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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
06慌ただしい年末年始
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168年始の失踪事件02

 昼休み、俺は純架に田辺のことを話した。頭が混乱していて、誰かに説明することで脳を整理しようと考えたのだ。純架は好奇心に目を光らせ、しきりと相槌を打った。


「そうか、失踪中の田辺君に出くわしたのか。非常に面白そうだね、楼路君」


「俺はどうすればいい?」


 純架は出汁巻き卵を口に運んだ。


「今朝先生がおっしゃってた通りにするんだね。この件は『探偵同好会』レベルで解決できる問題じゃない。今から職員室に行って、教師陣に目撃談を話してきたまえ」


 俺は購買のパンを置き去りに、「そうするよ」と答えて教室から出た。入れ違いに入ってきた2組の真菜が、純架の名を叫ぶ。振り返ってみれば、真菜が純架の首に絡み付いていた。


「こら、よしたまえ台さん!」


「離しませんです、純架様!」


 あの積極性は見習いたいところだ。




 俺は職員室に入った。失踪した田辺明雄のクラス、1年1組担任の青柳龍あおやぎ・りゅう先生を見つけて話しかける。彼は豚カツの弁当を食べているところだった。


「青柳先生、お話があります」


 教師は湯飲みのお茶をあおり、口の中を掃除した。


「何だ、朱雀か。どうした。相談ごとか?」


「はい、田辺明雄の件で報告したいことがあって……」


 青柳先生は椅子を四半回転させ、こちらに向き直った。その目が期待に溢れている。


「一体何だ? 教えてくれ、朱雀」


 俺は4分程度で話し終えた。


「……というわけで、田辺は知らない女と一緒にいました」


 先生は無精髭の生えた顎を撫でて、今得た情報を咀嚼そしゃくする風だった。


「なるほどな。そいつは重要な証言だ。おい朱雀、放課後空いてるか?」


「所属している『探偵同好会』なら、今は暇です。休んでも構わないでしょう」


「よし、ではホームルームと清掃が完了したら職員室に来い。俺と一緒に県警察署に行って、もう一度その話をするんだ。帰りは車で自宅へ送ってやる。いいか?」


 県警本部って、『おみくじの地図』事件の聴取でこの前も行ったばかりなんだけどな。まあいいか。俺も田辺の行方を突き止めたいし。


「分かりました。お願いします」


「お願いするのはこっちの方だ。よく話してくれたな。ありがとう」


 腕時計を見る。


「お互い空きっ腹じゃきついだろ。教室に戻って急いで食事するといい。俺もこいつをやっつけるから」


 職員室から帰ると、真菜は相変わらず純架にへばりついていた。満面の笑みで、彼の頭髪についばむように口づけしている。純架はもう諦めたのか、ほっといて弁当を使っていた。


「やあ、楼路君。報告は終えたようだね」


 こんなに顔色の冴えない純架を目の当たりにするのは初めてだ。男としては女にもててうらやましいが、当人はそんな気分にならないらしい。


 突如、純架がビートたけしの物真似をした。


「松村! 松村この野郎! 俺の真似ばっかりしてるんじゃないよ馬鹿野郎!」


 奇行である。だが真菜はうっとりと目を閉じて、自分の世界に浸っていた。


「ああ、素晴らしいですです、純架様! 物真似も得意なんですねです!」


 奇行で相手を落胆させ、遠ざけるという手段も、この真菜というある種の怪物には通用しないらしい。


 周囲は純架と真菜から距離を置き、何も見なかったふりをして昼食を進めている。俺も当然それにならった。




 放課後、俺は青柳先生の車・プリウスに同乗させてもらい、一路県警を目指した。その車中、青柳先生が詳しい話をする。


「1年1組の田辺明雄はお前も知っての通り、それほど頭は良くないし、喧嘩もするが、仲間想いの熱い生徒だ。その田辺が自宅を出て帰らなくなったのは、1週間前の水曜日のことだ。スマホは家に置きっぱなしで、書き置きなどのメモも残さず、無言で行方をくらました」


 俺は助手席で耳を傾けている。青柳先生は続けた。


「スマホの暗証番号は刑事訴訟法第111条に基づき、メーカーに解除してもらった。中に何らか手がかりがないか、探すためにな。だが警察や家族がいくら携帯電話を調べても、そこに失踪の手がかりとなる文言は発見されなかった」


 夕日が窓ガラスを突き抜け、俺の胴を暖めている。


「そこで電話機に登録された電話番号、メールアドレス、LINEも全て手当たり次第に当たってみた。何か糸口が掴めないかと血まなこになってな。しかし田辺の消息に繋がる発言や情報はついぞなかったらしい。田辺はアルバイトをしていたそうだから、ある程度の現金は持っているだろう。だがそれもいつまで持つか……」


 俺は腑に落ちた。


「青柳先生は、田辺は失踪ではなく家出したとお考えなんですね」


「あいつ、側に女がいたんだろ? ならその女の住居に転がり込んでいる可能性が大きいじゃないか。拘束もされてないってことは自由に動けていたんだろ。……まあ無事が分かって一安心だな。警察に行かずとも、田辺からこっちに連絡してくれれば問題は解決なんだがな」


「本当、そうですね」


 そうこう言っているうちに県警察署に到着した。


 応対に出てくれたのは生活安全部・人身安全対策課の職員、美空直哉みそら・なおやさんだった。初老の霜が髪の毛に散見される。


「ご協力ありがとうございます。こちらからお出迎えしなければならないところ、わざわざお越しくださって恐縮の限りです。それで、目撃情報とは一体どんな感じですか? 詳しくお話しください」


 俺は昼に青柳先生に語ったことを再度開陳した。美空さんはノートパソコンのキーボードを雀の食事のように鋭く叩きながら、情報を入力していく。全て話し終えると、打鍵音も停止した。


「なるほどねえ。いや、ありがたいことです。ついでにおうかがいしますが、彼らの服装はどうでしたか?」


 俺は記憶のタンスの引き出しを片っ端から開けていった。


「田辺は黒い革ジャンに灰色のズボンでした。女は派手なオレンジ色の上着で、やたら短いチェックのスカートを穿き、茶色のブーツを履いていました」


 美空さんは再びキーボードを操作する。


「なるほど、なるほど。……その女性の顔、これから似顔絵を描かせていただきたいと思いますが、お時間大丈夫ですか?」


 青柳先生は首肯した。


「はい、大丈夫です。この生徒は私が車で家まで送り届けますので。な、朱雀」


 俺は積極的に賛成した。


「はい。こちらからも出来るだけ協力したいので」


 美空さんは笑顔を作った。


「では似顔絵の専門家を呼びますので、少々お待ちください」




 それから15分後、女の似顔絵が出来上がったところで聴取は終了した。絵はなかなかの出来栄えだ。捜索の足がかりとなるに違いない。


 美空さんが言いにくそうに痩身をもぞもぞ動かす。だが逡巡は数瞬だった。


「警察は現在、各種手段で情報収集に当たっていますが、まだこれといった決め手はありません。それだけに朱雀さんの目撃情報は一筋の光明と言えるでしょう。ともかく田辺さんは誘拐や殺人などの事件に巻き込まれたわけではなく、自由に動き回れて、同伴の女性の居宅で過ごしている可能性が高いことが判明したわけですから」


 青柳先生と同じ見解か。だがそこからは違った。


「ただ……」


 俺は心持ち前傾姿勢となった。


「ただ?」


 職員の男はわざとらしく嘆息した。


「そうなると、田辺さんのご両親の捜索願いは、『特異行方不明者』から『一般家出人』に格下げされることとなります」

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