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181台真菜事件03

 真菜はしゃくり上げ、可哀想なぐらい取り乱していた。澄明な液体は拭っても拭っても、その目頭と目尻から噴き出して止まらない。


「あたしは、お父さんの子じゃなかったですです……」


 それはどれほど辛いことだろう。普段陽気に純架への偏愛を振りまく彼女を、俺はよく知悉している。それと今現在の姿との落差が激しく、彼女もやはり高校一年の普通の女子に過ぎないと改めて思い知った。


 しばらくして真菜が落ち着いてきた頃、喋り始めたのは英二だった。眉間に皺を寄せ、近寄りがたい怒気を発している。


「おい純架、電話をかけてきた相手は誰だと思う。この際、きっちり落とし前をつけておかなきゃいけないと思うが」


 奈緒も同調して口添えする。


「そうよ、余計なことをしてくれた馬鹿女を野放しにはできないわ」


 純架は腕を組み、憤る部員たちをなだめすかそうとした。


「まあまあ、そういきり立たないで。……そうだね、その辺は事件を知る僕と楼路君でやっておくよ。別に、善意で知らせてくれたつもりなのかもしれないからね、向こうはね。ちなみに台さん、相手の電話番号は何だったんだい?」


 真菜は鼻をすすり上げた。


「公衆電話だったので分かりませんです」


「まあ、そんなところだろうね。匿名を守りたかったんだろう」


 真菜は涙を拭きつつ、純架に向かって声を張った。


「あたし、本当のお父さんに会いたいですです。『門山厚』さんなんですですよね? 会って、話がしてみたいですです。それで自分の心がどう動くか、確かめたくてたまりませんです」


 純架の答弁は慎重だった。


「それは今のお父さん、台敬治さんと相談してからの方がいいと思うよ。何といっても今まで慈しんで育ててくれたのは敬治さんなんだからね。僕の名前を出していいから、匿名電話のことを洗いざらいぶちまけて、正面切って相談するんだ」


「純架様も同席してくださいますか?」


「いや、僕は単なる部外者に過ぎない。ちょっと首を突っ込んでしまったけれどもね。この問題は当事者同士で邪魔者なしに話すべきだと、僕は思うよ」


「分かりましたです」


 奈緒は新しいコーヒーを淹れ、真菜に差し出した。


「大丈夫よ、真菜ちゃん。いざという時は私たちがついてるわ」


「はいです……」


 その後は特段会話もなく、土曜日の同好会は散会となった。




 帰り道、雨が降りそうな嫌な曇天を、俺と純架は背負っていた。会話の内容も沈鬱だ。俺は真菜の動揺振りを気の毒に振り返る。


「いやあ、まいったな。てっきり台さんの父親が義父だってことは、このまま闇に埋もれていくと思ってたんだけどな」


 純架は拳を顎に当てて、悔しげに口を引き結ぶ。


「こうなったらしょうがないよ。いつかはばれる運命だったのさ。むしろ早いうちに真実を知れて、彼女にとっても良かったんじゃないかな……と、そう思うより仕方ないね。それにしても楼路君、台さんに事実を告げた人物は誰だと思う?」


 俺は悩むことなく即答した。


「一人しか考えられないな」


 純架の目に少し和やかさが戻る。


「ほう。たまには楼路君の推理も聞こうか。それは誰だい?」


 俺は胸を反らし、洞察を披瀝した。


「決まってるだろ。警察に捕まった門山健作の嫁だよ。名前は忘れちまったが……」


「門山なつめさんだね」


「よく覚えてるな。そうそう、そのなつめって奴が、旦那が捕まった腹いせに、台さんに電話で真相をばらしたんだ。精神的ショックを与えて快哉を叫ぶためにな」


 純架は北風に首をすくめながら、俺を賞賛した。


「なかなか筋がいいね。僕もその線だと思うよ。思えば健作が台さんを誘拐した動機も、なつめさんが妊娠して金が必要だったからだしね。彼女が台さんを恨む理由は十二分にある。どこまでいっても逆恨みだけれども」


 そこで純架は突如トレンチコートとブレザーを脱ぎ、小脇に抱えた。カーディガンとシャツだけの上半身となり、寒さにガタガタ震え出す。情けなく歯の根をガチガチわななかせた。


「このままじゃ風邪を引いてしまう……!」


 だったら脱ぐな。


 純架はひと奇行終えて気分良さそうに、また服を装備した。


「僕らは元旦のタクシーでの追跡で、門山健作の自宅アパートの所在地を分かっている。明日の日曜日は暇だし、軽く抗議にでも行ってこようかな。ちょっとした敵討ち気分でね」


 俺は彼がトレンチコートの上にブレザーを着た奇行は無視した。


「おいおいマジか? なら俺も付き合うぜ。余計なことしてくれた奴に、台さんに変わって文句を言ってやりたいからな」


「まあ、なつめさんが犯人だって決まったわけでもないけどね。ただ警察や台さんの両親以外で、真相を知る人物といったら門山親子とその家族だけだし。確率は7割といったところかな。ま、追及してみれば分かるだろうね」




 かくして翌日曜日、俺と純架は駅前まで行ってタクシー乗り場に向かった。黒塗りの一台に乗車する。運転席には見知った顔があった。彼は俺たちに笑顔を閃かせた。


「あれ、この前の二人組じゃないか」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。


「あっ、元旦の運転手さん?」


 奇妙な再会もあったものだ。白い帽子と黒いスーツの彼は、ハンドルを叩いて遭遇を祝した。


「奇遇だねえ。あれは解決して良かったよ。お役に立てて光栄だったね」


 純架が微苦笑する。


「きっちり料金は取ったじゃないですか」


 運転手は意気軒昂にニヤつく。


「そりゃ、こっちも商売だからねえ」


「まあ僕は警察に肩代わりしてもらったからいいんですけどね。今日はそういうわけにもいかないけど……。じゃあ運転手さん、お願いします」


 純架が行き先を告げると、車はエンジンを吹かせて発進した。




 しばらくして、俺と純架は因縁ある古ぼけたアパートの前でタクシーを降りた。この3階右端が、不埒な誘拐犯・門山健作の住んでいた部屋だ。俺は純架と外階段――すっかり錆び付いている――を上り、ドアの前まで来た。


 ブザーを押してみる。しばらくして扉が半ば開き、恐る恐るといったていで腹の膨らんだ若い女が出てきた。もちろんこれが門山なつめだろう。妊娠しているというのは本当だったか。


 純架が慇懃いんぎんに挨拶する。


「門山なつめさんですか?」


 女はうさん臭げに俺たちを眺めた。両目に猜疑のいろどりがある。


「はい、そうですが。何か? 取材ならお断りですよ」


 やはり例の誘拐事件で、マスコミに散々追いかけ回されたのだろう。彼女の声音には恐怖すら感じられた。追及に対する防衛本能が備わって、彼女を二重三重に殻で包んでいるようだ。


 俺は純架が何か言うより早く、苛立ちから思わず叫んでいた。


「なつめさん、あんたこの前被害者の女子高生・台真菜さんに、出自をばらす電話をかけただろ」


 なつめは目をしばたたいた。俺はあれっ? と思った。秘密を暴かれて動揺するはずの彼女は、しかしまるでそんなこと初耳だといわんばかりの反応を見せたのだ。


「は? 私がそんなことするわけないでしょう」


 なつめは腰に手を当てて胸を張り、怒りに満ちた返答をぶつけてきた。純架が負けじと対抗する。


「しかし台家親子の真相を知り、なおかつ余計な真似をしそうな人物は、あなた以外考えられないんですが」

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