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098消えたトロフィー事件03

「……では、校舎案内のチラシを200ほど多めに刷って、日曜日朝に正門前で配る。担当は柏木(かしわぎ)さんと古橋(ふるはし)さんだ。他には?」


「今日のところは以上です。各自配布したプリントを持ち帰り、よく読んでおいてください」


「じゃ、ひとまず解散だ。お疲れ様、皆」


「お疲れ様でした」


 どうやら会議が終わったらしい。生徒会の面々が帰り支度を始めていく。騒音の中、周防生徒会長が開いていた窓を閉じて鍵をかけていった。これは今日の当番なのだろう、二人の生徒がロッカーから(ほうき)を取り出し、床を掃き始める。俺と純架は邪魔にならないよう隅に寄った。


「どうだ、何か分かったか?」


 周防先輩が話しかけてきた。純架は左手で筒を作り、右の手の平に添えて、自分の目に近づけた。


「凄いよ楼路君! 掌に穴が開いているよ!」


 幼稚園児か。


 純架は生徒会長に何事もなかったかのように答えた。


「いいえ、何も分かっていません。全てはこれからです」


「はっきり言っておくがね」


 丸眼鏡の向こうで彗星が鋭く光る。


「僕は生徒新聞で『探偵同好会』とやらの存在は承知していたが、正直不快に思っていたよ」


 腕を組み、高圧的な態度を示した。


「学生の本分をわきまえず、探偵の真似事で自己満足に(ひた)る。確かに何件か解決に導いたようだが、はっきり言って非生産的だね。先生に依頼されたのなら仕方ない、我々生徒会も協力しよう。だがくれぐれも――」


 明確な敵意が顔面にみなぎった。


「くれぐれも、明後日からの学園祭の邪魔だけはしてくれるな。いいな」


 純架は礼節の仮面を取り去ろうとはしなかった。


「それはもちろん。お約束いたします」


 そうこうしているうちに、部屋の掃除は終わったらしい。係の生徒は掃除道具をロッカーに戻し、頭を下げつつ帰宅の途についた。


 周防生徒会長は純架に鍵を渡した。銀色のそれには大きなキーホルダーとプレートが繋がれている。


「じゃ、これが生徒会室の鍵だ。調べ終わったら施錠(せじょう)して職員室に返却だ。忘れるなよ」


「はい、ありがとうございます」


 純架は帰ろうとする周防先輩を引き止めた。


「もう少し。……あの、生徒会室で会議を開くとき、鍵はいつも生徒会長が管理してるんですか?」


 生徒会長はややうざったそうだった。


「基本的にはな。僕のときもあれば副会長の神埼君のときもある」


「そうですか。それからもう一つ。トロフィーがないと判明したとき、戸棚のガラス戸の鍵は開いていましたか?」


「閉まっていたよ。犯人がトロフィーを盗んだ後、鍵をかけたんだろうな。ご丁寧にな」


「どうも」


 部屋を出て行く最高権力者の背中を見送り、純架は改めて室内を調べまわった。使われたパイプ椅子、机を(あらた)め、何事もないのを確定させると、今度は窓を一つ一つ点検していく。


「窓の鍵は内側からかかるようになってる。1階だから、もし鍵が開いていれば窓から室内に侵入することは可能だね。少々窮屈(きゅうくつ)な格好を取らざるを得ないけど」


 俺は手近な窓を開け、そこから身を乗り出して外気に顔をさらした。


「窓の外は植木か……。もし窓から出たとしても、その瞬間は植物に(さえぎ)られて誰かに発見されることはなさそうだな。もっとも、その後人目にあわずに移動することは不可能そうだけど」


「そうだね。目立つ白鷺トロフィーを抱えていたならなおさらだ」


 純架は椅子に座って足を組んだ。両手を後頭部で組む。


「盗みにも四通りあるってことだね。すなわち、ドアから入ってドアから出る。窓から入って窓から出る。あるいはドア、窓。それか窓、ドア」


 俺は窓を閉めて鍵をかけた。


「ありそうなのはどれだ?」


「ドアの鍵があるならドアから出たり入ったりするだろうね。窓を使うと出て行くときに窓の鍵を外したままになってしまうし。ドアの方は、内側からロックするにも鍵が必要みたいだね。窓から窓以外の方法では、どうしても生徒会室の鍵が必要になるようだ。水曜日の早朝、ドアは鍵がかかっていたんだからね。それは犯人がドアから逃走したとするなら、合鍵を持っていて、わざわざ鍵をかけて去ったという事実の証明になる」


「つまり?」


「まだまだ分からないことだらけだ、ということだよ」




 翌日金曜日は、白鷺祭前日ということで午前中で授業が終わった。純架は旧校舎1年5組の根城へ全同好会員を集めた。


「実は昨日、宮古先生からこんな依頼があったんだ」


 純架は全員を椅子に座らせると、黒板に『春雨(はるさめ)食いたい』と自分の願望を書き殴ってから、事件の詳細を明かした。


「……というわけで、僕ら全員で白鷺トロフィーの探索を行なうことになったんだ。皆の力を借りたい。活発な意見交換を求めるよ」


 英二が愚痴(ぐち)った。


「また面倒なことに首を突っ込んだな。……そもそもその白鷺トロフィーは、そんな盗まれるようなご大層(たいそう)なものなのか?」


 すでに全員に、俺が昨晩自宅でプリントアウトした白鷺トロフィーのズーム画像を配ってある。英二はそれをさして言っているのだ。


 日向が首を(かし)げる。


「そうですよね。質屋に転売もできないでしょうし、正直学園祭の一賞品に過ぎないわけでしょう? そんなものを盗んでどうしようっていうのでしょうか?」


 純架は熱心に同意した。


「その点は僕も不思議なところだよ。動機が分からないっていうね」


 幽霊のまどかが床を見つめている。


「あれこれ考えていくと、動機は『学校に恨みを持つものが、仕返し目的でやった』と考えるのが自然やないか?」


「まだ断定はできないけど、その線は固いね」


 結城が英二の腕をもみほぐしながら発言した。


「トロフィーがどうしても必要だとおっしゃるなら、英二様の財閥に頼めば新しいものをすぐお造りしてもらえると思いますが」


 奈緒が苦笑して応じた。


「あのねえ結城ちゃん、それじゃ意味ないでしょ」


 俺はさっき搬入(はんにゅう)してきた軽めの衝立(ついたて)を眺める。


「動機はもちろん、どうやって、というのも疑問のままだ。生徒会室の鍵、トロフィーが収まっていた戸棚のガラス戸の鍵。二重の施錠がなされているってのに、一体犯人はどうやってそれを破ったんだ? それに、あんなかさばる代物を誰にも見つけられずに運び出す、ってのは相当難易度が高いぞ」


 純架は黒板に「アメトーーク」と筆記した。


 俺らはひな壇芸人か。


「なかなか手強い事件だね。面白いよ」


 英二が奇抜な発想を口にした。


「ありそうなのは『トロフィーを持ち出さず、何らかの方法で生徒会室に隠した』って手段だろう。戸棚の鍵のことを脇に()けば、盗んだブツを誰にも見つからずに持ち去るにはそれしかない。その辺はどうなんだ?」


 俺は純架と目を合わせ、首を振った。


「一応俺と純架で戸棚の上とかロッカーとか、隅々まで色々探してみたけど、トロフィーはなかった。隠されているということは絶対ない。確実に持ち出されている」


「そうか……」


 英二は結城の注いだ紅茶を優雅(ゆうが)に飲んだ。ポットに入れて持ってきたものだ。純架が「僕にも頂戴(ちょうだい)」とねだると、英二は鷹揚(おうよう)に許可した。結城が紙コップに()れて渡すと、純架は嬉しそうにすすった。


美味(うま)いね。……それはともかく、僕はこう考える。昼間は周囲の目があるからトロフィーを盗むことは難しい。となると答えは簡単だ。犯人はトロフィーを昼でなく夜に盗んだんだ」


 奈緒が異議を唱える。


「夜にこの校舎に忍び込み、生徒会室へ侵入して、戸棚の鍵を開けてトロフィーを奪ったっていうの? 鍵のことは()いておくとしても、この学校の夜中の警備システムはどうなってるのよ。そんなにザルなの?」


 ごく自然な正論に、純架も口ごもる。


「……そうだね、ちょっとその辺、先生方に聞いてみようか」

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