159大晦日の忘年会事件04
純架の指示で犬が大輔の手首を嗅ぐ。やがてシェパードは、大輔の上着の前まで行って座り込んだ。
「ああ、違うよジャッキー。斉藤君、上着を着て。やり直しだ」
純架と大輔が再び同じ事をすると、犬は今度はあちこちを嗅ぎまわりながら、やがてドアを引っかいた。
「ここから出たいんだね」
ドアを開けると、動物はトイレへ一目散に走っていった。俺たちは興味津々で後をつけていく。そして犬はまたドアを引っかいた。
「トイレの中か」
中に入ると、シェパードは洋式便器の裏側へ首を突っ込み、そこで座り込んだ。
「見つけたようだね」
純架が犬を下がらせて代わりに調べる。
「あった! あったよ、トランプ大統領!」
俺は朱雀楼路だ。
純架は歓喜の声を上げると、大輔の腕時計――G-SHOCKのGスチールをこちらに掲げて見せた。
「よくやったジャッキー。どうやら犯人は、腕時計を盗んだ後ここに隠したようだね。なるほど、便器の裏側ならなかなか目に付かない上、回収も簡単だ。ほとぼりが冷めてから取り戻す算段だったんだろう」
純架は大輔に宝物を渡した。
「斉藤君、戻ってきたよ。君の腕時計が」
大輔は感激して握手を求めた。
「あ、ありがとうございます! 純架さん、本当に感謝します!」
純架はシェパード犬を返しに、また光井邸目指して外へ出て行った。ようやく紅白歌合戦の歌が耳に届いてきた感じだ。しかし……
「腕時計が戻ってきたのはいいとして、一体誰が犯人だったんだ?」
愛が大輔の肩に頭を寄せながら、少しぶうたれる。
「お兄ちゃん、まだ小生たちを疑ってるのかな」
「まあ今更いいか。しこりは残るけど、騒動はひと段落したんだし」
将太さんが意を同じくしたのか、首を縦に振ってガスコンロの火をともした。
「そうそう、もういいんだ、誰が犯人かなんて。こうして無事に宝を取り戻したんだ。さあ、凍えて帰ってくる純架のためにも、締めのラーメンを茹でておこうじゃないか」
こうして忘年会は再開した。純架のお袋さんが注いだ酒を、上手そうに飲む大人たち。ようやく一場に笑顔が戻り、皆は再び歓談で盛り上がった。
「またお互い隣同士、来年も楽しくやりましょう」
純架の親父さんが俺のお袋と豪快に笑い合った。完全に酩酊している。
と、そこへ純架が帰ってきた。外套を脱ぎつつ、「僕の分は残っているよね?」と炬燵に膝を進める。俺の母、美津子が手招きしながら哄笑した。
「純架君、早くしないと年越しラーメンなくなっちゃうわよ」
俺はもう自分の取り皿に取った分を食べつくして、後ろ手をついて腹を撫でた。
「俺はもう腹いっぱいだわ」
愛が呆れたように笑う。
「楼路さん、食い過ぎ」
大輔がおたまじゃくしで純架の取り皿に麺を載せる。スープも注いだ。
「純架さん、さあ早く早く」
純架はしかし、厳として言い放った。
「その前になぜこんな真似をしたのか説明してもらえるかね。犯人の、斉藤大輔君」
部屋に沈黙の豪雪が雪崩れ込む。誰もが身動きできず、呼吸さえ苦しそうだった。呆気に取られる皆の前で、大輔は信じがたい言葉を耳にしたとでもいわんばかりに、乾いた笑いを浮かべて純架を見つめた。
「はい?」
「分からないかね。君が自分のG-SHOCKをトイレの裏側に隠したことの説明だよ」
今度は全員の驚愕の叫びで、部屋全体が振動した。俺は純架の台詞が信じられなくて聞き返す。
「おい純架! お前、まじで言ってるのかよ? 斉藤が犯人だなんて……」
純架は彫像のように固まったままの大輔から、おたまを取り上げて鍋の中に突き刺した。
「別に、僕は最初から七割がたそうだと思ってたよ」
彼の講釈が始まった。
「だってね、考えてもみたまえ。腕時計を外したのはいいとして、それをどこへしまったかなんて、当人以外普通は分からないじゃないか。斉藤君は脱いだ上着の内ポケットに入れたと証言したけど、それを裏付ける証拠はどこにもない。消えた腕時計の行方を知る犯人は、彼本人だと考えるのが自然というわけさ」
鍋がぐつぐつ煮えている。残り少ないラーメンが泡まみれで揺れ動いていた。
「でも、あるいは誰かが、斉藤君が腕時計をしまう現場を目撃していたかもしれない。そして宝物を盗み、トイレに隠したかもしれない。だから断定はできなかったんだ」
俺は自分のコップに手を伸ばしたが、コーラは既に飲み干しており、ただその名残が底にへばりついているだけだった。
「じゃあ俺たちにお互いを疑うよう仕向けたのは……」
「斉藤君への監視が目的だったんだ。彼が妙な真似――たとえば腕時計の回収とか――をやらかさないよう、皆で観察してもらおうと思ってね」
大輔がようやく茫然自失から立ち直った。激怒しているように見える。
「純架さん、あんまりです。だいたい僕が自作自演で盗まれたふりをして、一体何の得があるっていうんです? 例えば仮にそうだったとして、動機は? 動機を教えてください」
純架は我慢し切れなかったのか、目の前のラーメンを箸ですすった。
「うん、これはいける」
憤怒に顔を歪ませている大輔に気が引けたのか、純架は続きを語った。
「動機は確かに難しかった。あるいはクリスマスパーティーの飯田さんのように、斉藤君が僕に『謎解き』をプレゼントしてくれたのかもしれない。でも彼は、僕が渋山台高校で『探偵同好会』として活動していることを知らなかった。だからこの線はないと考えるのが道理というものさ」
12個の目が自分の面上に固定されていることにも、純架が怯むことはなかった。
「ではなぜ、斉藤君は腕時計を隠し、それを『盗まれた』などと騒ぎ立てたのだろう? 色々考えたが――少し自惚れかもしれないけど――、合点のいく答えがあった。光井さんに相談してようやく確信を持てたんだけどね」
俺は焦れて急かした。
「何だよ純架、早く言えよ」
純架はコーラで喉を湿してから、衝撃的な一言を発した。
「それは、斉藤君が僕を好きだってことさ。男性同士、恋愛感情を持ってね。つまり、斉藤君はゲイだ」
その場に居合わせた全員に驚愕の雷撃が降り注ぐ。最初に動いたのは、性癖を暴露された大輔だった。
「ちょ、ちょっと純架さん! なぜ今日会ったばかりの私が、純架さんにいきなり恋愛感情を持つというんですか? それに僕はれっきとしたノーマルですよ」
純架は動じない。
「おやおや、君は自分で言っていたじゃないか。僕の写真を愛君のスマホで見たと」
大輔は開いた口を緩やかに閉じた。二の句が継げないらしい。純架は言葉を繋げた。
「斉藤君、君は僕の写真を見て僕のことが好きになった。男同士だけどね。ま、それは別にいい。ともかく君は何とかして、憧れの桐木純架に近づきたいと思うようになった。だから手始めに、その妹である愛君と交際を開始した。もちろん愛君に対しては何の興味もない。でも君は根が真面目だから、最終的に愛君を傷つけないようにと、まずは友達からと言い張って今夜まで画策してきた」
愛が度肝を抜かれている。
「ええっ? ちょっと、それ本当?」




