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126迷子のえいじ事件02

 奈緒は一も二もなく感応した。


「賛成! これは見過ごせないよ、ねっ、楼路君!」


「……ああ」


 俺は二人のテンションについていくのがやっとだった。俺たち高校一年生の忠告など、こんな最低の親が聞き入れるはずがない。やるだけ無駄だと知れている。俺は空気を読んでうなずいただけだった。


「そうだな、さしあたって情報が欲しいな。おいえいじ、ちょっとそのバッグ貸せよ。手がかりがあるかもしれないし」


 えいじは俺の伸ばした手を全力で払いのけた。


「やだ!」


「おいおい、可愛くねえガキだな」


 見かねた結城が自分の膝に両手をのせて前かがみになる。


「ねええいじさん、私からもお願いです。バッグを見せてください」


 えいじは結城の目を見つめた。ややあって、渋りながらもバッグを渡す。俺は吐き捨てた。


「このガキ、人を見て態度を変えやがって……」


 奈緒はウケたらしく、笑いを噛み殺している。結城がバッグのジッパーを開けた。


「どれ……」


 その内容物はシンプルだった。中に入っていたのは食べかけのチョコレート、近隣の地図、赤いボールペンに何かの鍵だった。他には何もない。


 俺は舌打ちした。


「普通親が心配して、緊急連絡用の電話番号とかがあるもんだけどな。何もない。まあ虐待両親なんかにまともな知恵を期待するのが無理だったってことか」


 奈緒も途方にくれている。


「これじゃ捜せないよ。どうしよう」


 結城が妙案を切り出した。


「どうでしょう、桐木さんに電話してみるというのは」


 俺は頬を掻いた。


「純架に?」


「はい。きっといい知恵を貸してくださると思います」


 奈緒が賛成した。


「それはいいわね!」


 俺は長く息を吐いた。まあそうだな。こういう面倒を考えるには、純架はうってつけだ。


「よし、頼ってみるか」


 俺はスマホを取り出し、純架の画面で通話ボタンを押した。今頃純架のスマホはレミオロメンの『粉雪』をかき鳴らしていることだろう。コールが三度目で止まる。声が聞こえてきた。


『あなたがおかけになった電話番号は、現在使われておりません。30円ください』


 もちろん純架の声である。


 バレバレの物真似なだけでなく、ちゃっかり金銭まで要求している。


「おいアホ、奇行はいらん」


『なんだい楼路君、付き合い悪いね。どうしたんだい?』


 かけ放題サービスに加入していることをいいことに、俺はえいじの情報と状況を全て説明した。純架は三宮英二との混同から抜け出すのにだいぶ苦労していた。


『迷子、ねえ』


「どうだろう、何かこの子の両親を捜す方法、思いつくだろうか?」


 純架は少し黙ってから、


『そうだね。まずえいじ君のチョコレートはどうだろう? どれくらいかじられてる?』


 そんな意味不明な質問をした。


「何だそりゃ。俺は真面目に……」


『いいから』


 俺は仕方なしにチョコレートを調べる。


「半分ぐらいだ」


『えいじ君の手にチョコのついた跡はあるかい?』


「いや、ないけど」


『チョコレートを買い与えたのは両親だ。その残りから、えいじ君の空腹具合と、両親が去った時間が分かるというものさ。半分まで食べたということは、多分昼飯は家族一緒に食べて、その後えいじ君が置き去りにされたんだろう。食べ尽くすでもない、全く食べないでもない。恐らくそうだろうね』


 えいじも泣いたりチョコ食ったり忙しい奴だ。


『それから地図は? 近隣のものというのは本当かい?』


「ああ。俺たちが歩いた近くの公園が載ってるからな」


『その地図は端が切り取られているね?』


「おう。よく分かるな」


『多分元は一冊の本だったんだよ。そこから該当ページだけ切り外したんだ』


 奈緒がスマホに話しかける。


「で、結局この地図は何なの?」


『恐らく両親のヒントだと思われるね』


「ヒント? どういうこと?」


『多分そこに両親の居場所が赤いボールペンで書き込まれているはずさ。どうだい?』


 俺は地図をよく見てみた。すると他の地図記号に紛れて今まで気づかなかった、赤い矢印を発見できた。


「あるぞ、純架。それほど遠くじゃないな」


『やはりね。えいじ君を試したか、それとも警察の保護を見越して試したか、どちらかだよ』


 結城がティッシュでえいじの鼻を拭いている。


「どういうことでしょう?」


『多分、両親はゲームをしているんだよ。置き去りにしたえいじ君が、果たして家まで戻ってこれるかどうか、というね。何なら金でも賭けてるんじゃないかな』


「そんな、酷すぎます!」


『そう、この両親はろくでもないね。小学生前の子を殴ったり、放置したりして……。でも、残念ながら彼らとえいじ君との関係性は変わらないんだよ。僕らじゃどうにもできない領域だね』


 俺の怒りはふつふつと沸いた。こんどは本気で、絶対この両親に文句を言ってやろうと思った。


『それじゃ、矢印の場所へ行ってえいじ君の両親に会いたまえ。僕はこれで切るから』


「ああ、悪かったな、いきなり謎を持ち込んで」


『いや、いい退屈しのぎになったよ。アプリュタール!』


 最後は訳の分からん挨拶だった。




 俺と奈緒と結城、そしてえいじは、赤い矢印の場所へ足を運んだ。辺りは夕暮れで緋色に染まっている。街頭スピーカーから童謡『夕焼け小焼け』のインストが流れていた。サッカーボールを抱えた小学生が群れ集って道路の上を駆けている。


 俺は奈緒と歩きながら、えいじがもし自分たちの子供だったら……と考えた。むかつくガキではあるが、あるいは血が繋がっていたら、それも可愛く感じるのかもしれない。


 えいじはすっかり泣き止み、左手を結城に、右手を奈緒に握られて満足そうだ。両手に花か、うらやましい。


 地図の通り、夕日に照らされる住宅街を抜けていく。目的の『矢印の場所』はすぐ見つかった。


「あそこだ」


 そこは灰色の壁を擁した二階建て一軒家で、『敷島しきしま』の表札が掲げられていた。何度も地図を見直し、まさにここだと確認する。


 俺はインターフォンのスイッチを押した。奈緒がえいじに話しかける。


「ふうん、敷島えいじ君が君の本名なんだね」


 だがえいじは首を振った。


「……ちがう」


「え?」


「ぼく、たどころえいじ」


 はあ? 俺は改めて表札を見た。『敷島』。『たどころ』と一文字も合っていない。


 ドアが開いた。中から現れたのは、純真そうな40代とおぼしき男だった。休みの日とあってくつろいでいたのか、ラフな普段着だ。


「どちらさまですか?」


 俺は代表して前に進み出た。


「あなたが敷島さんですか?」


「はい、そうです」


「あの、この子はあなたの子供ですよね?」


 敷島さんはえいじを見やる。そしてはたからでも分かるぐらい、あからさまな困惑を発露した。


「いいえ、違います。人違いじゃないですか? 僕ら夫妻にはそもそも子供なんていませんし」


「そんな……」


 敷島さんは嘘をついているようには見えない。どうやら本当に人違いらしい。奈緒が食い下がった。


「あの、それじゃ『たどころ』さんってご存知ないですか?」

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