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ごつごつとした表皮を眺めて

作者: 鍵尾加子

やおやおやおやに行きます。


今日のゲストは春です。

まだ夏に過ぎないというのに。苦しいですか?

悲しいでしょうか?


ため息はつかないでください。


まだ、誰の声も聞こえない場所にいるのに。


苦しくて切なくて美しい秋の季節を通り過ぎて、

うすら寒くて凍えてしまう冬のさなかに、

毛布でぐるぐる巻きにして、上着の内ポケットにむりむり突っ込んで

両腕で抱きしめて、無表情で歩き続けて。

なんの生命の輝きも感じられなくて、希望も潰えてしまいそうで。

それでも信じて、白い息を吐き、時折みぞれ交じりになる冷たい雨に

頬を打たれて、冷たく強い風にきりきりと頬の皺の中に入り込まれ、

ざりざりと削られながら、それでも胸の内にある小さなものを信じて、

歩き続けてきました。


歩みを止めない革靴の中では右の親指の感覚がだんだんなくなっていきました。

はじめは親指、ついで人差し指、中指、薬指、小指。

削り取られていくかのようにジンジンと鈍い熱さに襲われて、

しまいには、感覚がなくなっていきました。

そうして暴力は左の足の感覚さえも奪っていきます。


靴の中の感覚はなくなっても、腕が感じている胴体、トルソーの

温かさを信じて、決して歩みを止めずに来ました。


ようやく、ここまでやって来ました。

感覚のなくなっていた足に、水っぽい熱さが戻ってきました。

そうして胸の中に抱えていたものからも、温かさが戻ってきたのでした。

死にたくない。死にたい。

今日のゲストは春です。




春を迎えるために、こうやって歩いてきたのです。


春になったら、桜の木の下で、首を吊って死のうと思って

歩き続けてきたのです。

春になったら、あたたかなこげ茶色の表皮をじっと見つめます。

ちらちらと目の中に飛び込んでくるのは、桜の花弁か、網膜の血管か。

だんだんと焦点を合わせられなくなって、そうして死に至るのです

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