115能面の男事件01
(一)『能面の男』事件
「『能面の男』が現れた?」
俺――朱雀楼路は裏返った声を出した。ここは旧校舎3階の、『探偵同好会』部室だ。一日の授業を終えた渋山台高校生徒6名と、地縛霊1名が、持ち寄った話に花を咲かせていた。外は10月後半に特有な、冷え冷えとする快晴だ。
三宮英二が椅子に深々と座りながら、動揺を毛ほども見せずに応じる。
「ほう、それは本当か?」
英二は小学生のような背丈と優れた器量の持ち主で、三宮造船の跡取りでもある。つまり大金持ちのボンボンだ。美少年のわりに、きつい性格で周囲を圧倒するのが常だった。
情報を持ち込んだのは、その英二のメイドをもって任ずるクラスメイト、菅野結城。幼女の頃からご主人様である英二の身の回りの世話をし、護衛を勤めている。俺たち『探偵同好会』は全員高校一年生だが、彼女はその中でもずば抜けて成熟した四肢を擁していた。
「はい。『バーベキュー』事件で逮捕された犯人たちの供述の下、『能面の男』の似顔絵が作成されたことはご承知かと存じます。その似顔絵そのままの中年男性が、近所を歩いていたと情報があったのです」
俺は腕を組んでうなった。
「確かそいつ、あの事件で英二の暗殺を企てた黒幕で、失敗するとすぐ行方をくらましたんだっけ」
「はい、警察の捜査能力でも捜し当てることはできませんでした。今回も、目撃情報から黒服たちが捜索したのですが、捕まえるにはいたっていません」
辰野日向が震え上がった。新聞部と掛け持ちの彼女は、黒縁眼鏡にショートカットで、いつも紅色のデジタルカメラをぶらさげている。
「また三宮さんを狙いに来たんでしょうか? 怖いです」
英二は微笑んだ。
「心配してくれるのか、辰野。ありがとな」
俺は浮かびそうになった笑みを押し殺した。英二は日向に惚れているのだ。彼女に気をかけてもらって満更でもないのだろう。日向の方はそうとは気づいていないようだが……
飯田奈緒は不安げだ。
「まさかここまで来たりしないわよね」
奈緒は少年のような短い黒髪で、ウサギのような大きい茶色の瞳に、小振りな鼻、魅惑的な唇の美少女だ。丸まった耳が愛嬌ある、俺の彼女だ。
「俺が守るから安心しろよ、奈緒」
そんな格好つけた台詞を吐いてみる。奈緒は感謝を表さず噴き出した。
「そんなに強くないくせに、一人前みたいなこと言っちゃって」
思いがけず笑われてしまったが、悪意は感じられない。俺も苦笑して茶を濁す。
「何や、面白ない。ああ、あたしも外をほっつき歩きたいわ」
後頭部で両手を組んだのは、関西弁の地縛霊・白石まどかだ。茶色のポニーテールで、真っ赤でつぶらな瞳と、小さく控えめな鼻の持ち主だ。口は大きくよく喋った。
彼女は幽霊で、ここ1年5組に縛り付けられている。何でそうなったのか本人は語らず、「いつか自分の口で説明する」との一点張りだ。透明になったり、人間含む動物の治療ができたりするという、変わった存在である。『探偵同好会』の会員一同は、最初こそ恐れをなしたが、今ではすっかり慣れてしまった。彼女が幽霊にもかかわらず、一切悲観的な言葉を口にしなかったり、積極的に話しかけてきたりするせいで、いつしか普通の生徒より親しみを持たれるようになったのだ。
「なあ純架、君はどうなん? その『能面の男』について……」
まどかが話を振ったのは、誰あろう、この『探偵同好会』会長である人物。桐木純架だった。
「さてね。人間は持って生まれた運命からは逃れられない生き物だからね。能面だかラーメンだか知らないが、未来はすでに定まっているんだよ。じたばたしてもしょうがない」
そう言い終えて前髪をもてあそぶ。
純架は絶世の美貌の持ち主だ。男でありながらほとんど少女、それも飛び切りの美少女のような外見である。誰もがうらやむ甘い顔貌で、それに惹かれた学校中の女生徒たちから写真撮影をせがまれるほどだ。白い肌、耳が隠れる豊富な黒髪も、その眉目を引き立たせている。
しかし、彼に恋人ができることはない。なぜなら純架は、容姿の完璧さを損ねるぐらいの奇行癖の持ち主だからだ。
俺は尋ねた。
「何だ純架、お前らしくない。運命によって将来が決まるなんて寝言、どうしてほざいたんだ?」
純架は足を組んだ。
「いや、昨日映画の『ターミネーター』第一作を観てさ。あのシュワルツネッガーが冷酷なロボット役で一世を風靡した作品なんだけど」
あまりの古さ・今更感に、俺はげんなりした。純架はまくし立てる。
「主人公の女の数奇な運命を目の当たりにして、つくづく思ったよ。運命は気まぐれで人をもてあそぶってね」
フィクションだけどな。
「僕は運命論者じゃないけど、いやあ、そんなこともあるのかと感心させられたよ。詳しいことはネタバレになっちゃうから敢えて控えるけどさ」
知ってるよ、観たことあるし。俺はこめかみを押さえて頭痛を回避した。
「『能面の男』に対策しないってことか?」
「まあそのつもりだよ。英二君の護衛なら、プロの黒服の皆さんに任せるべきだしね。僕らがしゃしゃり出てもしょうがない」
純架は立ち上がって「ダンカン! ダンカンこの野郎!」とビートたけしの物真似をした。もちろん意味はない。やり終えた純架は満足感を全面に打ち出し、再び椅子に腰を下ろす。一仕事終えたとばかり、肩を回して微笑した。
これが彼の奇行なのだった。同好会会員は皆見て見ぬ振りをしている。諦念がたゆたっていた。
英二はティーカップを指先で弾いた。
「結城、おかわり頼む」
だが結城はぼうっと窓外を眺めるばかりだ。ご主人様である英二の要請が耳に入っていないらしい。何かしら物思いに耽っているように見える。
「結城!」
英二が強く名前を呼んだ瞬間、結城はびくりと身をわななかせて主を見やった。
「は、はい。すみません」
気がついた結城は、慌てて英二のカップを受け取った。奈緒が不思議そうに口を開く。
「どうしたの結城ちゃん。考えごと?」
「は、はあ。まあそんなところです。失敬しました」
結城は熱い紅茶を注ぎながら苦笑した。どこかぎこちない。
「…………」
英二は自分のメイドの粗相をしばらく見つめていたが、何も得心しなかったらしく、目を閉じて首を振った。
「なあ純架」
差し出されたミルクティーを手に取りながら、英二は純架に話しかけた。
「後でいいんだが、ちょっと頼みごとだ。いいか?」
純架はポテトチップを食いながら「カロリーそのままで旨さハーフ!」とほざいた。
駄目な菓子じゃん。
「了解だよ、英二君」




