かべた。


「そうだな。じゃあ行くぞ、お前ら」


 誠が奈緒に、真菜が純架にぺちゃくちゃ話しかける。結城は英二と共に先頭を歩き、日向は周りのカメコにやや恥ずかしげに笑顔を向ける……


 こうしてコスプレイベントは事なきを得て、特別な一日はのんびりと過ぎていくのだった。

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