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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
06慌ただしい年末年始
169/343

167年始の失踪事件01

   (五)『年始の失踪』事件




 また格別に冷たい風の吹く日曜日、俺は一人でゲームショップ探訪に出かけた。近くの知ってる店では軒並み売り切れとなっている人気ゲームソフト『スナッチノーツ』。それを手に入れるべく、スマホの地図案内を頼りに、遠くの販売店へ足を運ぼうと思ったのだ。


 電車を使って降り立ったのは、まだ生涯で1度来たか来ないかの辺ぴな駅。『足東あとう駅』だった。ポケットに手を突っ込みながら、新鮮な気分で階段を下りていく。休日にもかかわらず人出が少ないのは、単に駅利用客が少ないからか、それともみんな寒くて出不精になっているからか。


 俺はまばらな人混みの中、スマホの画面を確認した。マップと現実の景観とを比較しながら、目指す道を選び出す。歩きスマホは論外のマナーなので、なるべく前方視認を怠らないよう気をつけた。やがてアーケード街に入る。軒先にまで商品を並べているドラッグショップや、賑やかな騒音が店の外まで響いているパチンコ屋などを目印に、軽快に歩を進めていく。


 と、そこで見知った顔と出会った。嬉しくなって声をかける。


「田辺じゃん。何してんだ、こんなところで」


 渋山台高校1年1組、田辺明雄たなべ・あきお。中学時代に一緒のクラスで、よくテレビゲームの対戦プレイで頻繁に遊んだ仲間だった。


 髪は流行のミディアムで、襟足まで軽いパーマがかかっている。野生犬のような風貌とは裏腹に、その声音はまだ大人になり切れていない。喧嘩っ早く負けん気が強いが、友人を思う気持ちは人一倍で、何なら俺の喧嘩に加勢してくれたこともあったぐらいだ。打ち解けた相手には清々しい笑顔を見せる、俺の旧友だった。


 明雄は何か酷く狼狽していたが、俺の気さくな声に勇気付けられたように、正面切って対峙してきた。


「久しぶりだな。クラスが別々になってからは疎遠だったけど。……そういうお前こそ、こんな自宅から遠く離れた場所で何してるんだ?」


「俺は欲しいゲームを探してて、ちょっとな。田辺は?」


「俺もそんなところかな」


 同じテレビゲーム好きとして考えられないこともない。だがそのとき俺は、明雄の側に立ってこちらを見つめる、高校生らしき派手目な女に注意が向いていた。


「田辺、この人は?」


 明雄は口を引き結び、答えようとしない。微妙な沈黙は、女が明雄の袖を引っ張ることで破られた。


「行こう」


 明雄はそれに微苦笑で返す。


「分かったよ。……んじゃな、楼路。元気でな」


「え? あ、ああ……」


 明雄と女は、並んで商店街を去っていった。ゲームショップとは反対の方向だった。




 そんなことがあってから3日後。あの日、完売ぎりぎりで購入できた『スナッチノーツ』は、期待にたがわぬ面白さだった。俺は毎日徹夜で没頭し、おかげで今日、水曜日の朝もまた寝不足だった。


 純架は登校の際、あくびを繰り返す俺を見て呆れ返った。


「テレビゲームに費やす時間があるなら勉強すればいいのにね。だから学力が上がらないんだよ」


「同好会のビリに言われたかないわ」


「いや、僕は最近集中して勉学に励んでいるよ。文系が待ち構えているからね」


 おや、文系に進むと決めたのか。


「俺と一緒かよ」


 純架は失笑した。


「どうやら僕らの学力チキンレースは、新しいステージに上がるみたいだね」


 底辺だけどな。


 そんな他愛もない会話に興じながら、俺たちは駅の改札を潜った。




「おはよう、楼路君」


 奈緒が1年3組の教室に入ってきた俺を見て笑顔を咲かせた。可愛い……


「おう、おはよう、奈緒。それから英二と菅野さんも」


 英二は不機嫌に応じた。


「『それから』とは何だ、『それから』とは。ついでみたく言うな」


「ああ、悪りぃ。おはよう、英二。おはよう、菅野さん」


 結城は微笑して会釈した。


「おはようございます、朱雀さん、桐木さん」


 ストーブの周りには、ほのかな熱気で少しでも暖まろうと、男子メンバーが集まっている。俺もかじかんだ手を温めようと、その輪に加わった。


 岩井と長山――俺の親友だ――が、小声でささやくように聞いてきた。


「なあ朱雀、お前いつの間に飯田さんと仲良くなったんだ?」


 俺はストーブに手をかざしながら答える。


「去年告白したんだ。そしてその後の学園祭のとき、オーケーの返事をもらった」


「まじかよ……。1年3組女子のリーダー的存在が、お前みたいな顔面凶器を好きになったってのかよ?」


「誰が顔面凶器だ。失礼な」


 いつの間にか純架が近くにいた。


「おお、寒い寒い」


 震えながら両手をこすり合わせる。すぐ側で友達と雑談していた矢原宗雄やはら・むねおが、露骨に嫌そうな顔をする。過去に二度、純架に煮え湯を飲まされている矢原は、それで復讐心が萎えたのかすっかり大人しくなっていた。しかし敵愾心てきがいしんは衰えてはいないようで、


「おい桐木、あっちに行けよ。後から割り込んでくるな」


などと、純架を邪険に扱った。


 純架は動こうとしない。


「ごめん、僕は死んだお爺さんから遺言で『どんなときでもストーブの輪に割り込みなさい』と告げられたんだ」


 嘘つけ。


「そんなわけだから、矢原君、君の頼みは聞けないよ。ごめんね」


 矢原は馬鹿負けしたのか、金輪際関わり合いたくないとばかり、自分から離れていった。


 それを見ていたお祭り好きの久川浩介ひさかわ・こうすけが苦笑した。


「桐木、そういえばお前は好きな女子とかいるのか?」


「いないよ。告白してくる人も大勢いたけど、全部断っている」


 久川は純架の丸まった背中をどやしつけた。


「何だ、もててるじゃないか! それにしても誰でもいい、女と付き合ってみたらどうだ? 世界が変わるぞ」


 真夏の『廃校の恐怖』事件でクラスメイトの小枝さんをちゃっかり射止めた久川だ。その言葉には重みがあった。だが純架は特段感応しない。


「正直、女子との交際の楽しさなんて、謎解きの面白さに比べたら霧のようにかすんでしまうよ。高校3年間は『探偵同好会』の活動に没頭したいね、僕としてはね」


 そこでスピーカーが振動して予鈴の音を鳴り響かせた。俺たちは未練たらたらストーブから離れ、それぞれの席に着いた。しばらくして担任の宮古先生が入室してくる。日直の号令と共に全員起立、礼、着席と、毎度お馴染みの動作を繰り返した。


 宮古先生の顔は厳しかった。これは何かありそうだ。果たして、彼は言った。


「みんなに大事な話がある。実は1年1組の田辺明雄が、先週の水曜日から行方不明となっている」


 その重すぎる言葉に、教室は一気に騒然となった。でも一番驚いていたのは、その田辺と日曜日に遭遇した俺だっただろう。


 宮古先生が手を叩く。


「はいはい、喋るな、喋るな。……学校も家族も警察に連絡し、田辺の消息を判明させるべく全力で当たっている。そういう状況なので、彼の行方に関して何か知っている者は、後で職員室に来て先生方に報告してほしい。どんなささいな情報でもいい。頼んだぞ。……それじゃ、ホームルームだ」

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