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第30話 三日目09:15

「協力してもらえないだろうか?」

「脱出、脱出ねェ……」

 魚住は目を丸くして言う。

「確かさァ、あの運営の破芝とかいう奴は『島から脱出しようとしたら死刑』的なこと言ってなかったけェ?」

「そうだね、言ってた。でも、僕たちは運営者に喧嘩を売ってみたいと思ってる」

「死刑、怖くないんだァ?」

 運営者は反逆阻止の名目で、初日に数名の受験者を狙撃して殺害している。銃火器を装備し、くわえて、身体強化剤を大量に保持した兵が数十名。

「勝算はァ?」

「現時点では、まだ何とも」

「わからないのに、脱出を目指すのォ? 度胸あるゥ」

「度胸というよりも、単純な比較なんだ。運営者に従った場合、僕の勝算はほとんどゼロだ」

「えェ、何でェ? あんた結構強そうだし頭も良さそうじゃァん? 生き残れそうな気がするけどォ?」

「僕は女性を殺せない」

「……はァ?」

「僕は女性を尊重している。女性を尊重できる男でありたいと思っている。女性をこの手で殺してしまったら、僕は自分を呪って自殺してしまうかもしれない。いや、男を殺すのも嫌なんだけど、特に『女殺し』は想像したくない。他の受験者を見たところ、半数近くは女子だ。彼女たちを殺してまで生き残ろうとは思わない」

「へェ、かっこいいィー。あたしみたいな不細工な大女も尊重してくれるのォ?」

 魚住が捨て鉢に、棒読み口調で尋ねると、

「とんでもない。あなただって美しいじゃないか、麗しのマーメイドよ」

 木崎は大真面目に応答した。

「ま、まーめいどォ?」

「人魚ってことです、姉御」

「いや、そりゃ知ってるさァ。知ってるけど、そんな呼び方するかな普通ゥ?」

 魚住は顔を赤らめ、両隣に座る後輩男子ふたりに視線を送って助けを求め始めた。

 木崎は勢いよく立ち上がり、興奮気味に主張する。

「そう、その感じ! ヴィーナスもエンジェルもよく見てくれ! 女子が動揺して顔を紅潮させる様子! これが美しいんだ! 女性の美しさは、この表情と所作に宿る!」

「え、ええ、そうね……」

「わかりました……」

 神永も手嶌もドン引きしていた。


 魚住は何とか精神を立て直し、小さく挙手しながら尋ねる。

「あ、あー、話戻していいかァ? あんたが殺し合いを避ける、そして脱出を目指す理由はわかった。でもさァ、具体的な方法はあるわけェ? 死刑にならずに、この島を出られる方法なんてさァ」

「ちなみに、身体強化剤を飲んで泳いで他の島や本州を目指すなんてことは、不可能だ」

 それまで黙っていた、もうひとりの海パンの男、貝塚が発言した。長い顔に顎髭。目は細くてつり上がっており、視線には老成した野武士のような迫力が満ちている。

「魚を捕るために何度か身体強化状態で泳いでみたが、全力を出したとしても時速百キロは越えない。一蹴りで二十五メートル以上進めるから凄いことは凄いんだが、クルーザーと同じか少し速い程度。それが十分しか持続しない。他の島にたどり着く前に麻痺して溺れ死ぬか、それより前に運営者に取り押さえられるか、どちらかだろう」

「貝塚の兄貴も、そんな情報提供しちゃって! こいつらのこと信じるんですか?」

 海老名は困惑している。貝塚とは対照的に童顔の坊主頭。一年生で体格はまだ貧相だが、三年生の魚住、二年生の貝塚に対して堂々と意見している。

「……俺は百パーセント信じたわけではない。だが、初日の狭井のような悪辣さはないと見た。それに、俺が提供した情報以上の話が、彼らから得られれば問題はない」

 貝塚は表情を微塵も動かさず、細い目で木崎を値踏みするように見つめた。言外に、大した案がないなら去れ、という意図を滲ませている。


「なるほど、確かに僕は返礼をしないといけない」

 木崎は悠然と語る。

「まず、懸念されている点は大丈夫。僕の脱出案は、自分たちの手足で泳ぐというものではない」

「ほう? では何を使う?」

「飛行機か船を」

「……へェ? そんな乗り物がこの島にあるとは思えないけど、何か見つけたのォ?」

「いや、見つけたわけではない」

 魚住たち三人は呆気にとられた様子だった。顔を見合わせ、首を捻り、疑問を口にする。

「見つけてもない乗り物に、どうやって乗るつもりなのさァ?」

「飛行機や船を、運営者が島に呼ぶように仕向ける」

 木崎の構想はシンプルだった。


「運営者も、この島に滞在している以上、自分たちのための食糧を持ち込んでいる。それに、僕たちのための食糧も。どの程度の量を持ち込んだかは不明だけど、無限ではない。いつかは必ず底を尽く。試験を続けるつもりであれば、飛行機か船で物資を輸送するはずだ」


「その船を、乗っ取る、ってわけかァ……!」

 魚住は感心しながら、笑みを浮かべていた。

「だから、僕のプランは『試験をできるだけ長引かせること』だ。僕に賛同してくれる受験者が増えると、戦闘を回避できて、生存者を維持したまま時間を稼げる」

「いいじゃん、それ。あたしは協力してもいいと思うなァ。どうよォ、ケンちゃん?」

「……姉御がそう言うなら。ただ、運営者はこの計画を潰しに来るはずですよ? 確か、言ってましたよね? 『他人を殺さない奴にはペナルティー』的なこと」

「そのあたり、運営がどう動くか読めないから、僕も気をつけようと思う。ただ、どんなペナルティーが来ようと、僕は逃げ切ってみせる。いや、ヴィーナスとエンジェルと、他の賛同者のレディたちを守り切ってみせる」

 堂々たる宣言だった。

 既に、神永と手嶌は木崎の案に賛同している。魚住たち三人も、協力の意思を固めようとしていた。



 当然、この会話は運営者の破芝良も傍受していた。



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