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189コスプレ大会事件01

   (三)『コスプレ大会』事件




 バレンタインが押し迫った2月上旬。肌寒い中、渋山台高校旧棟3階1年5組の教室で、俺たち『探偵同好会』一同は相変わらず暇潰しをしていた。楽な同好会もあったものだ。


「おや、辰野さん、その雑誌は何だい?」


 手持ち無沙汰な純架が、日向の机に広げられた本に目をつけた。声の調子からして、退屈紛れに一応言ってみただけなのだと知れる。


 日向は目を輝かせた。


「『フォトリーダー』っていうカメラマン雑誌です。新聞部の全員が毎月購入しているほど、安価なのに充実した誌面ぶりなんですよ」


「ふうん」


 純架が覗き込む。日向が見やすいよう体をずらした。


「この女性の写真なんか綺麗でしょう。赤木輝久あかぎ・てるひさって言って、人物像を撮らせたら右に出る者がいないっていう凄腕のカメラマンさんなんです」


「ほほう」


 純架は日向の思いもよらぬ熱心な解説に、興味4割といった様子で相槌を打つ。自分がドアを開けた手前、中に入らずにはいられなかったようだ。


 と、そこで助け舟を出すかのように英二が大声を出した。


「カメラといえばコスプレだな、お前ら」


 あまりに唐突な連想に、柔軟思考の真菜でさえついていけない。


「急に何を言い出すのですです、三宮さん?」


 英二は言いづらそうに口をもごもごさせた。


「なあ、お前ら。コスプレしないか?」


 俺は「は?」としか返せなかった。奈緒が若干心配した様子で英二に問いかける。


「何を血迷ったの、三宮君」


 硬派で知られる英二の口から、こともあろうにコスプレとは。一体どうしたんだろう?


 この謎に、救われたといった表情で純架が顔を上げる。


「コスプレって、あのアニメやゲーム、漫画や映画の登場人物を真似た格好をする、あのコスチュームプレイかい?」


 英二は己を恥じたのか、耳たぶまで真っ赤になってうつむいている。ここで結城が専属メイドぶりを発揮した。


「英二様が言いにくそうなので私めが」


 こほんと咳払い。


「実は三日後の日曜日、隣県の目灰めはい町で大規模なコスプレ大会が開催されるんです。街の振興策の一種で、ストリートイベントというものですね。思い思いの衣装を身にまとったレイヤーさんたちが、写真撮影に応じながら街を練り歩く……という内容です」


「初耳ですです」


「そのイベントの協賛に、我らが三宮財閥傘下の食品販売会社『ビーカル』も加わっているのです。その『ビーカル』社長の柴周作しば・しゅうさくさんから直々に、英二様にコスプレイヤーとしての参加のお誘いがありまして……」


 純架がうなずいた。


「なるほどね。話が見えてきたよ」


「それで英二様は既に参加を決定いたしました。ならば当然、専属メイドである私も付き従うまでです。というわけでして、つきましては、英二様が所属する『探偵同好会』のメンバーの方々にもぜひ協力いただけないか、と」


 部室に沈思黙考のひと時が流れた。最初に声を出したのは日向だ。


「いいが撮れそうで、カメラマンとして撮影に行くのはいいんですけど、参加者になるのはちょっと……」


 誠が同調する。最近は奈緒への詰め寄りを控えるようになっていた。


「そうだよ。だいたい三日で衣装を用意するなんてちょっと無理がある」


 英二がようやく羞恥から立ち直った。


「その点なら問題ない。我が三宮財閥が誇るメイドの縫製部隊が、どんな要求でも突貫作業で作ってくれると請け合ってくれた。お前らはただ、なりたいキャラと衣装を申請してくれるだけでいい。もちろんぶっつけ本番ではなく、当日朝に試着・手直ししてからイベントに臨む予定だ」


 純架は英二に「ダンカン! ダンカンこの野郎!」とビートたけしの物真似をぶつけた。


 本当にそのネタを愛してるんだな、純架……


「英二君、二人だけじゃ寂しかったんだね。まあ確かに気後れしてもしょうがないか」


「うるさいな。そういう突っ込みはいらないぞ、純架」


 奈緒は俺と指していた将棋の駒を盤中央へかき集めた。敗北を誤魔化されたようだ。


「面白そうじゃない。やろうよ、皆! コスプレなんてそうそう体験できないし、ただで衣装を作ってもらえるなんて機会は滅多にないよ。私もたまには別人の装いを決めて、見せびらかしたりちやほやされたりしてみたいし」


 日向は『フォトリーダー』誌の例の写真を眺めつつ、胸のうちに湧き上がる期待を抑え切れないようだ。自分が被写体となることに、純粋な興味が湧いたらしい。


「ちょっと尻込みしちゃいますけど……。飯田さんや菅野さんがやるっていうなら、私も頑張ってみます。ちょっとやってみたいキャラがあるんですよ、似合うかどうかは別にして……」


 真菜がノリノリではしゃぎ、参戦表明する。


「あたしも出ますです! ねえ純架様、一緒にコスプレしましょうです!」


 純架は少しのためらいがあるようだったが、あえて振り切るらしい。


「しょうがないね、他ならぬ英二君の頼みだ。僕も参加するとしよう。でも心配なのは三日後の天気だ。ストリートイベントなんだよね? 雨が降ったら台無しになるけど」


 英二がスマホの画面を俺たちに見せた。天気予報の画面で、三日後はこの県も臨県も快晴と出ている。


「天気への心配は無用というわけだ。気にすることはない。現代の仮装行列を皆で楽しむとしよう」


 俺も将棋の駒を片付けながら陽気に受け応える。


「よっしゃ、たまには屋外ではめを外してみるか」


 誠は衣装の問題が解決したこともあって、まるで初めから同意していたかのようだ。


「奈緒が出るなら俺も出る。当然だな」


 結城が両手を合わせた。本当に嬉しそうだ。


「では、『探偵同好会』全員出席ということでよろしいですね?」


 俺たちは「おおっ!」と気勢を上げた。台真菜と藤原誠を新入りとして迎えてから、こうまで団結してまとまるのは初の出来事だ。


 英二が満足そうにうなずき、スマホでどこかに電話をかける。


「ああ。そうだ。『探偵同好会』全メンバーが出ることになった。それじゃ、計測隊を頼む」


 純架が首を傾げた。


「計測隊?」


 やがて5分とかからず、廊下から複数の硬い靴音が聞こえてきた。それらは賑やかに近づいてきて、部室の前でピタリと止まる。引き戸がノックされた。


「はい、どうぞお入りください」


 純架が招くと、背の高い黒服の男女が一斉に雪崩れ込んできた。全部で6名はいるようだ。これには俺たち――英二と結城を除く――全員が呆気に取られた。


 英二がしなやかに立ち上がる。


「彼らが計測隊だ。今日のことを考えて、校外すぐ側の車に待機させていたんだ」


 これは渋い中年の黒服が、胸に手を当て一礼した。


「ご歓談のところ申し訳ありません。これよりコスプレ大会に出席される皆様の、正確な身体測定を行ないたいと思います。衝立ついたてもご用意いたしましたので女性の方もご安心ください」


 えっちらおっちらと、横に倒された衝立が新たな黒服たちの手で教室に運びこまれる。英二が急展開に声を失う俺たちのケツを蹴り上げるように言った。


「何をぼさっとしている。早速始めるぞ」


 俺は衝立が設置され、室内が二等分される様を眺めた。


「今からやるのかよ?」


 黒服の熟女がかしこまって頭を下げた。


「はい。何しろ時間がありませんので。コスプレイベントでなりきってみたい希望キャラは、今夜10時までに考えて英二様にLINEでお伝えください。縫製部隊が三日後までに全力で仕上げます」


 にっこり微笑む。


「それでは時間もありません。開始しましょう」

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