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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
06慌ただしい年末年始
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162おみくじの地図事件02

 俺たちの順番が来た。階段を上り切り、軽くお辞儀をする。お賽銭を――俺の場合は500円玉硬貨一枚だ――入れる。


 と、そのとき横に伸びた誰かの手が、福沢諭吉一枚を賽銭箱に投げ入れた。その手の主は――純架だ。俺はびっくりした。英二や結城ならともかく、純架が一万円札を放り込むなんて……


 彼は俺の呆けた顔を見て微笑んだ。


「『探偵同好会』は結構危険な活動だからね。神様に皆の安全も願わせてもらうつもりなんだよ」


 そう告げて綱を引き、鈴を鳴らす。二礼二拍一礼。最後に軽くお辞儀をして、純架は一足先に階段を下り始めた。俺も同様の行為をして、皆と一緒に後に続く。いやあ、たまげた。




 その後、俺たちはおみくじを買おうと意見の一致を見た。一枚200円の自販機は次々と硬貨が入れられ、その度に白いくじを吐き出していた。純架がにやりと笑う。


「これは勝負だよ。おみくじを引いて、最も運勢が悪かった人は罰として全員に甘酒をおごるんだ。いいね?」


 それは面白そうだ。俺たちはちゅうちょなく同意した。奈緒が張り切っている。


「負けるもんですか」


 張り切ってどうにかなるものでもないはずだが……。英二が嘲笑した。


「新年初っ端からただ酒とはいい気分だ。悪くない」


 俺は肩をすくめた。


「何、もう勝った気でいるんだか」


 俺たちはおみくじの行列に並び、今度は程なくして購入できた。全員が白い紙を手にすると、やや離れた場所に集まる。純架の合図で一斉に開いた。


 その結果は……


 純架、凶。


 楼路、凶。


 英二、大吉。


 奈緒、末吉。


 日向、中吉。


 結城、大吉。


 純架は天を仰いだ。


「何だ、僕と楼路君でおごりか。何てこったい」


 俺は今手元に鏡があったら、多分自分の顔は青白くなっているだろうと思った。


「新年早々縁起悪いな……」


 奈緒はほっと安堵の息を吐いた。冷たい風が一瞬かすめる。


「まあいっか、あんまり嬉しくないけど、凶じゃないし」


 英二は得意満面で純架と俺を見下した。


「ははは、勝負は俺の勝ちだな、純架、楼路。今年もいいことありそうだ」


 すると去年は「いいことがあった」一年となる。『探偵同好会』に入会して、居心地は悪くなかったんだろう……と、勝手に推測してみた。


 日向は中吉。まずまずいい運勢だ。


「惜しかったですね。あと一歩で大吉だったのに……。でも、私らしいです」


 結城はその艶やかな頬を朱に染めている。単に寒いから、ではなさそうだ。


「ちょ、ちょっと嬉しい……。大吉もですが、英二様と同じくじ運でしたので……」


 英二が拳を固めて結城に差し出した。結城は微笑んで、自分の拳を突き合わせる。


 純架は俺の肩を叩いた。


「楼路君、悪いおみくじは木に結んで境内に残していこう。持ち帰ったら大変だからね」


「そうだな。何年か前に凶を引いたときも、俺はそうしたしな。あっちの人だかりかな?」


 純架は『探偵同好会』メンバーに手刀を切った。


「君たち、ちょっと待っていてくれたまえ。すぐ戻るから」


 英二はご機嫌なまま寛容を示した。


「おう、行ってこい」


 奈緒が俺に笑顔で手を振った。


「甘酒楽しみにしてるから」


 俺と純架が人の塊に分け入ると、そこにおみくじの木はなく、代わりにロープが横に5本渡されていた。俺は少し拍子抜けした。


「何だ、今年はロープか。去年までは木だったんだがな」


「僕はこっちに越してきて始めての初詣だけど……そうなんだ、木はやめたのか。まあ生育に悪いからね。参拝客も増加したんだろう」


 ロープには多数の白いおみくじがびっしり絡み付いている。今もなお結ぼうとする人が引きも切らず現れて、大変ごった返していた。


 純架が俺に注意する。


「ともあれ、神様とのご縁を結び、運を転じるんだ。楼路君、利き手とは反対の手で結ぶんだよ。縦結びにもならないよう気をつけてね」


「分かってるよ」


 俺は既にロープにあったおみくじを左右に押してどかし、空いた小さな隙間におみくじを絡ませた。純架も同じ事をしている。


――と、思いきや。


「ん……?」


 純架の目が鷹のように鋭くなる。俺は何となくはばかられて、彼に小声でささやいた。


「どうした、純架」


「あの男、わざわざロープ最下段の左端におみくじを結んでいる。でかい体を丸く屈めて……」


 俺はその男を観察した。まだ若く、30歳より下に見える。茶髪で鼻にピアスを通し、肌は浅黒く、マッチョな体つきが厚着の上からでもそれと知れた。


 男が立ち上がる。純架が低音量で俺に耳打ちした。


「ヘビー級のプロレスラーみたいな体つきだ。190センチはあるぞ。喧嘩したら二人でも勝てそうにないね。おや、黒い手袋をしてる」


「それは寒いからだろ」


 大男は俺たちの視線に気づかず、ファーが大目の革ジャンにジーンズという姿で立ち去っていく。頭一つ群衆から抜きん出ていて、それがこちらを振り返ることはなかった。


 純架が素早く移動し、大男が結んだばかりのおみくじをほどき始めた。俺は親友のこれこそ奇行に面食らい、その頭を軽くはたいた。


「馬鹿、何やってんだ純架。あの人に悪いだろ。それに神様から罰が当たるぞ」


 しかし純架はやめない。よくよく見てみれば、そのおみくじには赤い染みが付着していた。


「なんだ、この赤色は」


「どうやらマジックみたいだね。変じゃないかい? おみくじ売り場からここまで僅かな距離なのに、何で赤いマジックで印を付けたんだろう? それにあの人の身長なら最上段かその一つ下のロープに結ぶのが自然なのに、なんでわざわざ最下段左端なんて場所を選んだんだろう? 窮屈な体勢で苦労するだけなのに……。何か目的があるんじゃないか?」


 おみくじが外れた。開いてみれば果たして、そこから別の紙片が零れ落ちた。純架が慌てて拾い上げる。広げてみると、そこには……


「地図?」


 俺の問いかけに、純架は無言でうなずく。おみくじの内部に、住所と森の中の一軒家を描いた手書きの地図が挟まっていたのだ。しかも、ボールペン書きで。


 純架は素早く尋ねてきた。


「楼路君、大男は?」


 俺は爪先立ちで彼の頭部を捜した。そして、それはすぐ見つかった。


「背が高いからまだ分かる。今階段に向かっているところだ」


「追いかけよう!」


 大男は人混みの中を、関心を失った人のように、振り返ることなく歩いていく。俺と純架は彼に気づかれないよう、しかし早歩きの速度で慎重に後をつけていった。


 俺はまだ心臓に罪悪感がこびりついている。


「おい、ちょっと変だからって、こんな尾行みたいな真似はおかしくないか? 同好会の4人もほったらかしだし……」


 純架はこちらを見ずに、冷めたように答えた。


「嫌なら君だけでも帰りたまえ」


「おい、そんな言い方はないだろ。はいはい付き合うよ、付き合えばいいんだろ」

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