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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
06慌ただしい年末年始
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163おみくじの地図事件03

 大男は肩で風を切るように歩いている。何となくチンピラ染みていて、あまり好きにはなれなかった。俺たちは彼に気づかれないよう一定の距離を保ちながら、猟犬のように足を飛ばした。やがて人がまばらになり、車が行き交う大通りに出た。


 そこで何と、大男はタクシーを捕まえた。純架は強い焦燥の炎にあぶられる。


「いかん、置いていかれる。僕らもタクシーだ!」


「金あるのかよ」


「お年玉があるんでね、その心配はない」


「俺は払わないからな」


「……承知したよ」


 手を挙げると、別の黒塗りタクシーが目の前で停車してドアを開けた。純架は俺の手首を引っ張って、強引に後部座席に乗り込む。そして刑事ドラマさながらに言った。


「運転手さん、前のタクシーを追いかけて。早く!」


 シートベルトをしながらドライバーを急かす。初老のおじさんは苦笑した。


「はいよ。なんだい、正月から忙しそうだね、君たち」


「ええ、多忙なんですよ。尾行していることを気づかれないようにしてください」


 こうして今度はカーチェイス――こっちの一方的な――が始まった。しかし俺や純架がハンドルを握るわけでもないので、まるっきり運転手任せだ。


 純架はくしゃくしゃの紙に描写された地図を丹念に吟味する。俺はふと思い付きを口にした。


「さては純架、その地図が違法薬物の売買に使われるとか考えてるんだろ?」


 純架はこちらを見上げた。


「え?」


「あの男は売買の片方で、『赤い印がついた、ロープ最下段左端のおみくじ』に地図を隠した。後でもう片方に、そのことを電話で伝えて地図を取らせ、指示された場所で売買を行なう――それがその紙の正体だ。そうだろう、違うか?」


 純架は思わず、といわんばかりに噴き出した。


「全然違うよ。それも少しは頭をかすめたけどね。電話番号を伝えているなら、わざわざそんな手間を取らずとも、電話で直にやり取りすればいいことじゃないか。こんな手間隙をかける必要はないんだよ。その線はないね」


 考えをあっさり否定され、俺は少しむっとした。


「じゃあ何だと思うんだ?」


 純架は持ち上げた拳に顎を載せた。


「分からない。考え中だよ。ただ、これはもっと大きな事件な気がする。とりあえず男の行く先を突き止めて、それからだよ」




 2台のタクシーは軽快に走った。やがて見知らぬ住宅街に入り、更に5分ほど疾駆する。しばらくして、先行の1台が停車した。


 純架が鋭く告げた。


「運転手さん、端に寄せて停めて!」


 言われたとおり、ドライバーは愛車を隠すように停止させてくれた。


 遠い先で、大男が車から降りる。運賃の精算を済ませたようだ。俺たちは、無意識的に呼吸を潜め――そんな必要はなかったのだが――様子をうかがった。


 大男はこちらに気づいた様子もなく、ある古ぼけたアパートの外階段に足をかけた。3階まで上り切ると、こちらから見て右端の部屋に入った。もちろん鍵を開けて、だ。


 純架は言った。


「しばらく待ってみよう。また出てくるかもしれない」


 だが1分、5分、10分と経過しても、男が再び姿を現す気配はない。俺は焦れた。


「おい純架、何も起きないぞ」


「どうやらここが大男の住所らしいね。それは分かった。今度はおみくじの地図の場所に行ってみよう。運転手さん、この場所までお願いします」


 ドライバーは手渡された紙切れを見て一瞬絶句した。ナビに設定して、やっぱりとばかりうなずく。


「ちょっと遠いよ、ここ。お金大丈夫?」


「大丈夫です。お金ならあります」


「一体ここに何があるんだ、純架。お前はどう思うんだ、この大男の正体」


 純架は優美なしぐさで顎をつまんだ。


「……恐らくは、誘拐犯」


 俺と運転手が同時に驚愕した。


「ええっ?」


 純架は嘘をついているわけではない。その真剣な瞳を見れば――


 純架は白目を剥いていた。


 こんなときに奇行はいらん。


「今思えば、おみくじはそのままにしておくべきだったかもしれない。もう遅いけどね」


「解説しろよ、解説。さっぱり分からんぞ」


 純架は背もたれに身を預け、空中を睨みすえた。


「大男は人質をさらってある場所に隠した。そして小さな紙切れに、そこの位置をボールペンで書き込んだ。そうして出来上がった地図を、買ったおみくじでくるんで、境内のロープに結びつけた。その後、人質の家族に身代金を電話で要求し、それを受け取ったかどうかはまだ分からないけど、その直後に告げる気なんだ。『六祥寺神社の五本ロープの最下段左端の赤いおみくじに、人質を隠した場所の地図が隠されている』とね」


 俺はまだ驚きの沼から這い出られない。


「おいおい、まじかよ! ……しかし、それこそ電話で直接告げた方が早くないか?」


「いや、口で説明するには、人質の隠された場所は複雑過ぎるんだ。大男は、人質の家族が警察に連絡していることは間違いない、と考えている。そこへ電話をかけたら逆探知されて、自分の居場所を教えてしまうことになるだろう。そこで地図の指定という形で通話の時間を圧縮し、逆探知の時間を出来る限り減らそうと考えたんだろう」


 俺は純架の推理を噛み砕き、咀嚼そしゃくして、何とか飲み込んだ。なるほどそうだろう、確かにつじつまは合う。だが……


「純架、憶測にもほどがあるぞ。もし単なるジョークやお遊びの類だったらどうするんだ? 仲間内の悪ふざけ、という可能性もあるじゃないか」


 純架は両手の指を組み合わせて、にこやかに笑った。


「そのときは僕が高いタクシー代金で散財するだけさ。せっかくのお年玉もパア、ってね」


 俺は改めて、『探偵同好会』は色々大変だなあと思った。


 純架が指パッチンの練習をしている。


 なぜ今?


「何にしても今の問題は、地図の場所に人質がいるかどうかだね」


 俺は何を今更と、笑おうとして失敗した。


「いるから向かってるんじゃないのか?」


「いや、まださっきの大男の部屋に囚われていて、これから連れて行かれるのかもしれない。可能性は30パーセントぐらいかな。まあでも白昼堂々それはないだろうし、恐らく既に連行された後と見るのが妥当だ。おみくじを結んでしまっていることを考えてもね」


 純架はこれ以上ないくらい真剣だ。ちょっと近寄りがたい雰囲気を感じる。


「想像を一段階進めると、男は『六祥寺神社』に徒歩でやってきた。帰りはタクシーだ。自分の車――誘拐に使った車――はレンタカーだったと推測できる」


 後は順番の問題だ、と純架は語った。


「まずレンタカーを借りる。人質――どんな人物かは知らないが――を刃物か何かで脅して車に乗せ、地図の場所の一軒家に閉じ込める。その後レンタカーを返し、人質の家に最初の脅迫電話をかける。そして地図を描き、おみくじに含ませてロープに縛り付ける。その後は身代金の受け渡しだ。それが成功に終わったら、人質の実家に電話をかけ、地図のありかを教えてすぐ切る。警察はおみくじの地図を手にして捜索、無事人質を取り戻す……」


「なるほど、絵に描いたような筋書きだな」


 純架は意地悪く俺を見た。


「でも楼路君のご指摘どおり、単なる中年ヤンキーの悪ふざけかもしれない。その線はまだ消せないよ。警察に連絡したいところだけど、その段階じゃないってところだね。だから……」


 運転手にはっぱをかけた。


「地図の場所、とにもかくにも行ってみよう。お願いします。出来る限りの全速力で!」


「あいよっ!」


 ドライバーもすっかり乗り気だった。

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