101消えたトロフィー事件06
喉が渇いた。
「純架、自販機で何か飲み物買ってくるよ。俺のおごりでな。欲しいものあるか?」
「アボカド玉ねぎジュースをホットで」
「売ってるわけねえだろ」
「じゃコーヒーのブラックを」
「了解」
俺は弛緩した肉体を引き締め、せいぜい元気よく起き上がって外に出た。
廊下は色とりどりの装飾で華やかだ。歩く生徒も男子だけのグループもあれば、女子と一対一の幸せそうなカップルもいる。皆今日の祭りを心の底から楽しんでいるようだ。俺は階段脇の缶ジュース販売機の前に立ち、小銭を投入しようとした。
「ん?」
窓の外をよく見れば、自分の出番は終わったのであろう英二が、日向と一緒に歩いていた。それだけなら何の問題もない。だが困ったことに、二人にはもう一人の女子――菅野結城が、SPよろしく神妙な顔で付き添っていたのだ。
「あちゃー、何だよ。せっかくの二人きりが台無しじゃねえか」
俺が行くしかない。心を決めると、上履きのまま玄関から屋外に出て、三人のもとに走っていった。
それにしても、結城は今『肩叩きリラクゼーション・スペース』の当番のはず。彼女がここにいるということは、奈緒は今一人で仕事をしているのだろうか。
俺は彼らを呼び止めた。
「おうい、英二!」
三人が同時に背後の俺を振り返った。困惑気味の英二、面白そうでもつまらなさそうでもない日向、どこか冷たい微笑を浮かべる結城……
「よ、よう楼路」
「あ、朱雀さん」
「これはこれは、朱雀さん」
俺は早速英二を捕まえ、「ちょっと借りる」と二人に知らせた。物陰まで引きずって小声で尋ねる。
「何やってるんだよ英二、菅野さんを連れて三人で回るなんて」
英二はむくれた。
「仕方ないだろ、結城の奴がどうしても着いてくるって言うから。俺も身辺警護の必要性を唱えられると、むげに断れないしな」
「今、部室は奈緒一人なのか?」
「いや、俺のボディガードの高山と福井が受け付けをやってる。後で問題になりそうだがな、まあ何とかなるだろう」
俺は顔の右半分を平手で覆って嘆いた。
「おいおい、菅野さんをスタンガンで眠らせるぐらいの気概はどこに行った? 俺のお膳立てがパーじゃないか」
「いや……何だかこう……結城をおいて辰野と二人で回ることに罪悪感を感じてな。自分でもよく分からないんだが」
「やれやれ」
日向が声をかけてきた。
「朱雀さん、お話は終わりましたか?」
俺はうなずいた。日向が両手を合わせる。
「ところでお腹空きません? 焼きそばでも食べましょうよ、三宮さん、菅野さん」
結城は表情を崩さず同意した。
「では遠慮なく。しもじもの食事が英二様のお口に合うかどうか、まず私が毒見もかねて挑戦してみましょう」
なんちゅう言いぐさだ。
それにしても、彼女が日向に嫉妬しているように感じるのは気のせいか?
俺は焼きそばを断ると、缶コーヒーを二つ買って生徒会室に戻った。純架は星型に切った画用紙に『JUNKA KIRIKI』と書き、床に貼り付けている。
『ハリウッド名声の歩道』の星を意識したんだろう。有名人気取りだ。空しい奴。
「やあ、遅かったね」
「どうだ? あれから何か分かったか?」
純架は手の平を左右に振った。
「いや何も。どう考えても犯人は生徒会室と戸棚の二つの合鍵を持っていたとしか考えられない。でもどうやって? そこで行き止まりだよ」
缶コーヒーはホットだ。純架は冷めるまで待つつもりか、両手で缶をもてあそんだ。
「トロフィーが盗まれる前の生徒会室の鍵は、火曜日に青柳先生と周防生徒会長が使った以外、誰も使用していない。この二人が怪しいことは間違いないけど、アリバイはどうなんだろう? 動機の面も確かめないと……」
そのときだった。
「何だ、君たちか」
入り口に視線を向けると、ちょうど話に出ていた周防会長が、その巨躯をもって佇んでいた。
「生徒会室の扉が開いているから何かと思ったが、まだコソコソ探り回っているようだな。その様子から察するに、まだ犯人は見つけてないんだな」
純架は恥じ入ったように笑った。
「はい、面目ありません」
コーヒーを飲む。
「でもちょうど良かった。周防先輩におうかがいしたいことが何点かあったんです」
「ほう。答えようじゃないか」
周防先輩は室内に入り、純架が先ほど床に貼り付けた画用紙を無情にも踏みつけた。純架は恨めしそうに表情を曇らせる。
「火曜日、生徒会室が一日中公式に使われなかった日、周防先輩はここにいらっしゃいましたね。なくしたスマホを探しに、ね。それで結局見つかったんですか?」
周防先輩は大儀そうに椅子へ腰を下ろした。
「ああ、思っていた通り、生徒会室に落ちていたよ。助かった、と胸を撫で下ろしたな」
「その際連れはいらしたんですよね?」
「というと?」
純架はスマホを取り出し、その画面を人差し指でこつこつと叩いた。
「スマホに限らず携帯電話を探すなら、誰かに自分のスマホへ電話をかけさせて、その際に鳴る着信音を目印とすればすぐ見つけられます。そうですよね?」
周防先輩の顔に理解の色が広がった。
「ああ、そういうことか。あのときは副会長の神埼君が一緒に捜してくれてね。彼が僕のスマホにかけて、君の言う通りに音を頼りに発見したよ」
「そうですか。見つかった後は何をなさっていたんですか?」
周防先輩は心外だとばかりに眉根を寄せた。
「何だ、僕を疑っているのか?」
純架はすまし顔だ。
「周防先輩に限らず、僕は誰でも疑います。明日の閉会式というタイムリミットがある以上、なりふり構っていられません」
「そうか。僕と神埼君はスマホが見つかった後、何もせず生徒会室から外へ出た。そしてドアに鍵をかけ、職員室にそれを持って行ったよ。鍵の貸し出しに関しては職員室に直筆の記録がある。早見先生の承認もそこに記載されているはずだ」
「そのとき、生徒会室に白鷺トロフィーは……」
「あったに決まっているさ。戸棚の中に鎮座していたよ」
純架はメモ帳にペンを走らせる。
「その日は――火曜日の放課後は、職員室で鍵を借りて、生徒会室に入り、その後鍵を返却したと。全体で何分ぐらいかかりましたか?」
「10分とかからなかったな。それも記録帳を参照すればすぐ分かる」
「ついでに伺いますが、周防先輩は鍵の業者みたく合鍵を作れますか?」
生徒会長は笑殺した。
「できるわけないだろう」
純架はここで若干間をおいた。やがて唇を動かす。
「周防先輩はこの白鷺祭をどう思っていますか?」
生徒会長は目をしばたたいた。
「ずいぶん話が飛ぶな。……いい学園祭だと思っているよ。生徒会として長きに渡って準備してきたからな。無事開催できて感無量だ」
俺は彼の口調に違和感を感じた。皮肉と慨嘆がスパイスされているような気配がある。周防先輩は俺の疑いに気づかず続けた。
「君たちもそう思うだろ? 楽しんでいるんじゃないか?」
「ええ、まあ」
「僕も楽しんでいるよ。ただし、白鷺祭と同じくらい、君たちの捜査にも関心がある」
白いスマホを取り出す。
「知り合ったのも何かの縁だ。電話番号を交換しないか? もしトロフィーが見つかったら、真っ先に教えてほしいというのもあるからな」
純架は了承した。
「いいご報告ができるよう頑張ります。……ほら、楼路君も」
「俺も? まあいいけど」
そうして俺たち三人は連絡先を教え合った。
俺と純架は周防先輩が去った後、しばらく経ってから生徒会室を出た。外から鍵をかける。純架はいつの間にか持ってきていた下敷きで自分の腕をこすり、ドアの施錠箇所を触って電流を走らせた。
「痛いっ!」
馬鹿か?
職員室に向かった俺たちは、鍵を返却ついでに、その使用者と時刻が明記されている記録帳を確認した。ボックス内にある戸棚の鍵のそれとはまた別のものだ。
「ああ、確かに火曜日に青柳先生と周防先輩の名前がある。ふうん、先に使ったのは青柳先生で、周防先輩は後か。周防先輩、放課後すぐの時間に鍵を借りてるな。妙だ」
俺は首を傾げた。
「それがどうかしたか?」




