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第33話 三日目09:35

 赤星は荒れていた。

 狭井をしとめきれなかった。仇を討てなかった。

「ちくしょっ! 何なんだアイツ! ほんとウゼえっ! 狭井に仲間がいるなんて聞いてねえぞ!」

 八つ当たりで手近な物や人を蹴り飛ばしそうな剣幕だが、身体強化剤の時間が過ぎて麻痺しているので、今のところ被害は出ていない。

 拠点にしている民家の一室。隣には月影も寝ていた。氷川は少し離れて体育座りしている。天童はそばであぐらをかいて、上から言う。

「落ち着け、赤星」

「てめーはそれしか言えねーのか!」

「本当に落ち着け、赤星。今の話だと、やっぱり攻めたのは失敗だった」

「ああっ!? なんでだよ!?」

「狭井たちが拠点を移す可能性がある」

 狭井兄弟と上江洲たちの関係性について正確なところがわからないが、完全に連携しているとしたら、赤星が狭井を攻めようとした情報は即座に伝達されるだろう。

「僕が彼らの立場だったら、居場所が割れたと判断して引き払う」

「……ざけんな。だったら引き払われる前にもう一回挑む!」

「そして上江洲に阻まれる。薬の浪費だ。そもそも、僕らは今日の移動だけで薬を使いすぎだ」

「……木崎さん」

 唐突に月影が口を開いた。

「今の情報、木崎さんに入れておいたほうがいいよね?」

「確かに」

 天童は通信端末を手にする。


「ちょうど僕たち、山の裏側にいるんだよね」

 木崎はすぐに通話に出た。天童はスピーカーフォンで音声を全員に共有する。

「やろうと思えば、こっちから上ることもできそうだ。両側から同時に攻めれば、その上江洲という奴に阻まれることはない」

「……攻めるつもりですか?」

「いや? やろうと思えばできると言っただけで、やるとは言っていない」

 木崎は沈着だった。

「狭井を倒すという君たちの意図は、まあわかる。ただ、あの狭井が対策を練っていないとは思えない。必ず何かある。ハニーや、ヴィーナスやエンジェルやマーメイドを危険に晒すわけにはいかない」

「何か女が増えてんぞ!?」

 赤星が声を上げたので、木崎は応じる。

「ああ、仲間を増やしていてね」

「こんな島でハーレム作ってる場合か。戦うためとか、身を守るために仲間を作るんならわかるが」

「僕はむしろ、戦わないために仲間を作ってる。戦いを引き延ばしていれば、運営者に隙が生まれる。僕はそれを待つつもりだ」

「……?」

 短い説明だったので、赤星は木崎の構想をイメージできなかったが、天童には伝わった。

「……なるほど。そういうことか」

「だから、狭井と戦うのはお勧めしない。負ければ死ぬし、勝っても大して得をしない」

「てめーは損得を考えてあの野郎を許すのか?」

「許すわけじゃない。避けるだけだよ」

 赤星と木崎の考え方は大きく違う。女性に対するスタンス以外でも相容れない。

「めんどくせー野郎だな。敵がいるのに遠回りなんてよ」

「生き残るためには、面倒くさがっちゃダメだ」


「木崎!」


 電話の向こうで、神永が声を上げた。悲鳴のような叫び。

 何かが動く音。風の音。

 赤星たちからは見えないが、緊急事態が起きたことは察せられた。 

 木崎の声が遠くなった。周囲の仲間に何か指示を出している。


「何が起きた!?」

「大丈夫だ。ちょっとトラブルが起きてるけど、大丈夫。君たちは助太刀に来なくていい」

「狭井か!? 狭井がそっちに行ったのか!?」

「狭井じゃないよ。本当、心配しなくていい。適当にやり過ごすから」

「てめっ、詳しく言えっ!」

「後でまたね」

 通話が切れた。ツー、ツー、と電子音が民家の一室に響く。

 赤星の麻痺が解け、バネのように跳ね起きた。月影も身を起こす。

 天童は溜息混じりに言う。

「……木崎さんは、来なくていいと言ったよ」

「まだ俺は何も言ってねーだろーが」

「赤星が行きたそうにしてるから、先回りしておいた」

「あいつが殺されてもいいってのか?」

「木崎さんと手を組まないのに、肩は持つんだ?」

「それとこれとは話が別だろ。狭井じゃないにしても、敵に襲われてんなら見殺しにはできねーし、敵の奴らの性根次第じゃぶっ飛ばさなきゃだろ」

「そのために、赤星は今日三錠目を飲む覚悟はあるか?」

 天童の厳しい表情を見て、赤星は言葉に詰まった。

 金井たちとの戦闘で一錠、病院から配付所で一錠使用していて、早くも二錠。

 破芝は、一日三錠が上限と言った。

「今ここで三錠目を飲んだとして、その後に狭井と遭遇したらどうする?」

「……四錠目を飲んで戦ってやるさ」

「それはダメ、こーせーくん」

 月影が口を挟んだ。

「四錠目を飲んだら、何が起きるかわからないよ? 本当に死ぬかもしれない。そんなことするくらいなら私や天童くんに任せて? 私じゃ頼りないかもだけど、天童くんなら信用できるでしょ?」

 赤星は、月影の説得で冷静になった。

 自分が突撃することで、後々、月影を戦地に立たせることになってしまう。月影でも身体強化していれば狭井相手に時間稼ぎくらいはできるだろうが、力負けすることは明らかだ。そうなったら、きっと自分は悔やむだろう。

「……あのヴィーナス野郎に似た結論になるのが癪だが、あいつにも一理あるってことにしとくか」

 赤星は矛を収め、木崎からの連絡を待つことにした。

 部屋の隅では、氷川が黙って体育座りを続けている。



 通話を切った木崎は、岩陰に身を隠していた。

 敵からの攻撃を受けている。灯台の方向から飛んできた投石は砂浜に着弾し、砂埃を盛大に舞わせた。身体強化の上で放たれた拳大の礫。もし身体に当たっていたらと思うとぞっとする。

 投石攻撃をしてくる敵の存在は、今朝、月影から聞いて知ったばかりだった。その情報があったから尾行を警戒していたし、通話中も神永と手嶌に絶えず周囲を見張らせていた。


「尾行はなかったはずでしたが……」

「たぶん、僕らの逆の道、山の西側を北上してきたんじゃないかな。運がないな」

 木崎と手嶌は、同じ岩の陰に身体を寄せて伏せる。普段の手嶌ならセクハラを非難するところだが、さすがにそれどころではない。

 神永は近くの別の岩に隠れている。

 魚住たち三人は海に逃げ込んだ。水中に潜って視界から消え、狙いを定めさせない。息継ぎのために時々顔を出しては、素早く潜水し、どんどん遠ざかっていく。

 投石攻撃は、数秒ごとに海に向かって飛翔していくが、すべて海面を叩くだけで、魚住たちを捉えることはなかった。

「彼らと同じことができたら、この窮地は脱せられるわけだ」

「できないこと言ってもしょうがないでしょう。私と神永さんはともかく、木崎さんには無理」

「そうなんだよなあ」


 木崎は水泳が極端に苦手だった。運動神経は良いのだが、コツを掴めていないのか、体質のせいなのか、幼い頃から身体が水に浮かない。

 島からの脱出を目指す上で、今後差し障るかもしれない弱点。運営者の船を乗っ取る展開になった場合に、取れる行動の幅が狭まる。だからこそ、魚住たちと友好的な関係を結べたのは大きいのだが、今この場では連携できない。

 魚住たちは沖まで出て、投石手の射程圏外に逃れたようだった。投擲の矛先が切り替わり、木崎たちが隠れる岩めがけて礫が飛んできた。

「……っ!」

 岩に直撃。衝撃を体感して、手嶌は恐怖で反射的に目をつぶった。礫は砕け散り、岩を貫通することはないのだが、即死攻撃が迫ってくる事実に精神が削れていく。

「くっ、薬を使っちゃダメですか?」

「僕の合図を待ってくれ、エンジェル」

 木崎は岩から僅かに顔を出し、灯台方面の様子を伺う。

 ひとり、砂浜に降り立った者がいた。小走りでこっちに向かってくる。

 小柄な女子。ベリーショートの髪を赤銅色に染めている。高校の制服ではなく、Tシャツとスパッツという身軽な服装。

 石を持っていないところを見ると、投石手本人ではなさそうだ。木崎たちを炙り出して、別の場所からの狙撃でしとめるという狙いだ。

「敵が女子だなんて……!」

 木崎は絶望した。


 女性と戦う、ましてや殺すなどという選択肢は木崎にはない。戦闘を回避すべく、木崎は交渉を試みることにした。岩陰に隠れたまま声をかける。

「ヘイ、ガール。まずは自己紹介させてくれ。僕は木崎紳一。女性に対して日本で最もジェントルな男と評判の木崎だ」

「うわ~、すごくキモい自己紹介だ~。あ、私は金井カナ」

 金井は引き気味の笑顔で応じた。敵対姿勢ではあるが、コミュニケーションの余地は一応あるらしい。問答無用で攻めてくるわけではない。

「金井さん、話し合う気はないかな?」

「にゃは? 話し合うって、何を~?」

「まず、君のお仲間に伝えてくれないかな? 石を投げるのをやめてほしいって」

「何で~? 私にメリットないじゃ~ん?」

「メリットならある。君たちの仲間が増えるというメリットが」

「……どゆこと?」

「僕らは君たちに楯突く気はない。むしろ、仲間を増やしたいと思ってたところなんだ。今、協力して動ける仲間が僕たちを含めて九人いる。君たちは三人とも健在かな? 加わってくれれば十二人になる」

 木崎はナチュラルに赤星たちを数に入れている。赤星の意思を無視しており実態に即していないが、数を多めに申告したほうが説得材料になる、という計算があった。

「ふ~ん? で? 人数増やして何したいの~?」

「殺し合いを引き延ばす。究極的には、島にいる全受験者と協力できればいい。戦わないことで運営者を焦らして、隙を突いて島を脱出する。不確定要素が多すぎて大雑把な計画しかできてないけど、決して不可能じゃないと思ってる」

「そっか~、引き延ばしか~」

 金井の表情の質が変わった。敵意を隠すための笑顔から、残忍な冷たい笑みへ。獲物を狙う目だ。


「……薬! ヴィーナスもエンジェルも飲んで!」


 殺意を察知して、木崎は指示を叫んだ。自らは薬を飲まず、全力疾走で岩から離れた。

 一瞬後、金井の蹴りが炸裂し、隠れ蓑の岩が砕け散っていた。

 破片が空高く舞って落ちてくるよりも先に、神永と手嶌は動いた。金井に猛然と飛びかかり、動きを封じ込めにいく。金井は身軽な動きで回避し、無防備な木崎を追いにいくが、神永をかわすと手嶌が、手嶌をかわすと神永が立ちふさがって遮る。

 波打ち際を走る木崎に向けて、灯台から礫が放たれるが、投石手の所在が明らかな今、軌道を読むのは容易かった。木崎の俊足をもってすれば、身体強化するまでもなく回避できる。間違って一撃でも喰らえば致命傷となる綱渡りだが、十分後、神永と手嶌が麻痺した時に備えて、木崎が薬を飲むわけにはいかない。

「へえ~、度胸あるう~」

 金井が感心して口を尖らせた。

「木崎くんって言ったっけ? そんなに度胸あるのに、思いつく作戦が『引き延ばし』だなんて、ほんともったいないよね~?」

「な、何を」

「私はね~、短期決戦が望み! こんな島、一刻も早く出て行きたいの!」

 生存者を減らせばこの「試験」は終わる。金井の目標は木崎と正反対だった。

 金井はスパートをかけて木崎に迫ろうとするが、やはり神永が阻む。

 膠着状態。

 身体強化した者同士では、どうしても五分の勝負になる。攻撃力が向上するが、耐久力も上がるので決定打がなくなってしまう。守りやすく、攻めにくいパワーバランス。金井にとっては不都合な様子だった。

「ああ、もう、いいや。あ~きらめたっ!」

 そっぽを向いて去っていく。

 実際問題、戦い続けると先に麻痺するのは金井なので、去るしかないのだ。金井たちの勝ち筋は先制の奇襲攻撃。鍵山の投擲が外れた時点で形勢は悪かった。

「この攻め方、何かダメっぽいなあ~。もうちょっと別の作戦考えなきゃな~。っていうか、鍵山くんのノーコンが治ったら全部解決なんだけど」

 仲間への当てつけのように、大声でぼやきながら歩いていく。

 木崎にとって、一難去ったと言える。

 しかし、先は思いやられる。

 金井は今後も木崎の敵対者として襲いかかってくるだろう。男であれば戦うだけだが、金井は女なので気が重くなる。


「ひとまず、ありがとう。さすがはヴィーナスとエンジェルだ」

「このくらいは軽いわよ。あちらさんも結構動ける子だったけど、こっちはふたりがかりだし、大したことはなかった」

 神永は戦況を冷静に振り返った。

「もっとも、あちらさんが三人目を投入してきたら、もっと苦しくなったでしょうね」

「それはそうと木崎さん、私たちはあと何分かで麻痺するんですけど、変なことしたらひっぱたきますからね」

 手嶌は冷たい目で木崎を牽制している。



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