153七番目のプレゼント事件02
純架が吊り革で懸垂を始めた。トレーニングのつもりらしい。
恥ずかしいからやめろ。
「お腹空いてそうだね、楼路君」
「まあな」
「結構結構、いい心がけだよ。食事を楽しむにもマナーがある。提供する者される者、双方が協力して最高の結果を目指すのが大切なんだ。実は僕も昼ご飯は食べてない」
電車を降りてロータリーに出ると、豪華なリムジンが乗り付けていて、英二の送迎の車とすぐ知れた。ドアが開き、中から黒服の男が降りて来る。
「桐木純架様、朱雀楼路様でいらっしゃいますね。三宮財閥、英二様の召し使いのものです。本日はようこそお越しくださいました。お風邪を召します、ご乗車ください」
「ありがとうございます」
俺たちは広い空間、柔らかな椅子に身を落ち着けた。ドアがひとりでに閉まり、車が発進する。俺は純架の紙袋を見た。さっきからやたらガサガサと音がする。何を買ったんだろう?
俺は自分のすかすかの袋を抱きかかえた。中身はゲームセンターのUFOキャッチャーで獲得した黒猫のぬいぐるみだった。実はこれを手に入れるのに1600円もかかってしまったのだが、まあよしとしよう。
午後5時前、英二の屋敷に到着した。広大な敷地に建てられた現代風の洋館は3階建てで、車20台は収まるスペースの駐車場、自家用プール、ハーブと常緑樹が繁茂する開放的な庭園など、どれも度肝を抜く付属物があった。
俺と純架が感心と呆れを伴侶に招き入れられた1階食堂は、大企業の会議室より広かった。メイド服姿の女性たちが一斉にこうべを垂れ、客人を篤く遇する。円形のテーブルには純白のテーブルクロスがかけられ、その上にキャンドルとパン、果物、ボウルなどが据えられていた。
そして、白い背広に身を固めた御曹司――英二が、椅子から立ち上がって出迎えた。
「時間通りだな」
奈緒が既に到着していた。ちょっとおめかししている。
「待ってたわ、楼路君、桐木君」
結城は相変わらず紺のスーツ姿だ。
「ようこそおいでくださいました」
純架は手提げ袋を英二に掲げて見せた。
「プレゼントはどこに置けばいいかね?」
「そっちの台だ。落ちないようにしろよ」
英二が指し示したのは赤い布を被せられた奥行きのある台座だった。既に同様の紙袋が並んでいた。俺も純架も、言われたとおりにそれらの側に袋を載せる。
日向は電車が遅れたらしく、5時を10分ほど回ってやってきた。プレゼントをセットし、着席する。
こうして全員が揃ったところで、主催者の英二が声高らかに開会を宣言した。
「では始めよう。『探偵同好会』6名の厚誼を聖夜に祝福し、これからのますますの発展を祝して――乾杯!」
「乾杯!」
シャンパン代わりのサイダーをワイングラスで飲み、俺はお行儀よく食事が来るのを待った。
純架が英二に向かって叫んだ。
「ダンカン! ダンカンこの野郎!」
ビートたけしの物真似だったが、一体この男は何回この無駄すぎる行為を繰り返したら、その気が済むのだろう?
「それにしても色々あったね。真夏には海で溺れかけたし、ボウガンや拳銃で命を狙われたりした。そうかと思えばどうでもいい自販機のお釣りを巡る悶着もあったし、煙草の吸い殻で喫煙を疑われたりした」
確かに色々あり過ぎた。俺は『探偵同好会』が結成される前、純架に対してこう言った――「お前、フィクションとリアルをごっちゃにしてないか? 起きねえんだよ、事件なんて。学校で起きることなんて、せいぜい小競り合い程度の揉め事ぐらいだ。アニメやドラマじゃないんだ。探偵なんてやるだけ無駄なんだよ」――
だが実際はどうだろう。波乱万丈、夢でも見ているのではないかと思うほど、謎解きと冒険の渦に翻弄されたではないか。
奈緒が何かを思い出したらしく苦笑した。
「私も最初は脅されて入会したのよね」
そうだった。1年3組担任宮古博先生への恋慕に端を発し、奈緒は彼の使ったチョークを家に持ち帰って、それを純架に見破られた。そして、「ばらされたくなかったら『探偵同好会』に入会して」という純架の脅迫で無理矢理仲間となったのだ。
よく考えたら滅茶苦茶な話である。その後奈緒は奈緒なりに同好会への愛着を深めたようだが、いつ抜けてもおかしくなかった――
いや、抜けようとしたんだっけ。あれは『同好会脱退』事件だったか。俺が奈緒に告白するきっかけとなった一騒動だ。
英二が感慨深げに傾けていたグラスをテーブルに戻した。
「『生徒連続突き落とし』事件で純架との勝負に負けて、俺は結城ともども『探偵同好会』に入ったんだっけな。あの悔しさを忘れたことはない」
純架はとぼけた。
「あれ、そうなの?」
「純架の暗号文を解いた一件で少し鬱憤は晴らせたが、まだまだ足りない。いつかまた勝負してやるからな」
純架はふんふんと感心したようにうなずいた。
「それはまた、新しいポエムだね」
誰も詠ってない。
そこで料理が運ばれてきた。
ボタン海老とキャビア、あわびのグリル、オマールブルーのココット、シャラン産鴨のグリル、神戸牛サーロイン、焼き野菜、デザート。
賑やかに笑い合いながら舌鼓を打ち、フルコースを食べ終えた頃には、もうお腹一杯だった。
「ああ、食った食った。もう限界」
英二は白布で口元を拭う。
「テーブルマナーも何もあったもんじゃなかったが、まあいいだろう。今日は寛容の夜だ。最後にコーヒーを淹れよう」
純架も腹の辺りがきつそうだ。「もう食えないよ」と太っちょの寝言を口走っている。
「じゃ、それまでの間にプレゼント交換会といこうか」
「ああ、すっかり忘れていた。あみだくじを用意してある。すぐ準備しよう」
日向があっと叫んだ。飽食のメンバーが何事かと彼女を見る。
「おかしいですよ? プレゼントが一つ、二つ……七つあります!」
純架が立ち上がり、機敏な歩みでプレゼント台に近づく。人差し指で声出し確認した。
「本当だ、七つある。『探偵同好会』会員は6名。ならば交換会プレゼントは六つでなければならない。それが七つ……」
純架は彼にしか見えないボールを、彼にしか見えないバスケットゴールへスローした。純架からの説明はなく、俺たちも求めなかったので、その動作は不問となった。
「何者かがもう一つ、プレゼントを置いたようだね。一体誰が……」
突然の謎に、俺は困惑を隠せなかった。
「いつから七つになったんだ? 皆が集まり始めたときか? それとも食事を始めたときか? あるいは食べ終わったときか? いったいいつ、犯人はプレゼントを置いたんだ?」
奈緒が割り込んできた。彼女も戸惑っているようだ。
「ちょっと。プレゼント台だなんて、皆気にしてなかったじゃない。置き場を最初から最後まで眺めていた人がいるなら手を挙げてよ」
挙手するものは誰もいなかった。奈緒は徒労の溜め息をついた。
「これじゃプレゼントがいつ増えたのか分からないわ」




