100消えたトロフィー事件05
「宣伝チラシ、絶対こっちの案の方が良かったんだけどね」
そう言う純架は自分の描いたイラストを眺めている。俺はのぞき見た。
鉄の椅子に両手両足を固定された純架が、体に電気を流されながら『Oh! モーレツ!』と絶叫している。その横に毛筆で『渋山台高校の地獄の釜! これであなたもアハ体験!』と書かれていた。
良かねえよ。
そのとき、英二が叫んだ。
「いらっしゃい!」
見れば前谷翔一郎校長が、チラシを手に姿を見せていた。
「校長……」
俺は唖然とした。過去のいきさつから、前谷校長と宮古先生は絶対来ないだろうと踏んでいたからだ。
校長は機嫌が良さそうだった。
「肩叩き、よろしくお願いする」
純架は愛想よく元気に答えた。
「お任せください」
俺は校長を衝立の向こう側に案内した。上着を預かり、椅子に座ってもらう。その背後に純架が立った。
「校長、体の力を抜いてリラックスしてください。それからできれば目をつぶって、心持ち背中を曲げて……そうです、その調子です」
校長の死角にまどかが顕現する。彼女は純架と重なり、校長の背中に両手を添えた。純架がはりきって声を出す。
「では、叩かせていただきます!」
純架が対象の肩に連続して両拳を振り下ろす。それに合わせて、まどかが治癒能力を発揮し始めた。
校長がため息をもらす。
「なんだか気持ちがいいな。肩叩きって、こんなに効果あるものだったか?」
純架はリズミカルに乱打する。
「何、校長の肩が思っていたより凝っていた、それだけですよ。……ときに、なぜうちに来たんですか? 他に色々店はあったでしょうに」
前谷校長は苦笑した。
「君たちには失礼なことをしたと思って、それが今でも尾を引いていてね。謝りに来たんだ」
意外な吐露に俺は不意を打たれて押し黙った。反省してたんだ。
「もちろんそれだけじゃなく、これから色々な来賓を接待しなくてはならなくてね。その景気付けに、少しでもリラックスしたかったんだ」
5分は短かった。まどかは姿を消し、校長は終了を告げられると立ち上がって大きく伸びをした。爽快な声だ。
「信じられん。あれだけへばっていたのに、まるで一晩ぐっすり眠ったかのように疲れが取れている」
純架は100円を受け取り、アンケートを書いてもらうと、上着を着直す校長に笑いかけた。
「校長、宣伝の方、気が向いたらよろしくお願いします」
「ああ、任せろ。これは先生方に人気になるぞ。……そうそう、白鷺トロフィーの捜索も頑張れよ」
俺は心中汗をかいた。校長はトロフィーの盗難と、それを『探偵同好会』が追っていることを知っているようだ。
「じゃ、これで」
校長はあくびをしながら去っていった。その顔色は見違えるように改善されている。改めてまどかの力を思い知らされた気分だった。
「それにしても白石さん、治癒の能力があるなら、もっと広く活かしてもいいんじゃないか? 白石さんの助力を欲している人は、日本だけでなく世界中に巨万といると思うぜ」
まどかが再び姿を現す。俺を侮蔑するように横目で見た。
「あほ。あたしは慈善家やないんや。有名になりたいとも思わんし、そんな疲れることこっちから願い下げや」
英二が大声を出した。
「青柳先生、いらっしゃい!」
校長や青柳先生の宣伝によるものか、それとも噂が噂を呼んだか。うちの出し物は1時間半が経つころ、廊下に十数人が並ぶほどの活況を呈していた。
「いや、さすがに疲れた」
まどかに両腕を治療してもらいながら、純架は快心の笑みを閃かせた。
「口コミってのは凄いものだね。この中の何人かでも、『探偵同好会』に興味を持ってくれたらもっと嬉しいんだけど。……ともあれ、僕らの担当時間は終了だ。おや、来たね」
「お待たせしました」
日向が紅いデジタルカメラを首から提げて、黒縁眼鏡のつるをつまみ上げながら現れた。純架は彼女とハイタッチをすると、「今のは正式には『ハイファイブ』と言うんだ」と得意げに解説した。
今どき誰でも知ってる雑学だろう。
そこで、俺は『無人島の攻防』事件での英二との約束を思い出した。ごく自然に日向に話しかける。
「ねえ辰野さん」
「はい、何ですか」
「英二、この当番が終わると暇になるんだ。もし良かったら、あいつと校内を回ってやってくれないか」
日向は喜びもしなければ悲しみもしなかった。何一つ不審に思っていない様子だ。
「はあ、まあ……構いませんが」
日向の眼中に英二はいない。少なくとも特段異性として意識する相手ではない、ということか。少し英二が気の毒になった。
俺は受付の席に座る英二にささやいた。
「約束は果たしたぞ。当番が終わって飯田さん・菅野さんと交代したら、二人で学校内をデートしろ。辰野さんには英二がそのつもりだって言いふくめてあるから」
英二ははにかんで微笑した。
「悪いな、楼路」
「何、いいってことよ。俺たちは友達だからな」
俺と英二は平手を打ち合わせた。
「何をひそひそ話してるんだい?」
純架が日向と代わって衝立のこちら側へやってきた。
「さあ現場百遍だよ、楼路君。もう一度生徒会室へ行こう」
俺は「その前に」と言った。
「ちょっとトイレに行ってもいいか? 我慢の限界なんだ」
純架が微笑する。
「『鈴鹿8耐』かい?」
「何だそりゃ」
「何って、大の方のことだよ」
レースじゃねえよ。格好つけるな。
俺は小用を足すと、手をハンカチで拭きながら、純架と共に鍵を取りに職員室へ向かった。先生が数人しかいない中、宮古先生が応対してくれた。
「おう、聞いたぞ『肩叩きリラクゼーション・スペース』の噂。何でもお前らがやってて、凄い効き目があるそうだな」
純架は満面の笑みだ。
「宮古先生もどうです? 一回100円だからお手軽ですよ。なにせ缶ジュースよりも低価格で夢見心地の解放感が味わえるんですから」
宮古先生は目をそらした。
「うん、まあ、行きたいのはやまやまなんだけどな。ちょっと事情があるというか」
『探偵同好会』の飯田奈緒をふったからですよね。俺はその指摘を心の中だけにとどめた。
純架は生徒会室の鍵を手にした。
「生徒会室の戸棚のガラス戸を開ける鍵もお願いします」
「ああ。なくさないようにな。閉め忘れるなよ」
宮古先生は安田先生に頼み、職員室の壁に張り付いているボックスの鍵を開けた。その上で、中から純架所望の鍵を取り出す。
純架は呻いた。
「ここも鍵。一体犯人はどうやって三重の鍵を突破したんだろう?」
純架は記録帳に名前と時刻を書き込んだ。じっくり目を通す。
「生徒会室の戸棚の鍵は、前回使用が水曜日の早朝6時15分となってますね。使ったのは安田先生……」
安田先生は点頭した。
「うん、生徒会員の淡木から、トロフィーが紛失してると報告があって、僕が使ったんだ」
「そのとき戸棚の鍵は閉まっていたんですよね?」
「ああ、生徒会長の周防と淡木、それから僕が確認している。僕はガラス戸の鍵を開けて色々確認してみたんだが、ただただトロフィーだけが忽然と消えてしまっていたよ。いや、不思議だったねえ」
俺と純架は顔を見合わせた。
それから俺たちは再び生徒会室を調べ上げた。今回は戸棚の鍵も開け、内部を確認してみたが、一昨日の放課後と比較して特に異常は見られなかった。まあトロフィーを奪った以上、犯人はもうこの戸棚に何の用もないだろう。
散々調査し尽くして、得られた成果はゼロだった。さすがに純架も疲れたか、机にだらしなく伸びる。
「いったい犯人はどうやって鍵を突破してトロフィーを盗むことができたんだろう?」
俺もくたくたで頬杖をついてため息をこぼした。
「こりゃ思っていたより難事件だな……」




