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第3話 初日17:08

 この場において、破芝の意図を最も正確に把握していたのは、狭井だった。


 破芝が始めようとしているのは、この一千名の殺し合いによる人材の選別だ。

 推理のための材料はいくつもあった。身体強化剤が配られたこと。警察が存在しないこと。これらの状況は明らかに殺人を促進するために整えられたものだ。

 パニック状態になるのを避けるため、対象者が一カ所に集まっている今はまだ伏せておいて、散った後、次の通信でその旨を伝えるという算段なのだろう。殺し合わせ、生き残った何人かを組織に迎え入れる。

 その人数までは狭井の知ったことではないが、何人であろうと、競争相手は減らせるときに減らしておくべきだ。大半の人間が状況を理解できておらず、無防備に集まっている今この瞬間が最大の好機だと判断した。

 言質はとってある。運営者へ手を出さない限りは、何をしても許される。文句をつけられる筋合いはない。自分たち三人以外を全員殺し、「試験」とやらをこの場で終わらせる。


 普通の高校生の発想ではない。殺すことが可能で、自分たちの利益になるとしても、躊躇なく実行に移せる者はそういない。案の定、動いたのは狭井だけだった。

 破芝の合図と同時に、錠剤を噛み砕き、身体を強化。この薬の存在は以前から知っていたが、実際に服用するのは初めてだ。力試しを兼ねて、目の前の座席を思い切り蹴り飛ばしてみた。

 自分の足が、かつてない速度で動いたのを知覚した。

 低い衝撃音が響く。

 一撃で、座席はもちろんのこと、周辺の人間も数人まとめて宙を舞っていた。講堂の高い天井まで、人体と座席の破片が飛び、血の雨ととともに落ちてくる。


 突然の衝撃に、周囲が怒号と悲鳴で騒然とする中、狭井の動きは止まらない。難を逃れた手近な人間の顔面に拳を叩き込む。拳が作り出した風圧だけで、人を倒せそうな勢いだった。直撃し、顔面は凹んだ。身体全体が浮き上がり、壁めがけて飛んでいく。背後にいた数十人をドミノ倒しの要領で巻き込み、まとめて圧殺した。


「薬は本物、と……」


 思わずほくそ笑む。元々、格闘能力が高い狭井だが、ここまでの力を手にしたのは初めてだ。圧倒的な破壊力。そして、どういうわけだが、ここまでのことをしているのに、自分の足や拳に痛みが一切ない。破芝の解説どおり、十分間は自由に暴れられる。


「逃げろっ!」

「ヤバい、死ぬ死ぬ死ぬ!」


 生き残った者たちは叫び、講堂の出口に殺到するが、


「逃がすと思ったか?」


 この場で「試験」を終わらせたい狭井が、逃走を許すはずがない。逃げる者たちに飛燕の速度で追いつき、蹴散らしながら追い越していく。他の者たちの目は、狭井の残像を捉えるのが精一杯だ。

 結局、講堂を出ようとした者は、ひとり残らず倒れ伏し、出口周辺は死屍累々の惨状となった。


(ここから反転して、逃げ場を失ったノロマどもを潰していけば終わり、と)


 残忍な笑みを浮かべ、振り返ろうとしたところで、


「おい、てめー」


 至近距離から声をかけられたと思った次の瞬間、狭井の頭部に攻撃が飛んできた。とっさに腕を掲げて防ぐが、衝撃が骨に響いた。


 攻撃は、蹴りだった。蹴り足の速度も威力も、明らかに人間を超越したものだった。相手も身体強化剤を使ってきている。

 相手は、最前列にいたはずの赤星恒晴だった。最初に破芝に突っかかっていったので、印象に残っている。怒気に満ちた表情で、狭井に問いかけてきた。


「てめー、いきなり何してやがんだ?」

 狭井は鼻で笑って応じる。

「……俺の思考が理解できないのか? 低能だ。だが、低能にしては対応が早い」

「ああっ?」


 赤星が声を荒げ、再び蹴りを放ってきた。

 試験開始から三十秒で、早くも状況が大きく動く。



 最前列にいた赤星は、後方での異変を見て、迷うことなく身体強化剤を服用した。


「おい、赤星、待っ……」


 天童が制止しようとしてきたが、無視した。もちろん、天童にも言い分はあるのだろう。後先のことまでよく考えてから動くべき、というのも一理ある。だが、狭井の暴虐を見て何もしないでいられるほど、赤星の度量は広くない。


(弱い者いじめしてる奴を見てると、単純にむかつく)


 無抵抗のままに蹴られ、殴られ、殺された者の数は既に百名近くになっている。生き残った者たちは、取り乱して泣き叫びながら逃げようとして、難なく追いつかれ踏みつぶされていく。悲鳴が連鎖する中で、狭井だけが生き生きと躍動していた。


(あの野郎、いい気になりやがって……!)


 狭井に蹴散らされたのは赤星にとっては見ず知らずの者たちばかりで、肩入れする筋合いはないが、昔からの性分には逆らえなかった。


 最後列に向かうため、赤星は座席のエリアを迂回して走ろうといたが、一歩目に違和感があった。

 普通に走り出しただけなのに、一歩で十メートル以上も前進してしまった。危うく壁にぶつかるところだった。「走った」といより「跳んだ」といったほうが近い。過剰に強化された脚力に戸惑った。


(すげえな、この薬……)


 破芝に叩きのめされたことで薬の効果を理解したつもりだったが、あんなものは片鱗でしかない。


(この感じなら、迂回なんかしなくても、いけるか)


 その場で止まり、最後列を見据える。下手に助走はせず、軽く身を沈めて力を溜め、


「でいやっ!」


 跳躍した。立ち幅跳びに近い要領で、普通に跳べば三メートルも跳べれば上出来というところだが、身体強化した今なら優にその数十倍は跳べる。五十メートル以上にわたって連なる座席を、軽く跳び越えていく。


 滞空中に、背後から「こーせーくんっ!」という月影の悲痛な声が聞こえた。応援ではなく、非難するような声色だった。行かないで、戻ってきて、という声。

 心配してくれているのは、わかる。だが、もう跳んでしまった。跳ばない選択肢はなかった。


 力加減がうまくいき、赤星は狭井の背後、数メートル手前に着地した。狭井が目の前の獲物に気を取られている隙に接近し、「おい、てめー」と声をかけながら蹴りを放った。

 後ろ回り蹴り。

 隙の多い大技である。勢いをつけられるため威力は高いが、見切られやすい。赤星は派手で見栄えの良い技を好んで身につけていた。

 振り返った狭井の顔面を蹴り飛ばすつもりだったが、腕でガードされた。狭井は顔をしかめたものの、目立ったダメージはない。


「てめー、いきなり何してやがんだ?」

 赤星は嫌悪感も露わに凄むが、狭井は鼻で笑うだけだった。

「……俺の思考が理解できないのか? 低能だ。だが、低能にしては対応が早い」

「ああっ?」


 怒声とともに二撃目を放つ。が、悠然と見切られ、蹴り出した右脚を掴まれた。不安定な片足立ちの姿勢になる。


(しかし、この薬、どうなってんだ?)


 大きな違和感がある。

 強化された赤星の蹴りを受け止めて、狭井の手が無事という点。逆に、強化された狭井の五指に握られて、赤星の足が無事という点。身体能力が上がっただけなら、どちらの肉体も無事では済まないはずだ。どうやら薬は肉体の強度自体も向上させるらしい。


「低能が考え事をしたところで、何も思いつくまい」

「んだと?」


 赤星が悪態を返す間もなく、狭井は赤星の右脚を両手で抱えるように持ちかえ、腰をひねって力任せに投げ飛ばした。再び宙を舞う赤星。まだ人が残っている座席に背中から叩きつけられ、何人かを下敷きにした。

 痛がりつつも起き上がり、赤星は周囲でうろたえている人々を見て、怒鳴り散らす。


「てめーらもてめーらでボサっとしてんな! とっとと逃げてろ!」

「でも、逃げろって言ったって出口が……」

「薬飲めばどこからでも逃げられるだろ! 壁とか窓とか壊していけ!」


「させなーい……」


 赤星の呼びかけに応じて薬を飲もうとした者もいたが、その背後を影が走った。走られた後で、次々とその場に倒れていく。見ると、全員、首が雑巾のように捻られ、顔と胴体が逆のほうを向いて絶命している。


「うちの兄貴の邪魔はさせなーい……」


 影の正体は、狭井の弟だった。体格は小柄で、狭井とは似ても似つかない、気怠げで無表情の男。兄弟だとにわかには信じられないが、明らかに連携して動いている。

 着用している学ランのデザインは狭井と同じだ。前髪は長く、ほとんど目を覆い隠さんばかりになっているが、その下の目は猫のように大きく見開かれている。瞳は接着剤で固定されたかのように一切揺れ動かず、敵である赤星を凝視していた。五指の爪を立てて、隙のない構えを作っている。

 敵の不気味さと、足下に転がる死体の数に、赤星は絶句した。


「狭井家の人間以外は、ここで全員死んどいてよ……」


 彼の声は幽鬼のようにか細く、しかし、強烈な殺意に満ちていた。

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