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185冬の転校生事件02

 昼休み、俺は最近毎日のように摂っていた奈緒との食事を、今日もご一緒しようとした。奈緒の奇天烈な――要はくそ不味い弁当は近頃ようやく改善され、何とか常人でもそこそこ満足可能な程度になっていた。並々ならぬ修行の成果だろう。それが俺のためであると思うと、胸にじんわり幸せが広がるのだった。彼女は自分と俺の両方、二人分の弁当を持ってきてくれるため、俺はすっかり甘えて、購買のパン争奪戦に参戦しないことしばしだ。


「楼路君、さあ食べよう」


「いつも悪いな、奈緒」


 俺が自分の分の弁当箱を押しいただいたときだった。誠が椅子を引きずり、俺たちの側にどかりと腰を下ろしたのだ。


「ここ、いいかい? いいよね」


 いいも何も、もう座っている。奈緒がびっくりしていた。


「えっ、藤原君?」


 俺は楽しいひと時を邪魔されて、中っ腹で怒鳴った。


「おいおい新入り、何やってんだよ」


 誠は俺のことなど眼中にないかのようにシカトする。奈緒を美声で賞賛した。


「君、綺麗だね。美しい。気に入ったよ」


 真心のこもった、混じりけのない純粋な言葉。


「俺は今朝紹介されたように、藤原誠って言うんだ。君の名前は何て言うんだい?」


 奈緒は少し上気した顔で答えた。


「飯田奈緒よ」


 誠はその瞳を輝かせた。


「素敵な名前だ。奈緒、奈緒か。下の名前で呼んでもいいよね?」


 俺はさすがにむっとして、机に鉄槌を振り下ろした。鈍く大きい音に室内が静まり返る。さすがに奈緒から視線を引き剥がした誠へ、そのしじまに乗じて文句をつけた。


「おい藤原、やってきた初日から何やらかしてくれるんだよ。奈緒になれなれしく話しかけるんじゃねえ」


 奈緒がおろおろと、俺と誠を交互に見る。誠が心底つまらなさそうに俺へ双眸を向けた。


「君は?」


「朱雀楼路。奈緒の彼氏だ。分かったらさっさと立ち去れ」


 誠は――むかつくことに――一切動こうとせず、俺をじろじろ値踏みするように眺めた。そして失笑を爆発させる。


「君が奈緒の彼氏? その器量で? 冗談じゃない」


 急に笑いをおさめた。


「奈緒には俺の方がふさわしいだろう。今を最後に別れるんだな」


 俺は胸底の火が炎に拡大するのを感じた。


「何ぬかしてんだ、コラ」


「やる気かい?」


「お前次第ではな」


 教室中の視線を集めて、俺と誠は同時に立ち上がった。だが機先を制したのは俺でも誠でもなく、奈緒だった。


「ちょっと! 喧嘩なんかお断りよ。もしやったらどちらとも絶交だからね」


 俺は唇を噛み締めた。誠は長く息を吐きながら、渋々といった具合で再度腰を下ろす。俺もそうした。


 奈緒が俺たちの仲を取り持とうとする。


「三人で仲良く一緒に食べましょう。今日ぐらいはいいでしょ、楼路君」


「ええっ、マジかよ」


 結局その昼休みは、俺と奈緒、誠の三人で食事することになった。それだけでも屈辱なのに、誠は会話の主導権を把握して逃さなかった。奈緒に質問の連打を浴びせたのだ。


「奈緒はどこの出身なの? 地元?」


「好きな音楽は? ロックとか聴く?」


「その髪型いいね。どこでカットしてもらってるの?」


 あげく、「もっと奈緒の事が知りたいな。LINEやろうよ。スマホある?」


 これには俺も不満たらたら、爆発寸前だった。それでもかろうじて残った理性で声音を抑制する。


「あのな藤原、俺をほったらかすな。三人で仲良く、って奈緒も言っただろう」


 誠はどこまでも自己中だった。


「うるさいな。今俺が彼女と喋ってるんだ。顔面凶器がつまらん茶々を入れるな」


 俺が怒りの反論をするより先に、奈緒が転校生をたしなめた。


「藤原君、言い過ぎ。いくらなんでもそれはないよ」


 誠は従順に詫びる。


「おっと、ごめん」


 そこでチャイムが鳴った。いつもより格段に不愉快で不味い昼食だった。俺はひどくつまらない気分で席を立とうとする。そのとき誠の死角で奈緒が俺を拝み、ぺこりと頭を下げた。俺に対する謝罪だ。俺は少し気分を直し、椅子を自分の机へと運んでいった。




 その日は誠への嫉妬とむかつきから、あまり授業に集中できない午後を過ごした。学校での一日を締め括るホームルームが終了し、解散となる。俺は奈緒のところへ行こうとして、またも誠に先んじられた。彼は俺の彼女に何の遠慮もなく親しげに話しかけている。


「一緒に帰ろうよ、奈緒。あんなつまらない、不細工な彼氏なんかほっといてさ」


 俺は中っ腹でなじるように言った。


「聞こえてるぞ、藤原。誰が不細工だって?」


「お前に決まってるだろ。この顔面ゴミ収集車が」


「何だと」


 奈緒が慌てたように間に割って入った。


「ごめんなさい、藤原君。私は『探偵同好会』の会員で、今日もそれに参加するつもりなの」


 誠はよく聞こえなかったのか、それともそんなわけの分からない同好会を理解できなかったのか、二度聞き返した。


「『探偵同好会』? 何だいそりゃ。まさかこのぶ男も一緒とか?」


 俺は優越感で20センチは背が高くなったように感じた。誠を見下ろす。


「そのまさか、さ。さあ藤原は帰った帰った。俺と奈緒はこれから同好会の部室へ出かけるんだからな」


「そういうことなの。じゃ、藤原君、また明日ね」


 誠は黙り込んだ。しかしそれは流れ星の命より短かった。


「へえ……。なら、俺も随行するよ」


 俺は目を白黒させた。


「何だと?」


「俺、今朝奈緒に一目惚れしたんだ。それなら地の底だろうが海の海溝だろうが、どこまでもついていかないとな」


 奈緒がさすがに愕然としている。


「正気?」


「もちろん。何ならその『探偵同好会』か、それに入ってもいいぐらいだ」


 俺たちの会話を耳ざとく聞いていたものだろうか。満面の笑みを浮かべた純架が流れに口を差し挟んだ。


「やあ、藤原君! 今の言葉、聞き逃さなかったよ!」


「君は……顔は識別できるが、名前は何て言うんだっけ?」


「桐木純架さ。『探偵同好会』会長と大相撲の巡業部長を兼任してる」


 嘘をつくな、嘘を。


「ぜひとも旧棟3階1年5組の教室に来たまえ。そこが我々に割り当てられた部室なんだ。皆で歓迎するよ」


 俺は「誰が歓迎なんかするかよ」と、口の中だけで呟いた。




 かくして5分後。『探偵同好会』部室に、純架、楼路、奈緒、日向、英二、結城、真菜、誠の8名が揃った。俺と純架、奈緒が、誠について説明する。英二が頭をガリガリ掻いた。


「転校早々俺たちに加わるって、一体どういう神経してるんだ、お前。こんなわけの分からん同好会、常人なら足さえ向けないぞ」


 誠は自分と同じような背丈の英二に好感を抱いたようだ。


「君は名前、何て?」


「三宮英二だ」


 英二に手を差し出す。


「これからやっかいになる。よろしく頼むぜ」


 2人は握手した。それをきっかけに初対面の会員たちが誠を取り囲み、我先にと自己紹介していく。誠はその全てににこやかに対応した。台真菜のときとは違い、彼はすんなり受け入れられた――面白くないことに。

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