160大晦日の忘年会事件05
「愛君とのやり取りを続けていくことで、斉藤君はまんまとこの桐木家忘年会に潜り込むことに成功した。そして神に等しい桐木純架を目の当たりにし、ますます虜となった。会が進むうち、愛情はますます深まっていく。気づけば、このまま爪跡を残さず帰ることに我慢ならなくなっていた……」
純架は塾の講師の黒マジックよろしく、箸を前後に振った。俺たちは楽団のように、その手振りをタクトがごとく見つめる。
「そうして斉藤君、君は僕の記憶に君自身を強く印象付けるために、腕時計の盗難という一芝居を演じたんだ。最後は隠したトイレから回収して、よく探したら持ってましたという具合にお茶濁しするつもりでね。僕はよく自分の美貌を忘れるから、光井さんに指摘されるまでこの真実になかなか気づけなかったよ。以上がこの事件の全貌さ。どうだい斉藤君、認めるかい?」
大輔は紙のように白い唇をどうにか動かした。紡ぎ出された声は震え、心もとない。
「……ええ、その通りです。私は桐木君を利用し、純架さん、あなたに近づいた」
純架の手の上に自分の手を重ねる。
「今年のことは今年のうちに、と言います。はっきり申し上げますが、私はゲイです。そして純架さん、私はあなたが好きです。大好きです!」
愛が卒倒寸前だったが、俺以外気にするものはいない。大輔はすがるような目で自分の偶像を凝視した。
「純架さん、どうかお返事をください。率直に、どうか……」
純架は哀れむように大輔を見つめた。そして、自分の手に覆いかぶさる彼の手を、やんわりとどかして押し返した。
「斉藤君、残念だけど、僕はノーマルだよ。男を好きになったりはしない。君の気持ちには応えられないよ」
気を使った、しかし決して這い上がれない崖下へ突き落とすような、そんな回答だった。
大輔は固く目をつぶった。その目尻から透明な水滴が溢れ、頬に伝っていく。
「色々と、すみませんでした……」
「いいさ」
静まり返る室内で、大輔の嗚咽が響き渡る。そこに被せてきたのは愛の嘆きだった。
「ちっとも良くないわよ! 大輔君、小生のこと好きでも何でもなかったの?」
大輔はしゃくり上げながら返した。
「ごめん、桐木君……」
愛は怒髪天を衝く勢いだ。
「泣きたいのはこっちよ! 楼路さんといい大輔君といい、なんで小生の好きになった人は別の誰かが好きなのよ!」
そして、そのままわんわんと泣き出した。年少者である中学2年生の男女は共に号泣し、とても手がつけられない。大人たちはうろたえ、彼らをなだめすかすことに全力を傾け始めた。
それをよそに、純架は再びラーメンを食べ始めた。俺はペットボトルのコーラをコップに注ぎながら耳打ちする。
「おい、お前は慰めないのかよ」
純架は麺を噛み切る。
「余計な言葉は必要ないさ。これも成長するための糧って奴だよ。そして今の僕には即物的な糧が必要ってわけさ。さあ、紅白でも観ながら今年を送ろうじゃないか」




