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192コスプレ大会事件04

 純架は奇妙な要請をした。


「では佐久間さん、立った状態で両手で顔を隠してください」


 これには花蓮も俺も英二も目をぱちくりさせる。


「えっ、何故ですか?」


「これから皆で手分けして探す際に、あなたのコスプレ姿は証言を引き出す触媒足りうるからですよ。つまりその格好を写真に撮らせていただきたいわけです、聞き込みの参考資料としてね」


 彼女は得心がいったという具合に理解の光を両目にともした。


「なるほど、分かりました」


 純架はスマホで、顔を隠した花蓮の全身像を撮影した。


「ありがとうございます。では英二君、菅野さん、彼女と一緒に紛失物届けを提出しに行ってくれたまえ。案外それで戻ってくるかも知れないからね」


 純架は残りの『探偵同好会』会員に事情を説明し、花蓮の写真のコピーを行き渡らせた。


「君たちはバッグの探索だ。くれぐれも誤断して普通の皆さんに迷惑をかけないように。じゃ、『探偵同好会』、活動開始だ」


 純架、奈緒、日向、真菜、誠はそれぞれ散っていった。俺は本来なら奈緒についていくべきだったのだろうが、奇行馬鹿の純架を放置することは悲劇を招きかねないとの懸念から、彼の後を追った。すまん奈緒。


 純架は周囲をきょろきょろ見回しながら、早足で歩んでいく。俺は追いついて速度を合わせた。


「純架、どうするんだ。今日の目灰町じゃボストンバッグなんて腐るほどあるだろうし、情報入手は難しいと思うんだがな」


 純架は俺を振り向いた。パイプの吸い口を鼻の穴に突っ込んでいる。


 やはりこいつから目を離してはいけないと、俺は改めて誓った。


「何、今日はもう一つ、あるものが腐るほどこの街に存在するんだ。それを活用しよう」


「と言うと?」


 純架は自信ありげにパイプを口に咥えた。ばっちい。


「写真だよ、写真」


 純架は道端で機材点検に勤しんでいる青年に声をかけた。洒落た服装のカメコである。


「すみません、少しよろしいですか?」


 青年は美し過ぎるホームズと震えがちなリュウを前にして一瞬面食らった。が、すぐ気を取り直したように受け応える。


「はい、何でしょう?」


「今日、こんなコスプレの方を撮影しませんでしたか?」


 花蓮の写真を見せる。


「ああ、撮りました。『NEW GAME!』の主人公の。可愛い方でしたね」


 純架は切々と情に訴えた。


「実はその方が大事なバッグを紛失して困っているんです。申し遅れました、僕は桐木純架といいます。現在手分けして探している最中でして……。ぜひその写真を見せてもらえませんか? 探し物の参考にしたいんです」


 青年は話をすっかり了解したらしく、最初まとっていた警戒感のもやを吹き飛ばした。


「はい、いいですよ」


 彼はデジカメの一つを取り出し、パネルを操作して写真を探す。発見にはそう時間はかからなかった。


「あった、ありました。これです」


 俺と純架はデジカメの画面を覗き込んだ。そこには確かに可愛い花蓮の姿と、地面に置かれた黒字に赤線のボストンバッグの様子が写っていた。このときはまだなくしていなかったのだ。


 純架が目を凝らす。


「タイムスタンプは午前11時10分、風景は最初の場所か。すみませんがその画面を撮らせていただけませんか?」


「ええ、どうぞ」


 純架はスマホの接写で、ボストンバッグの部分だけ上手に撮影した。俺は最初からこうまで上手くいくとは思っていなかった。


「これでボストンバッグの外見が分かったわけか」


「その通りだよ、楼路君。皆に拡散しておこう。ご協力ありがとうございました」


「いえいえ、困ったときはお互い様です」




 俺と純架は可憐とボストンバッグ、両方の写真を手がかりに聞き込みを続けていった。何度かの空振りの後、当たりがあった。


「この方ならさっき撮影しましたね」


 妙齢の女性カメコの言葉に、純架が色めき立つ。


「写真を見せていただけますか?」


「はい、どうぞ。……これです」


 時刻は午前11時30分、南通りだ。写っている花蓮の側にバッグはない。置き忘れて移動してしまった後のようだった。


「ありがとうございました」


 女性が立ち去るのを見送りながら、純架がパイプの吸い口をかじった。


「置き忘れた場所が写った、11時10分以降の写真が欲しいね。ちょっと僕らの伝手つてじゃ難しいか……」


 そこで、突然初老の男が話しかけてきた。少々禿げかけた白髪の総髪で、口髭が嫌味なく蓄えられている。茶色のセーターに灰色のスラックスで、上に緑のコートを羽織っていた。コンパクトな青いデジカメを首にかけている。


「君たち、さっきから何やら尋ね回っているようだけど」


 純架はこの人の良さそうな親父に少し気を許したようだ。


「あなたもカメラマンですか?」


「わしはこういう者です」


 差し出された名刺に俺と純架はあっとうなった。『フリーカメラマン 赤木輝久』――この名前に聞き覚えがあったからだ。あれは三日前、部室で日向が『フォトリーダー』誌を解説していた際。


『この女性の写真なんか綺麗でしょう。赤木輝久って言って、人物像を撮らせたら右に出る者がいないっていう凄腕のカメラマンさんなんです』


 その赤木さんが、今目の前にいる。こんな偶然ってあるものなのか。


 いや、今日は目灰町が街をあげた一大コスプレイベントだ。赤木さんが人物像を撮影しに来訪していたとしても不思議ではない。『信者』の日向がここにいないのが残念だった。


 純架も驚愕からなかなか立ち直れないでいる。


「あなたが『フォトリーダー』誌の赤木さんなんですね。本物の……!」


「おや、わしのことをご存知ですか。こりゃまいった」


 口髭が三日月になった。


「それで。何かお探し物ですか?」


「はい。一応警察には届け出たのですが、さっきスマホに『見つかっていない』との連絡がありました。これも何かの縁です。この写真をご覧いただけますか?」


 赤木さんは「待ちなさい」と制した。


「……おうい、芳人よしと


 芳人と呼ばれた青年がこちらへ走りよってきた。黒い寝癖付きの髪で、なかなか凛々しい相貌だ。白いダウンジャケットにデニムのパンツで、黒い一眼レフを首からぶら提げている。


「はい、何ですか赤木さん」


 純架が赤木さんに尋ねた。


「こちらの方は?」


大形おおがた芳人。わしのカメラマンとしての弟子で、27歳になります。3年前に写真展で意気投合して以来の関係です。今日は二人でコスプレイヤーの皆さんの撮影に来ておりました。まあわしは雑誌の取材なのですが」


 俺と純架は自己紹介を手短に済ませると、経緯を説明し写真を見せた。芳人が平手を挙げる。


「待った。君、そのホームズのコスプレ、決まってるね。それに凄いルックスだ。一枚いいかい? それが協力する条件だ」


 赤木さんが困ったように苦笑する。


「こういう奴なんです。桐木君、撮らせてやってくれないかね」


「お望みとあれば、何枚でも」


 そうして純架は数枚撮影された。赤木さんが手を叩く。


「よし、わしの知り合いのカメラマンたちに連絡を取って、協力を仰いでみよう。うまくいくかどうかは分からないがね」


 俺は肌寒さと歓喜で震えた。


「本当ですか? 助かります!」

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