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123羊の絵画事件02

 純架は前髪をかき上げた。洗練されたしぐさだ。この室内で最も美しいのは、悔しいが純架その人だった。


「それで金近先生、僕らが解くべき『謎』は?」


 先生はおかしそうに拳を顎に添えた。


「昨日皆で考えて、色々『謎』のアイデアを出し合ったんです。それで、ちょっと難しいかな、と思ったけど、こんなのはどうかなって。全員意見が一致したんです。それが私たちが桐木君に提供する謎解きです。これを見て」


 金近先生は一枚の画用紙を取り上げた。そこには生きているかのような羊の絵が、画用紙を横にして、鉛筆で描かれていた。


「これを描いた作者が、この10名の美術部員の中にいます! さて、誰でしょう? ……これが問題です。どうかな?」


 純架の顔色をうかがう。純架は莞爾かんじと笑った。


「なるほど、これは面白そうですね。ありがとうございます」


 場に和やかな空気が流れた。純架はかなり喜んでいるようで、絵を受け取ると、宝物のように拝見した。近づけたり離したり、回転させたりして、羊の絵画を飽くことなく眺める。


「では、早速……」


 純架は絵と部員たちを交互に何回か眺め回した。


「これから僕が質問をします。この絵を描いた人はあなたですか? ……と。聞かれたら『いいえ』と答えてください。なおその際、視線を逸らさず、僕の目をしっかり見てください。いいですね。では、始めます」


 何だそりゃ、と俺は思った。純架は俺の不審を気にせず、生徒たち一人一人に順番に尋ねていく。


「この絵を描いた人はあなたですか?」


「いいえ」


「この絵を描いた人はあなたですか?」


「いいえ」……


 妙な緊張感をみなぎらせて、全員への質問が終わった。純架は途方にくれた。


「おかしいな、皆いいえだ。犯人はいないことになる」


 いや、お前がそう言えって強制したんだろ。


 奇行を終えた純架は目を閉じ、しばし沈黙した。しばらくして双眼を戻す。奇妙なことを口走った。


「あなたとあなたとあなた。それからあなた。そっちのあなたも。その場に立ってください」


 不思議そうな顔をして立ち上がる5人。純架は断定した。


「犯人はこの中にいます」


 その場にいた全員があっけに取られた。俺は咳するように問いかける。


「おいおい純架、いくらなんでもそれはないだろ。なんでそんなことが分かるんだよ」


 純架は驚き覚めやらぬ室内で、一人泰然自若としていた。


「目線さ。僕が絵と彼女らを交互に見回したとき、硬直しないものはいなかった。金近先生も皆も、犯人が誰だか知っているんだよ。その上でこの謎解きに参加しているんだ」


 腕を組み、家庭教師のように俺に説明する。


「そして僕が質問したとき、半数の人が反射的に左上を見た。体の左半身をつかさどる右脳の働きで、素直に回答したときはそうなるんだ。逆に右上を見た場合、嘘をついている可能性がある。だから『いいえ』と答えて前者だった場合、犯人ではない蓋然性が高い」


 俺は首をひねった。


「ならどうして5人も指名したんだ? お前の話が本当なら右上を見た犯人は一人しか出てこないはずだろ」


 純架は不肖の教え子を眺めるような目つきだ。


「あのね楼路君、僕は心理学の専門家じゃないんだ。浅い知識でメンタリストの真似事なんて無理だよ。左上を見た人は5人出てきたけど、後の5人は皆てんでばらばらの方向を見たんだ。それ以上は僕も調べようがないよ。だからこれからは――」


 その眼光が犀利さいりに満ちる。


「これからは、推理で犯人に迫っていくよ。……とその前に。一応うかがいますが、金近先生、この五人の中に犯人はいますか?」


 金近先生はにっこり微笑んだ。


「凄いね、桐木君。正解です。絵の作者はこの5人の内の誰かです」


「ほっとしました」


 純架は安堵の表情を浮かべると、立っている生徒たちに要求した。


「まずは自己紹介をお願いします。クラスと名前を教えてください」


 彼女らは右から順に、簡潔に答えた。


「1年2組、柊美琴ひいらぎ・みことです」


「1年1組、丸山美咲まるやま・みさき


「1年1組、風早かぜはやつくしよ」


「2年3組、二階堂雀にかいどう・すずめだ」


「2年3組、御領早苗ごりょう・さなえです」


 それぞれ個性的な顔立ちで、肥えていたり痩せていたり、背が高かったり低かったりと、特徴が分かりやすかった。彼女らの視線を一身に集め、純架はまず切り出した。


「一人ずつ、正直にお答えください。左利きですか、右利きですか?」


 何だその問いは。俺が疑心の目を向けても、純架は無視している。


 生徒たちは回答した。その結果、美琴、美咲、御領先輩が右利き、つくしと二階堂先輩が左利きとわかった。


「では次の質問。昨晩、人気テレビ番組『宇宙の果てまでヤッテQ! スペシャル』を観ましたか?」


 その番組なら俺も知っている。毎週20パーセント超の視聴率を誇る人気番組で、中学高校生はこれを観ないと翌日の学校での話題についていけないほどだ。これも順番に答え、美咲、つくし、御領先輩が観ていて、美琴と二階堂先輩が観ていなかったことが判明した。


 こんな調査で何が分かるというのだろう? 純架は平然と聞き込みを続ける。


「では最後の質問。部内で一番鉛筆画が上手いのはどなたですか? これは部員全員への質問です。黒板に票を書き留めるから、順番に答えてください」


 そういって純架は白いチョークを手にした。


 10人による投票は、1位が5票で町田まちだ先輩。2位が3票で二階堂先輩。3位が1票で悠美、古館ふるたち先輩の二人。以上となった。


 純架は手にこびりついた粉をはたき落とす。


「ありがとうございました。これで犯人が分かりました」


 俺は仰天した。えっ、もう終わり? たった三つの質問で?


 純架はもったいぶって一同を見渡す。


「羊の絵を描いたのは――」


 緊張が静寂と共に四方を跋扈ばっこする。純架はにやりと笑った。


「羊の絵を描いたのは、二階堂先輩です。どうですか?」


 固唾を飲んでいた生徒たちは一斉に感嘆の声を上げた。広い美術室が揺れ動くぐらいの勢いだった。


「当たった!」


「凄いわ!」


「何で? 何で?」


 二階堂先輩――黒い長髪の美人さんだ――は拍手を惜しまなかった。


「的中お見事。その通りよ。私が犯人、この絵の作者よ」


 純架は胸を撫で下ろした。それほど余裕はなかったらしい。


「やれやれ、良かった。蓋然性の問題でしたが、的中して何よりです」


 金近先生が満面の笑みで賞賛する。


「素晴らしいわ、さすが桐木君! 『探偵同好会』会長だけはあるね」


 純架は頬を紅潮させた。褒め言葉に弱いのが桐木純架だった。


「ありがとうございます。楽しい謎かけでした。……さ、約束を果たしますよ。どうぞ僕をモデルに絵を描いてください。今準備しますから」


 そういって純架は制服を脱ぎだした。上半身裸、下半身黒タイツの、プロレスラー力道山スタイルになる。


「昨晩のうちにダンボールでベルトも作りました。腰に巻いてていいんですよね?」


 美術室はさきほどの賑やかさから一転、冷凍されたかのような寒々しさが漂った。純架の奇行に慣れた俺でも、まさかここでこんな恥ずかしい格好になるとは思わなかった。


 純架は口笛を吹いている。


「楼路君、君も着替えたまえ。シャープ兄弟の役を与えてあげるから」


 戦後街頭テレビごっこなら一人でやれ。

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