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この一瞬に命懸けで

作者: フッシー

 何をしているのだろうとは思わなかった。

 体が勝手に動くとはよく言うけれど、これは完全な無意識でも、意識してやってしまったことでもない。

 例えるなら沸騰したやかんに触ると反射行動が起こると意識していても、触ると反射行動が起こるみたいなことだろうか。

 その少女を見た時に一切の躊躇いなく僕は走りだしていた。走り出している間自分がどうなるのか予想はついていたが、それでも止まることは無かった。

 そして、僕は目の前の見知らぬ少女を精いっぱい突き飛ばしていた。

 呆然とする少女の瞳が疑問を訴え、顔は緊張しているように見える。

 横から明らかに法定速度を無視したトラックが猛スピードで迫ってくる。運転手は誰の目から見ても目を閉じている。

 徐々にトラックの正面部分の面積の範囲から少女は離脱していき、それにつられるように僕の体はトラックの正面に入り込む。

 数秒いや、あとコンマ何秒という時間で俺は確実に命を落とすだろう。

 だけど心に悲壮はなく、ただ晴れやかな気分であった。目の前の少女から見たら笑顔が移っていることだろう。

 昔何かの本で読んだが、死の直前には脳の活動は活発になり、精神状態が高まることにより、今までの人生が脳裏を駆け巡ったり、白い光が見えたりするらしい。

 これを走馬灯というらしいが、今の僕はまさにそれに入ろうとしているのだろう、目の前が白に染まってきた。

 その光景はまるで天国へ僕を導く祝福の光のようであった。


     ◇     ◇     ◇


「美咲、ううっ、美咲、美咲……」

 目の前で一人の妙齢の女性が泣いていた。

 女性が縋り付いているベッドには顔と体に白い布を掛けられている一人の人間がピクリとも動かずに横たわっていた。かろうじて見える首の肌の白さや体に掛けられている布に微妙な丸みがあることなどから、誰の目から見ても女性であることがうかがい知れるだろう。

 彼女は交通事故で亡くなった少女であった。

 横断歩道を渡っている時に突っ込んできた車に轢かれて、運悪く頭をコンクリートにぶつけてしまった。

 彼女の最後は笑顔で後ろにいた僕に振り返った瞬間。その顔は生涯忘れられないだろう衝撃で僕に大きな傷をつけた。

 実を言うと僕にはトラックが止まらないだろうスピードで少女に迫ってくるのが見えていた。

 トラックが突っ込んでくるわけがないとか事故なんて非日常な出来事が起こるわけがないといった無意識が頭に刷り込まれているのもあっただろうが、一番は、彼女の死と僕の死、どちらも意識して死というものが目の前に迫った時、体が動かなかったのだ。

 それが単に、急な生死が関わる出来事に反応できなかったのか、それとも死にたくなかっただけなのか。

 どちらにしろこの出来事は俺に大きな後悔を残した。あの時俺が動いていれば彼女は……。

 目の前で泣いている女性、少女の母の沙織さんに向かって僕はいつの間にか手を伸ばしていた。

「あ、あの……」

 体が緊張し、喉が涸れたようにいつもの声量が出ない。心臓が激しく脈動し、息遣いも荒くなる。まるで尋問を受けている犯罪者のようだ。

 沙織さんは、その声に反応したのか、ベッドに埋めていた顔を上げるとすさまじい形相で僕に詰め寄ってきて、胸ぐらを掴み上げ影に背中を叩きつけた。

「なんで、なんで美咲を助けてくれなかったの! どうしてあの子が……」

 いつもの優しく温厚な沙織さんではなく、顔にはこれまでにない激情を見て取れた。

 普通ならその顔に怯えたりするのだろうが、僕の心には安心感があった。この人が僕にこれほどまでの怒りをぶつけてくれることに嬉しささえ覚えていた。

――これで僕は。

 そう思った瞬間に沙織さんはハッとした顔になり、怒りをこらえるように歯を食いしばり震えながら俯いてしまった。

 数秒そうしてから深呼吸した後、俺の胸ぐらを離して、数歩後ろに下がって美咲ちゃんの方を見た。

 目元を袖でこすり、もう一度深呼吸をして呼吸を整えた。そうして僕の方に振り返った。

「ご、ごめんなさいね、みっともないところを見せて。こんなんじゃこのあの娘に笑われちゃうわね、フフッ」

 そう言って目元が腫れている顔で無理に笑顔を作っている沙織さんに僕は愕然とした。この人はこんな時にも僕を気遣っている。

 さっきまで身を焼き焦がすような憤りを僕にぶつけてくれようとしていたのに、今はいつの美咲さんに戻ったように見える。

 なんでだ、なんでそんな風に笑うんだ。目の前に僕がいるんだぞ。

「ぼ、僕、あの時、何もできなくて、それで美咲ちゃんが、死んじゃって、だから」

「いいのよ、慎一君は悪くないわ。ただ運が悪かったのよ。あの子が死んじゃったのは……」

 最後の方は再び事実を認識したのか涙声になっていた。

 あの時僕が突き飛ばしていれば美咲ちゃんは助かったんだ。今だからこそわかる、車に気付いたときに飛び出していれば必ず間に合う距離だった。

 彼女を殺したのは僕みたいなものじゃないか。

「ちがっ、僕が、僕のせいでっ……」

「さっき掴みかかってしまった私が言えたことじゃないかもしれないけど、そんなに思いつめないで。慎一君は――」

 違う、僕が求めているのは優しい言葉なんかじゃないんだ。

 こんななんの価値のない僕よりも、彼女が生き残ればよかったんだ。

 だからやめてくれ。俺には美咲ちゃんを助けられたんだ。だから、だからあなたは僕に他に言うことがあるはずで。僕は――

「――何も悪くないんだから」

 ――そんな言葉を聞きたいんじゃないんだ。

 峰が締め付けられるように痛い。

 なぜだろうこの人に苦しめてほしかったはずなのにこの痛みは凄く嫌だ。

「ねぇ、慎一君。ひとつきいてもいいかしら」

「……なんでしょう」

「この子の最後はどんな顔だった?」

 その質問には答えたくなかった。

 彼女が笑顔で死んだなんて言ったら、この人がどう思うかなんて分かりきったことだ。だからといって答えないといった選択肢はありえない。この質問の答えは沙織さんには知る権利があることだ。

 背反する二つの選択を選べず、どうすればいいかわからなくなり俺は黙ったまま俯いてしまった。

「……そう」

 そうしていると納得したのか沙織さんは微笑んだ。先ほどの状態からは想像もできない何よりも優しい慈愛の笑みだったがそれが俺には酷く恐ろしいものにしか見えない。

 もしかして僕の考えが読まれたのだろうか、そのうえで僕に微笑みかけたのだろうか。

 もしかして、僕は許されてしまったのだろうか。

 だとしたら、僕は、どうすればいいんだ。

 沙織さんは、それ以降何も言わずにただ彼女の亡骸を見つめていた。

 その光景を見ていると自分がどれだけ浅はかな人間なのかと思い知らされる。沙織さんは僕なんかよりもっと悲しいはずなのにこうして気丈にふるまっている。

 対して僕はどうだ。

 涙も出てこなければ、美咲ちゃんの死に悲しんでいるわけでもない、自分のことばかりじゃないか。

 自分のことばかりでまったくもって度し難い人間だ。

 やはり僕みたいな屑より、美咲ちゃんのような人格者が生き残るべきだったんだ。

 溢れ出る自己嫌悪と罪悪感を止められなかった。

 許されてしまったら、優しくされてしまったら、もう僕には謝ることしかできないじゃないか。

 ごめんなさい、こんな僕がのうのうと生きてしまって。

 ごめんなさい、あの時助けられなくて。

「ごめんなさい」

 か細い声でつぶやいた。

 その声が聞こえなかったのか沙織さんは美咲ちゃんの顔をじっと見つめるだけだった。

 その姿にいたたまれなくなった僕は静かに部屋から抜け出した。途中誰かにぶつかったりして文句を言われたが何かを返す気力もなく、ふらふらと道を歩く。どこに向かっているのか自分でもわからないが、それに逆らう気もなかった。

 当てもなく外を歩いている途中でアパレルショップのガラスケースに自らの姿が映り込んだ。

 派手で、おしゃれなコーディネートをしているマネキンの隣に映っている顔は自分でもわかるくらい酷い顔で、生気が抜け落ちたように真っ青になっていた。

 それを自覚すると急に足が重く感じて、歩くのも億劫になった僕は、ショップの向かい側にある誰もいない公園に向かい、ベンチに腰掛けて俯いた。

 しばらく何も考えられずに、じっと地面を見ていると、子供が遊びに来たのか甲高い声が耳に響いてきた。

 その声に反応し、何の気なしに顔を上げて子供たちを視界に入れた。小学生くらいの男女の子供二人が仲良さそうに走り回っていた。

 その光景に既視感を感じ、ふと周りの遊具やら、景色やらを見てみる。よく見ると昔僕が美咲ちゃんと遊んでいた公園だった。久しぶりすぎて気付かなかった。

 懐かしさを自覚していると、少女の方が転んでしまった。

 痛くて泣きだした少女を少年の方が優しく介抱していた。そういえば昔もそんなことがあった。

 とはいっても男女の方は逆だったが。

 小学生のころ、暗くて、運動神経もよくなかった僕はよくいじめられていた。その日もいつものように荷物を手の届かない所に持ち上げられからかわれていた僕の前に美咲ちゃんが現れ、いじめっ子をやっつけた。当時人気者で僕との接点なんて何もなかった彼女が僕を助けてくれたのは本当に意外だったが、そのあと僕も一発ポカッと叩かれた。

「悔しくないの! 男でしょ!」

 そう怒鳴った彼女に生来気弱な僕は怯えていたが、そんな僕の手を取って彼女は走りだした。

 何をされるのか戦々恐々だったが、公園に連れていかれて「特訓よ!」なんて言い出した。正直乗り気じゃなかったが、有言実行とばかりに筋トレやランニング、体育の縄跳びの練習などとにかく体を鍛えさせられた。

 そうして僕と沙織ちゃんは次第に親密な関係になっていき、少なくとも僕は親友だと思っていた。周りもそういう認知で捉え始めた。

 だから体鍛えたおかげというよりかは、人気者の美咲ちゃんと一緒にいたからいじめはなくなったんだろう。

 美咲ちゃんは僕の恩人で最高の友達なんだ。

 その恩人を僕は見捨てた。何一つも恩を返せなかった。

 だから僕は死んだ方がいい人間なんだ。

「そんなことないよ」

 俺の耳に力強い声が響いた。

 その声はどう聴いても少年の甲高い声であったが、一瞬誰かの声と被った。

「迷惑なんてことないよ。好きでやってることだから」

「だってわたしは何もしてあげたことないし……」

「別に何かしてほしくて一緒にいるわけじゃないよ」

「でも、それじゃあ……」

 少女の方は口ごもる。少年もそれを察したのか少しの間腕を組んで悩んだ後、何かを思いついたように手を打った。

「だったらさ、こうしよう」

 少年は立ち上がって満面の笑みを浮かべた。その顔はやはり誰かと被って見え、僕は目を離せなかった。

「今日の俺が助けた分だけ、誰かを助けてあげて」

 少女は少年に見とれていたようだが、言葉の意味を把握したのか、袖で涙を拭きとって笑顔で少年を見た。

「うん! 今度は絶対わたしが助ける側ね!」

「へへっ、やっぱいつまでもウジウジしてるより、そのほうがいいぜ!」

 少年と少女は笑顔で見つめあっている。

 その様子はまるで一枚の絵画のようで、とても素晴らしい芸術品を見た時のように目が離せない。

 今の俺の心には最も深く突き刺さる言葉。

 どこか懐かしさを感じさせる光景。

 いつの間にか心の中の暗い感情は薄れていた。完全になくなったわけではないけれど、少しは前向きになれそうな気がする。

 少年が足を怪我した少女をベンチに座らせるためかこっちに近づいてくる。僕は真ん中の位置に陣取っていた体を端っこに寄せた。

 それを見て礼儀正しく頭を下げてきたのを、僕は笑顔で返す。

 少女をゆっくり座らせた後ポケットからハンカチを取り出して、公園に常備されている水道の方へ走っていった。そして濡らしてきたハンカチを傷口に当て消毒を始めた。

「なぁ、お前ハンカチ持ってないの?」

「今日は忘れてきちゃったの……」

 どうやら消毒はできたらしいが、絆創膏の代わりになるようなものがないらしい。少年はどうしたものかと悩む。

「大丈夫だよ! このままこのハンカチを結ぶから」

 その様子を見て少女がフォローを入れた。

 濡れたハンカチを傷口に結ぶのは何となく傷に悪いイメージがあるが、彼らもそうなのだろう。少年は渋る様子を見せたが、それしかないと判断したのか濡れたハンカチを結ぼうとした。

 それを見て僕はポケットに入っているハンカチを取り出して少年の目の前に突き出した。

「これを使っていいよ」

 突然のことに少年は困惑していたが、やがて恐る恐る差し出したハンカチを受け取った。それを確認人した後に僕は立ち上がって、僕は格好をつけるように少年の頭を撫でた。

 最初は警戒していたが、ハンカチを渡したことでいい人だと思われたのか、気持ちよさそうに目を細めた。

「少年、君はいい男になるよ。僕が保証する」

「……はぁ」

 気のない返事を返されたが、知らない人に急にこんなことを言われたらこうなってしまうのが普通だろう。

 もとより何か返事を期待して話しかけたわけじゃない。だけど少年は何か言いたそうにあの、とか、えっと、とか言いよどんでいる。

 やがて決心したかのように顔を上げて目を合わせた。

「あの、ありがとう、ございました!」

 その言葉が心に染みわたる。年ごろの子供らしい元気いっぱいのお礼がここまで嬉しいものだとは知らなかった。純粋な気持ちというのはいつの時代も心に響くものなのかもしれない。

 しかし、だからこそこの子たちには言っておかなければならないと思った。

 丁寧にハンカチで少女の傷口を結んで、隣の空いているスペースに少年が座った時に僕はなるべく優しい口調で話しかけた。

「ねぇ、君たちはさっき誰かを助ける、という話をしていたよね?」

「え、うん、まぁそんな話だったかな」

「これは覚えていてくれたらうれしいんだが、誰かを助けるという事は言葉にすれば簡単だけど、実際出くわすと体動かないものなんだ」

「なんで?」

「もっと大きくなれば分かると思うけど、心っていうものは割り切れないことがあるんだ」

 まるで自分に言い聞かせているようだ。

 そうだ、そんなこともっと昔に分かっていればよかった。

「例えば学校の宿題はやらなくちゃいけないけど、好きではないだろう? そういう嫌な方の気持ちが浮かんでくると人は動きが止まってしまうんだ。それが取り返しのつかないことになることもあるんだよ」

 迷いは致命的な隙を生む。そのわずかな時間はどれだけ後悔しても一生戻ってこない。

 どれだけ前向きに考えても彼女はもう戻ってこないし、僕の中の罪悪感が消えたわけでもない。

 二人は顔を見合わせてと互いに確認を行ったが、「そうなの?」「わかんない」と、どちらも納得できないことだったらしい。その様子に僕は苦笑して少年の頭を撫でた。

「深く考えなくてもいいよ。いろいろ話したけど、つまりは誰かを助けるのに迷っちゃいけないって話だよ」

「ああ! それならわかる!」

 この子たちはまだ思慮が浅く、誰かを助けるということの難しさもわかってはいないだろう。いつか何か大きな後悔を背負うことになるかもしれない。

 だけどこの子たちの純粋な姿に僕の中の何かが変わっていったという事だけは本当のことだ。

「じゃあ僕は帰るね。ごめんね、変な話聞かせちゃって」

「ううん。そんなことないよ。むずかしかったけどなんかおぼえてなきゃって思った。」

「うんわたしもそう思ったよ。何というか……、心がこもってるっていうのかな、すごくためになるはなしだったよ。だから――」

 二人は顔を見合わせて、頷く。

『ありがとう!』

 ……初めて会ったのに、本当に子供というのは不思議なものだ。

「いや、こちらこそ……」

 先に言われてしまったが、これだけは言っておきたい。

「ありがとう」

 それだけ言い残して僕は公園を去った。


     ◇     ◇     ◇


 光から抜け出るように視界が元の道路に戻ってくる。

 そういえば僕は今危機的状況の中にいたんだった。死の恐怖というものがまるでなかったから気付かなかった。

 思えばあの時のことがなかったら、同じことをしていても心境がまるで違っていただろう。少女を助けるというよりはただの自殺のための行為だっただろう。

 あの子たちには感謝しなきゃならないな。こんな清々しい気分で死ねるなんて当時の僕からは考えられなかっただろうな。

 そう考えている内にゆっくりだが着実にトラックは迫ってきている。もうそろそろ僕の命も尽きるだろう。このスピードで直撃した時の衝撃は計り知れないが、きっと僕なんかの貧相な発想力じゃ想像もできないくらいの痛みがあるのだろう。

 だけど恐怖は一切無かった。

 今の僕にあるのは純粋な解放感と最後に誰かを救うことで贖罪できたことへの感謝だけだ。ああ、なるほど。もしかしたら宗教家の人たちはこの気持ちを知っているから神への祈りなんかを捧げるのかもしれない。確かにこの心が洗われていく感覚はそういうものと混同しても仕方ないかもしれない。

 だけど、そんな解放感に浸りながらもまだ完全ではない。

 まだ心の中にしこりはある。それは時間が立てば、いや、あと数秒ではれるものだが、それがあると僕という人間の終わりは完成しない。

 だからもうそろそろ始めようか。

 この世界のどこよりも緩やかに動いている瞬間を進めよう。

 僕は瞬きをした。一瞬のうちに暗闇と光が切り替わった。

 体感では一瞬だがそれでも時間が元の速さで動き始めたのは自覚できた。

 轢かれた。

 そう自覚したのは横からとんでもない衝撃を受けた時だった。人間がこんなゴミ屑のように宙を舞うなんて今まで思ったこともなかった。

 そのまま俺は高所からコンクリートに叩きつけられて道路に体を仰向けで横たえた。

 体から血を流しながら、倒れる僕に周りは静寂に包まれた。

 しかし、やがてこの事態を認識したのか一人の甲高い悲鳴からそこかしこで声が鳴り響き始める。

 だんだんと音が遠く聞こえてくる。

 周囲の人が悲鳴以外の声で何か騒いでいるのはわかるが途切れ途切れでうまく聞き取れず、目もいつものように開けない。気を抜けばすぐに閉じてしまいそうだ。

 だけど思ったより痛みは感じなかった。違う、正確に言うと体は痛いがまるで気にならないといった感じだ。

 これが死に向かっていくといった感じか。意外とあっさりしているように思える。

 でもよかった、これでやっと終わる。

 それを自覚すると心に残っていた最後のしこりもなくなっていくのをわかる。俺の命とともに消えていく感覚、凄く心地いい。

 そうしてどのくらい経ったのか分からないが、俺のかすれた視界に女の子の顔が入り込んだ。

 泣きながら俺に何かを言っているように消えるが、もうわずかな声さえ聞き取れない。そのことを謝ろうと思っても声が出ない。

 それでも僕は何か言葉を発しなければならない。これを言えないと僕はあの世で後悔することになるだろう。

 あの日からずっと抱えていた想い。

 公園で子ども達に教えてもらったこと。

 あの時少年達の言葉は心に響いたが、やっぱり僕はどっちかっていうと大人だから、そして子供でもあるから、純粋にもなれないし、割り切った考えもできない。

 だから結局こんな選択肢しか取れない。

 美咲ちゃん、今から僕もそっちに行くよ。また会えたなら絶対謝りに行くからね。それと今までのことのお礼も言うから。

 泣かないで、名前も知らない女の子。僕は君に感謝しているんだ、この機会を与えてくれたことに。だけどこんな姿は君にとっては一生のトラウマになるかもしれないね、それは謝るよ。

 僕は文字通り最後の言葉を絞り出した。

「ごめ……あり……がと……」

 ああ、今日は、空が青いな。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

一言でもいいので何か感想いただければ幸いです。

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