155七番目のプレゼント事件04
英二が馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そんな前振りしたら、『レシートは捨ててしまった』と言い訳されるだろ、犯人に」
「いや、『プレゼントは1000円以内』という規定があるから、レシートは証明のために残しておくのが普通さ。捨てたというならいかにも怪しい」
しかし――俺はUFOキャッチャーの景品だからレシートはなくて当然として――、全員がレシートを差し出した。純架は一つ一つ確認したが、どうやら犯人は間抜けではなかったらしい。
「ううん、空振りか。さすがにそこまで都合よくはいかないか。じゃ、蓋然性だけで犯人を当てるとしよう。コーヒーが冷めてしまうから、飲みながら話そうか」
俺たちは円形のテーブルに戻った。もう食器もボウルも片付けられて、祭りの後のようだった。メイドさんがかぐわしい香気をたゆたわせるコーヒーをそれぞれに淹れてくれた。
純架はまずそれで喉を湿らせると、全員の顔を見渡し、両手を組んで語り始めた。
「犯人は女であることをアピールしている。男が受け取るかもしれないプレゼントに、桜の髪留めを持ってくることがその証左だ。ただ、僕らの目をくらますために敢えてそうしたのかもしれない。男が女の好きそうなものを、わざと買ってきたという可能性は捨てきれない。だがこれは微小と考えられる。というのも、僕でないのはもちろん、楼路君や英二君がヘアピンを買って僕らを欺こうだなんて、およそ信じられることじゃない。そんな乳臭いこと、僕ら『探偵同好会』男子メンバーの発想ではないからだ」
俺も英二も点頭した。純架は親指をとんとんと動かす。
「それに楼路君はUFOキャッチャーでプレゼントを取るのに、1000円以上――1600円も使ったというじゃないか。その彼が律儀に女性物の小道具を売る店で、1000円の髪留めを追加で買うとはどうしても推論できないよ。それはいかにも彼らしくない」
純架は英二を見た。
「英二君の方も白と見ていい。ヘアピンをメイドに命じて買いに行かせることは無論出来よう。だが君は先ほどこの屋敷のメイドを疑って怒鳴り散らした。演技ではない、本気だと分かる迫力でね。もし犯人が英二君だったら、あれは後でしこりが残る。そんなことを三宮財閥の跡継ぎである君がするわけがない」
英二は当然だ、とばかりに胸を張る。純架の深いまなざしが、奈緒、日向、結城の順に投じられた。
「というわけで、犯人は女子メンバー3人に絞られる。問題はプレゼントのセンスだ。桜の髪留めはなかなか洒落ている。1000円でよく選んできたって感じだ。買い慣れているといってもいい。それは男の僕でも分かる。誰かへのプレゼントとして――受け取る側が女性だという前提だけども――これはいいセンスだ。そして残念ながら、辰野さんにはこんな芸当はできない。これは彼女の個性からいっても仕方ないことだ」
日向は複雑な顔になった。そりゃそうだ、あまりいいことは言われていないのだから。
純架は気付かぬ振りをして続ける。
「で、残るは飯田さんと菅野さんとなる。しかし英二君専属のメイドである菅野さんが、ご主人様の意向を無視して勝手な真似をするわけがない。これは彼女の属性、役職の次元の話だ。英二君がメイドを難詰した件からしても、そうだと確信できる」
俺たちの視線は吸い込まれるように、一人の人物の姿に集中した。彼女は目を閉じ――ゆっくりとまた開いた。
純架がコーヒーを一口すする。
「よって、桜の髪留めの贈り主は、飯田奈緒さん、君だと推定される。プレゼント交換会の言いだしっぺも君だしね。違うかい?」
奈緒は嘲笑し、挑発的に答えた。
「全て憶測、推測の域を出ないんだけど。……他に根拠はないの?」
今度は純架に目線が収束される。彼は人差し指を立て、自信ありげに応じた。
「……実はもう一つ根拠がある。それは、飯田さんがプレゼントしたかったのは実は『謎解き』で、相手は言うまでもなく僕、桐木純架だったんじゃないか、ということだ。僕の謎解きを求める心を、飯田さんは『探偵同好会』会員として知悉している。クリスマスの最高のプレゼントとして、日頃活躍している――自分で言うのもなんだけど――会長の僕に対し、労をねぎらって謎解きを提供してくれたんだ。それならこんな面倒をしたことの、十分な動機になる。どうだい?」
奈緒はしばらく押し黙ってから――両手を挙げて降参した。
「……お見事ね、桐木君。その通りよ、感服だわ。そう、私が七番目のプレゼント――桜の髪留めの贈呈者よ。これが証拠のレシート」
奈緒はそう言って、財布からさっきとは別の紙を取り出した。回り回って純架に辿り着く。横から覗き込むと、そこには確かに980円の髪留めの購入記録が印字されていた。
純架はうやうやしく一礼した。
「認めてくれてありがとう。イレギュラーも1000円以内におさめる辺り、飯田さんらしいね。謎解きを楽しむにもマナーがある。提供する者される者、双方が協力して最高の結果を目指すのが大切なんだ。以上がこの事件の全貌だよ、皆」
その後、パーティーは奈緒への文句を言い合う大会と化した。もちろん本気で罵倒したわけではない。むしろ純架相手によくやったと、賞賛する意味合いが多分に含まれていた。コーヒーもお代わりを飲み終わると、会はお開きとなって、それぞれ部屋から退出していった。純架はやはり英二の屋敷に泊まるらしく、客室に案内されていった。
そうそう、桜の髪留めは日向が欲しがったので、彼女のものとなった。これを眺めて勉強するのだと息巻いていた。純架に言われたことが多少なりとも影響しているようだった。
帰り道、俺と奈緒は駅まで送迎の車で送ってもらった。ホームで電車を待ち、乗り込み、揺られていく間も、会話は弾んで楽しいひと時となった。
「それにしても、ようやく奈緒と二人きりになれたな」
「何考えてるの、楼路君。いやらしいこと?」
俺は耳朶の熱さを自覚し、放熱するように首を振った。
「おいおい。……それにしても、純架にだけ謎解きをプレゼントして、俺には何もなしって酷くないか?」
奈緒はとぼけたように指摘した。
「あら、くじ引きで『ビックリさん』チョコ11個が当たったじゃない」
「こんなパチモンお菓子いるか! しかも純架の奴!」
「ふふ、面白いね、楼路君は」
今夜の主役はお腹を抱えて笑った。
「私は今日はいいこと尽くめだったなあ。美味しい料理に楼路君のプレゼント、期待通りの桐木君の推理……。楽しかった」
目尻を拭いながら窓外を眺める。アナウンスが彼女の降車駅を告げた。
「じゃ、私、ここだから」
まあ、何だかんだで彼女が喜んでくれたならいいか。
「ああ。じゃあまた年明けな。メリークリスマス」
奈緒が不意に俺の肩を掴んだ。背伸びする。
「うん、メリークリスマス」
そして、次の瞬間。
俺の頬に、彼女の唇が触れたのだ。
「奈緒……!」
血液が沸騰して何も考えられない。ホームに降りた奈緒は、こちらへ輝くような笑顔を閃かせた。
「じゃあね、楼路君!」




