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124羊の絵画事件03

 純架は金近先生の注意により、渋々制服を着直した。女子部員たちは純架の正面を争い、結局扇状に布陣して、絶世の美貌を描く幸福を分け合った。俺はともすれば奇行の発作を起こそうとする純架を、緑のスリッパではたいて正気に戻す役目を仰せつかった。結局熱を帯びたデッサンは2時間ぐらいに渡り、終わる頃には誰もが皆疲労困憊だった。


 そしてその帰り道。俺はすっかり暮れた町並みを歩きながら、傍らを維持する純架に尋ねた。


「なあ純架、何で二階堂先輩が犯人だって分かったんだ? 俺はさっぱりなんだが……」


 純架はダンボールのベルトを肩にかけ、すっかりチャンピオン気分だ。


「鈍いねえ楼路君。君は全体ばかりに気を取られ、細かいところを見ていない。だからそんなつまらない感想しか言えないんだよ」


 ちぇっ、悪かったな。


「それじゃ自明で分かりきってることだけど、説明といこうか。いいかい楼路君。あの絵は、昨日金近先生が相談に来て帰った直後から、今日のついさっきまでの間に描かれたものなんだ。部員一同で謎を決めたと言っていたよね? それから急遽二階堂先輩が作成したものなんだよ」


 そういえばそうだ。


「描写する時間は非常に限られている。その中であの出来栄えの羊だ。描きこみ具合から察するに、犯人は徹夜したに違いない。だから僕は5人を注視したんだ。眠そうに目を擦ったり、あくびをかみ殺したりしていないか、見逃さないようにね。そして丸山さんと二階堂先輩は、まさにそうしたしぐさを見せた」


 純架は鞄から茶色いマフラーを取り出した。


「それから技術力。あの羊の絵ぐらい上手に――整って描くには、それなりの経験が必要さ。だから犯人は1年生より2年生である蓋然性が高い。紙は初心者向けのサンフラワー画用紙のM画だったけど、まあ美術部内で用意したものだろうし、それほど気にする必要はない。結果、二階堂先輩と御領先輩が怪しいとなった」


 ふむ。俺は納得した。


「左利きか右利きか聞いたのは?」


「あれだけ上手い絵だ。描いた人は右脳が発達しているに違いない。となると、左半身を良く使う――左利きの人が描いたものだと推定できる。まあ、これに関しては参考程度の気分だったけどね」


 二階堂先輩は左利きだったっけ。俺は肌寒い夜に覆われて首をすくめた。


「じゃあ『ヤッテQ』は?」


「羊を描いた絵だけど、まさか犯人が家で飼っているわけがない。この羊はテレビやネット、あるいは動物の写真集なんかを参考に描かれたものだね。種類はメリノだ。スペイン原産の奴で、誰が見ても羊そのものだ。画用紙を縦ではなく横に使っていることから、横長の液晶テレビを参考にした蓋然性が高いといえるね。明日まで時間がないから、犯人は家に帰って、食事や風呂などを手早く済ませてからすぐ、絵を描き始めたのだろう」


 純架はマフラーを首に巻いた。明らかにほっとしたような顔つきになる。


「ではなぜ犯人は羊を描こうと思ったのだろう? 色々考えられるが、昨日、金近先生が僕への謎解きを考えた際、犯人が決められた。そこで犯人はどう考えたか? きっと僕を陥れるため、誰もが描きそうな題材を求めたに違いない。そこでテレビでちょうど羊を取り上げたニュースなりバラエティなりが放送されたのだ。犯人はそれを数十秒ほど録画し、再生して一時停止。それを参考にしたのだろう」


 純架は寒風を切り分けるように歩く。


「まあネットで羊の画像を検索したのかもしれないけど。ともあれそれは午後7時から9時頃の間だったんだろうね。その時間と言えばテレビで超人気番組、『宇宙の果てまでヤッテQ! 2時間スペシャル』が放送されている。まあ僕は観たことないんだけどね。妹の受け売りなんだ。ともかく、そんな番組を観ていない高校生といったら、羊の絵を描いている犯人しかいないよ。これも蓋然性が高いだけだけどね」


 俺も純架が、どうやら蓋然性の高さをより集めて犯人を探り出したことが分かってきた。


「最後の投票は?」


「あの鉛筆による羊の写実画は、時間内に出来る限りそうと描くため、細部は雑で大まかに描かれている。でもその割には実に躍動的だ。なんたって僕のこの謎解きの主役となる作品だし、他の部員たちや金近先生といった衆目にもさらされる。手は抜けなかったはずさ。だから投票をつのったんだよ。犯人は元から絵が上手いに違いない、と睨んでね。二階堂先輩は2位。申し分ない結果だったね」


「決定的な証拠はないから、外堀から埋めていったってわけか」


「そうさ。質問と観察を重ねて、一番犯人の可能性が高い人物として、二階堂先輩を指したってわけだよ。2年で、左利きで、眠そうで、『ヤッテQ』を観ていない、鉛筆画の上手な人物だからね。内心冷や冷やものだったけど、当たって良かったよ」


 純架は胸に手を当てた。


「つまりは、以上がこの事件の全貌というわけだよ、楼路君」




 翌日の午前の休み時間、俺は純架とだべっていた。


「それにしてもどうだった、昨日の美術部のモデル。やっぱり晒し者の立場はむかついたか?」


 純架は首を振った。


「いいや、全然。てっきり僕も不快感に悩まされるんだろうと思ったけど、やってみたら案外楽しかったよ」


 その顔は満足感に溢れている。


「思えば僕と写真を撮りたいっていう人たちは、自分のことしか考えていなかった。僕の都合など考えず、一方的に自分の目的を果たそうって人ばかりだった。でも金近先生は違った。事件に飢えていた僕らに、解きがいのある謎を提供してくれたんだ。それが気分が良かった原因なんだろうね」


 唇で舟を作る。


「お互い楽しいのが、本当の付き合いってものだとつくづく思ったよ」


 そのときだった。上級生の女生徒が、スマホ片手に俺たちに近づいてきたのだ。彼女は尊大な態度を見せた。


「ねえ、君が桐木純架君でしょ? 私と写真撮ってぇ」


 純架は俺に肩をすくめてみせて、営業スマイルで立ち上がった。

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