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128迷子のえいじ事件04

 その日は曇り空だった。放課後、俺たちは部室に集い、改めて今回の一件を話し合った。朝の通学時間から純架と話題にはしていたものの、それでも話し足りなかったのだ。


 俺は深い溜め息をついた。


「後味の悪い事件だったな」


 純架は実は、と切り出した。


「昼休み、元刑事の光井みついさんに電話して、ちょっと協力してもらったんだ。えいじ君のことについて、警察から聞き出してもらったのさ」


 光井さんといえば、『変わった客』事件の主役となった老人だ。


「それによると、両親を失ったえいじ君は、児童養護施設に預けられることになったらしい。鍵はやっぱり駅前に設置されたロッカーのものだった。僕の推理通り、えいじ君に関するものがすし詰めになっていたそうだよ。服とか写真とか現金とかね」


 わずかに開けた窓から、意思あるもののように風が吹き込んでくる。それは天気の割には穏やかで暖かく、田所夫妻の短い生を嘆いているかに感じられた。


 英二が息を吐いた。


「それにしても同名のガキか。何だか他人事じゃないように思えるな」


 結城は微笑んだ。


「どちらも世話し甲斐がありました」


 今ようやくこの件を初めて聞いた日向は、メモを取りながらたずねる。


「それで敷島さんは? やっぱり無関係だったんですか?」


 純架はうなずいた。


「うん、敷島夫妻の旦那さんの方はね。しかし奥さんの方は、半年前のプロ野球の試合で田所夫妻と隣同士になっていたらしい。大人しく座って観戦しているえいじ君を見て『私たちには子供ができなくて羨ましい』と喋ったかもしれないってことだよ。ビールを飲んで酔っ払っていたので、覚えていたのはその程度だったみたいだね。昨夜帰宅したところ、夫から君たちとえいじ君のことを聞かされて、ようやく思い出したようだ。それぐらいの関わりだったんだね」


 カーテンがのんびりと揺れている。


「一方、田所夫妻ははっきり記憶していたようだ。そのとき敷島夫人に教えてもらった電話番号から、夫妻の住所を割り出したらしい。田所夫妻はえいじ君を、自分たちと無関係な一人の子供として、誰かに育ててほしかったんだろうね。だから敷島家付近の地図やロッカーの鍵を持たせて、誰かが導いてくれることを願ったんだ。ずいぶん虫のいい考え方だけど、それ以外のやりようを思いつかなかったんだろう。えいじ君を殴る蹴るしていたとんでもない二人だったけど、最後は実の親らしく振る舞ったってところかな。すこぶる稚拙だったけどね。自分たちの自殺がまさかこんなにすぐ発見されるとは、また、えいじ君が自分の苗字を知っていてちゃんと言えるとは、夢にも思っていなかったんだろう」


 胸に手を当てる。


「以上がこの事件の全貌だよ、皆」


 俺はえいじの痛々しい負傷箇所を思い出す。


「やれやれ。虐待から解放されたえいじが、すくすくとまっすぐ育ってくれることを願うしかないな」


「そうだね」


 奈緒が微笑した。


「それにしても、えいじ君可愛かったな。楼路君と歩いてて、私思ったもの。なんか家族みたいだな、って」


 俺は昨日の自分の心を見透かされたような、そんな甘い気分になった。


 奈緒と見詰め合う。こっぱずかしくなって同時にうつむいた。純架がその様を盗み見ていたらしい。


「子供を生むのも育てるのも親の責任だよ。きっと今回の事件で、君たちはその辺りを痛感していることだろう。責任を取れるんだったら、遠慮しないで、今すぐにでも子供を作りたまえ」


 俺は耳朶の熱さを自覚した。


「アホ言うな純架。俺たちはまだ高校生だぞ」


 雲が割れて斜めの陽光が大地に差し込める。純架は大いに笑った。

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