161おみくじの地図事件01
(四)『おみくじの地図』事件
ひと悶着あった大晦日も無事日付が変わり、それと共に新しい年がやってきた。俺は自宅の部屋に戻ると、疲労と満腹を根源として襲来してきた睡魔に、ろくに抵抗もせず白旗を揚げた。ベッドのシーツに潜り込み、夢の世界への旅路を満喫する。
どれぐらい寝ていただろうか。誰かがドアをノックする音で目が覚めた。寝ぼけまなこを擦りながら出てみると、お袋が厚着の純架を伴って突っ立っていた。
「あれ、純架、何か用か?」
純架は口をパクパクさせる。その喉から声はせり上がってこない。
「ん、どうした? 具合でも悪いのか?」
やがて純架は説明した。
「権利の都合上音声を消去しております」
インターネットテレビじゃねえよ。
「忘れたのかい? 今日、元旦は、『探偵同好会』全員で初詣の約束じゃないか」
俺は記憶巣を刺激され、すっかり抜け落ちていた情報を回復した。
「ああ、そういえばそうだった。悪りぃ、今すぐ支度する」
しかしお袋がついてきたのは純架を案内するためだけではなかった。
「ほら、楼路。お年玉」
のし袋を差し出してくる。俺は感謝の念を表明した。
「ああ、ありがとう、お袋。いただきます」
母子家庭ということで中身の金額は気にしていない。それよりもこうした配慮が何より嬉しかった。
「大事に使いなさいよ」
「ああ、分かってるさ。本当にありがとう」
純架は俺に手を差し出した。俺がいぶかしんで佇立していると、彼はいらつきを露わにした。
「僕にくれるんじゃないのかい?」
何でだよ。
十分後、俺と純架は渋山台駅へ向かって歩き出した。今日の気温は例年より5度も低く、吐く息は白くて今にも凍りつきそうだった。防寒対策に余念がない人々の群れを抜け、電車に乗り込む。俺たち同様初詣に行くのであろう家族連れやカップルに混じり、車内で揺られること20分。ようやく『六祥寺山』駅に到着した。ここが県内最大の神社がある六祥寺山だ。
奈緒たちとスマホで連絡を取って、待ち合わせ場所をどうにか探し出す。それほど手間を取ることもなく、行き交う人混みの中、彼女らの姿を発見した。そうして俺はびっくりした。奈緒が舌を出す。
「楼路君、どう?」
奈緒は赤地に各種花々の凝らされた、日向は紺に白帯の、それぞれ見事な振袖を着込んでいたのだ。俺はその華々しい装いに、しばし感動で動けなかった。
「見とれたよ。本当に綺麗だ、二人とも」
奈緒が袖口をつまんで一回転する。
「いいでしょう」
日向がやっぱり用意しているデジタルカメラで、奈緒を激写した。
「麗しいですよ、飯田さん」
純架は英二の傍らに寄り添うように立っている結城に視線を投げる。
「菅野さんはスーツなんだね、普段どおり」
結城は微笑した。
「英二様専属メイドとして護衛も兼ねておりますので」
女子たちに紛れる形の英二は、羽織袴の正装だった。あまり暖かくない格好なのか、やや震えている。しかし態度は毅然としていた。
「よし、さっさとお参りに行くぞ、お前ら。ここでもたもたしていても仕方ないからな」
歩くことで体温を上げ、寒気に対抗しようというつもりらしい。もちろん正論だったので、誰からも否やはなかった。主街道の人波に加わって、拝殿を目指して足を運んでいく。
六祥寺神社は、その建立より二百年の歳月を経ている由緒正しい場所だ。階段、坂、また階段、坂……登坂を繰り返していると、ようやくその雄大な建物が視界に入ってきた。人また人で、広い境内が黒く埋め尽くされている。
純架が額に手をかざしながら目をすがめた。
「まずはお祈りだね」
俺は遠くの本殿までの距離にうんざりした。
「結構並んでるな。やっぱり元旦は混むな」
日向が俺たちをうながした。
「私たちも加わりましょう」
各自手を洗うと、鈴と賽銭箱に続く行列の最後尾に張り付いた。亀のような遅さながら、少しずつ着々と前進する。純架が手持ち無沙汰に問いを放ってきた。
「そういえば皆、新年の誓いとして何かあるかね? 良かったら教えてくれないか。暇潰しにね」
俺は首を捻り、神様に何をお願いするか考えた。だが、出した結論は……
「俺はまあ特にないな。平々凡々、痛い思いをせず、毎日を過ごせればいい。強いて言うなら、いい加減ゲーム機のニンテンドースイッチが欲しいぐらいだ。どこ行っても品切れだったけど、最近は店頭でちらほら見かけるようになったし、後は金を溜めるだけだな」
お袋からのお年玉は財布の中にしまってある。もちろんこれだけでは足りないだろう。毎月の小遣いを節約するしかない。
奈緒が落胆したようだ。
「ちょっと、楼路君は私と付き合ってるんだから、もっとデートしたいとか、プレゼントし合ったりしたいとか、欲を出してもいいんじゃない?」
一転、笑顔になる。
「まあそういう辺りがいいんだけどね。私は楼路君ともっと日常を楽しむのが今年の目標かな。今でも十分幸せだけど、もっともっと、ね」
日向は晴天を撮影し、微妙な陰影の雲をデジタルデータ化した。
「私は勉強、『新聞部』、『探偵同好会』と、全部貪欲にこなしていきたいです。それが将来に繋がると信じていますし」
純架が心からの賞賛を表した。
「いい心がけだよ、辰野さん」
俺は二人を眺めた。純架と日向、カップルになりそうでならない二人である。純架の奇行癖といい謎解きを愛する探偵気概といい、およそ恋愛には向いていない。日向も『自販機のお釣り』事件において、まだ自分で自分の心が分かっていない風だった。今年、彼らの仲に進展はあるのだろうか?
英二が気を張って寒さに抗している。せっかく暖めた体がまた冷えてきたらしかった。
「俺はとにかく身長だ、身長。最近はちょっと伸びつつあるし、今後も牛乳とカルシウムを摂取して、ともかく同好会一の長身になってやる」
確かに英二の背丈は急速に高くなりつつある。同好会一ののっぽは俺だが、案外抜かれてしまうかもしれない。結城が純架に話を振られる。
「私は一高校生、一メイドとしての職務を怠慢なく遂行できれば満足です」
彼女は寒さに震えている英二に、自分の上着を差し出したりはしない。ご主人様のプライドの高さに配慮しているからだろう。実際、上着を寄越されても英二は断るだろうと俺も思う。
時間の経つのはお喋りをしていると早くなるらしく、いつの間にか俺たちは拝殿の至近にいた。
「純架、お前の望みは何だ? ……だいたい予想つくけど……」
「なら当ててみたまえ」
「どうせあと4人の新入会員を獲得して、『探偵同好会』を『探偵部』に格上げしたい、ってところだろう」
純架は目を白黒させ、平手で口を隠した。
「正解だ! 楼路君、君はエスパーかね?」
いや、無趣味な純架の願望といったらそれぐらいのものだろう。
果たして残り4名も、変人・純架についてこられる逸材はいるのだろうか。もう3学期、ことここに及んで、新しい人物が入会してくるとは思えない。やはり、4月に進級しての新入生勧誘合戦。これを勝ち抜いて、どうにか4人引き入れるしかないだろう。だいたい今6人いることだって奇跡みたいなもんだ。




