表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/343

103消えたトロフィー事件08

 純架はタップダンスを始め、モールス信号で「お疲れ様です」と発信した。


 普通に喋れ。てか、俺もよく解読できたな。


「お帰り!」


 奈緒が衝立(ついたて)の奥からくたびれた笑顔を見せた。


「まどかちゃんのおかげで盛況だったよ。『本当に肩凝りが取れる』って大評判。明日も(かせ)ぎまくろうね」


 百円玉が入った小型金庫を振り、多重の金属音を鳴らす。俺は微苦笑した。


「アンケートは? 俺らしがない生徒には、回収される売り上げよりそっちの方が気になるけど」


「きっと皆いい評価をくれてると思うよ」


 アンケート用紙はケースに投じられている。その中を見ることはできない。


 まどかが肩をもんだ。


「ああ、疲れた。幽霊でも疲れるんやな」


 純架が微笑む。


「ご苦労さん、白石さん。でもまだ明日もあるからね」


「あ、忘れとった」


 奈緒はすっかり浮かれていた。


「それにしてもここまで人気になるとは思わなかったな。噂を聞きつけて先生方まで来たし。改めて、最初のお客だった校長に感謝だね」


 そこへ英二と日向、結城の三人が戻ってきた。皆浮かない顔だ。俺は尋ねた。


「どうした、敗戦処理の投手みたいな(つら)して」


 英二は俺の冗談にくすりともしなかった。


「おい、お前ら、残念だな。探偵同好会の肩叩き、明日は禁止になったぞ」


 この発言に、室内の全員が目を白黒させた。奈緒がいち早く立ち直る。


「ええっ? 何でよ。あんなに評判だったのに!」


 結城が申し訳なさそうに返答した。


「先生方が相談して、この『肩叩き』が風俗業に似通っているとの判断が出て、明日の一般客相手の開催を許可しないつもりらしいのです。もちろん英二様も私も辰野さんも一斉に抗議しました。でも私たちに知らせに来た田浦教頭は、一切応じなくて……」


 まどかがむっつりと(ふく)れる。


「何やそれ? 単なる肩叩きやのに、反応が大げさすぎるわ」


 奈緒も(いきどお)っている。


「そんな、土台からひっくり返すようなことを急に言われても……。あれだけ賞賛浴びたのに、ここでやめるなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ。私、先生方に抗議してくる!」


 純架は奈緒のフレーズの一部を繰り返してもてあそんだ。


「土台からひっくり返す、か。土台から、ねえ。土台から……」


 純架の目が異様な輝きを発する。まるで目の前の虚空(こくう)に何かの答えを見出したかのようだった。


「土台から!」


 純架の顔に赤みがさす。俺は不思議な反応を示す純架を問いただした。


「おい、どうした純架」


「ちょっと失礼するよ!」


 純架は脱兎(だっと)のごとく部屋を飛び出していく。あっという間の出来事だったので誰もついていけなかった。


 英二がつぶやくように言った。


「何か(かん)づいたんだろう。放っておけ、どうせすぐ戻る」


 日向が奈緒の腕を抱き締めた。


「先生への抗議、私も行きます。お役に立てるかどうか疑問ですが……今度こそ肩叩きを認めさせます」


 俺は胸を叩いた。


「飯田さん、俺もついていくよ」


 英二が()け合った。


「辰野、一緒に行こう」


 結城は複雑であろう胸中を隠して、けなげに小声で追従(ついじゅう)した。


「英二様が行くところ、どこまでもついて参ります」


 結城はやっぱりご主人様である英二に惚れているんだろう。でも英二は日向しか見ていない。俺は気の毒に思ったが、特に気の利いた立ち回りもできず、出発する仲間たちを無言で追いかけた。


 職員室は一日目の終了で気を抜いた先生方が雑務をこなしていた。俺たちの担任の宮古先生は不在で、代わって青柳先生が応対に当たってくれた。ややきつい眼光で、黒い髪の毛をオールバックにし、あごに無精髭を生やしている。


「お前さんらの気持ちも分かるが、こればっかりはしょうがないな。諦めろ」


 こちらが抗議する前に、その余地はないとばかりに突き放してくる。その一方的な態度に奈緒の口調が(けわ)しくなった。


「先生だって肩叩きをしてもらったくせに。『凄いよく効いたよ、ありがとう』っておっしゃってたじゃないですか」


 青柳先生は困ったように頭をかいた。


「それを言われると返す言葉もないが……。もう決まったことだ。ここで無為に時間を潰すより、明日代わりに何をやるか議論していた方が建設的だろう」


 英二が一歩前に出た。真剣な瞳が宝石のように光る。


「俺――僕は先ほど教頭先生から聞かされましたが、納得いったわけではありません。今から催し物を変えるなんて時間的にも無理です。再考をお願いします」


 青柳先生の考えは頑強(がんきょう)だった。


「JKビジネスと誤解されるような出し物を野放しには出来ないんだよ。女子高生が一般客にマッサージだなんて、保護者が見たら何とクレームをつけてくるか……。可哀想だが許可はできんな」


 日向は落胆した。


「そんな……」


 その直後だった。


「失礼します」


 職員室の中に入ってきたのは純架だった。片手に鍵を握っている。


 彼の目は熱に浮かされたようにきらきら輝いていた。頬っぺたは血の気が巡り、一見して何か興奮することがあったものと思われる。事件の捜査が進展したとでも言わんばかりだ。


「やあ皆、おそろいでどうしたんだい」


 俺は呆れて答えた。


「見りゃ分かんだろ、肩叩きの出し物禁止への苦情だよ」


 純架はどこかの鍵を返却し、記録帳にペンを走らせた。再び顔を上げたときには、すっかり元の純架に戻っていた。


「青柳先生、話はどこまで?」


 教師は背もたれに上体を預ける。


「明日の開催は許可しない、ということを繰り返しただけだ」


 純架はどこからか取り出したDVDを青柳先生に押し付けた。


「『CAT’S EYE キャッツアイ』は史上最高の名画ですよ。これを見ないなんて映画に対する冒涜とさえ言えるでしょう。ささ、どうぞ借りてください」


「いらん」


 先生は突っぱねて押し返した。


 妥当な判断である。


 純架はしぶしぶDVDをしまった。


「青柳先生、施術する人間を男子――つまり僕、楼路君、英二君の3人に限定して開催するのは駄目ですか? それならいかがわしくないでしょう?」


 教師は腕組みしてうなった。


「ううん……でもなあ……」


「何とかお願いします」


 頭を下げる純架に、ふと気づいたといった様子で先生が尋ねた。


「そういや桐木、白鷺トロフィー捜索の首尾はどうなんだ? というか、お前ら『探偵同好会』は出し物よりそっちだろ、重きを置くのは」


「多少は進展しました」


 純架はかすかに口の端を(ゆる)めた。何か新事実でも掴んだのか?


「本当か?」


「明日の閉会式までには間に合わせます。だから交換条件というわけではないのですが、何とか肩叩きの件、善処(ぜんしょ)していただけないでしょうか。お願いします!」


 再び深々とこうべを垂れる。俺はその後に続いた。


「俺たちからもお願いします」


 英二たちも俺たちに(なら)う。


「お願いします!」


 青柳先生は沈黙した。職員室の喧騒(けんそう)が聴覚に浮かび上がってくる。それも長いことではなかった。


「……やれやれ、仕方ないな。後で他の先生方と相談してみるよ」


 降参したとでも言わんばかりの声音だった。純架が大喜びして両手を打ち合わせる。


「ありがとうございます!」


「その代わりトロフィー、絶対見つけろよな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ