表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/34

第29話 三日目09:05

 島の北半分を占める山は、標高八百メートルを越える。三百メートル地点には牧場跡がある。麓から歩いて一時間程度。狭井三兄弟がここに拠点を構えたのは、高所から南の平地の様子を見下ろせること、敵が襲撃しにくいこと等、利点が多くあるからだった。

 ただし、死角がないわけでない。牧場は南側を向いているため、北側の様子は不明となる。

 狭井はそれを認識していたが、無視していいと判断した。山の北側にはほとんど何もない。海沿いに車道が通っていて、途中に小さな灯台があるくらいで、他に建物は皆無。しかも配付所から遠くて不便も大きい。こんなところを拠点にする者がいるとは思えなかった。


 そんな場所を、木崎、神永、手嶌の三人が歩いていた。右手に海を見ながら、山の東側の道を北上していく。

 木崎たちもここを拠点に選んだわけではない。島の全域を把握するための探索である。

「海風が強いですね……!」

 手嶌は顔をしかめた。ショートカットの髪が乱れ、前髪が目に入りそうになるのを手で払う。

「ほんと。ここ、この島で一番居心地が悪いんじゃない?」

 神永の長い髪も暴れる。普段はつけないヘアゴムを取り出して、後ろ髪をまとめる。

 ふたりの女子の様子を見て、木崎は苦い顔をした。

「どうしたんです、木崎さん?」

「ヴィーナスもエンジェルも、髪よりもスカートを気にしてくれ!」

 このような探索には、本来であれば動きやすい服装を用意するべきだが、彼らには高校の制服以外に着る物がなかった。スカートがはためき、太腿が露わになっている。

 しかし、神永も手嶌も素っ気なかった。

「忠告はありがたいですけど、今さらでしょう」

「気にしたところで、ここには木崎しかいないわけだしね。だいたい、木崎なら喜びそうなものと思ったけど」

「……確かに、このシチュエーションは男子としては眼福だけど、君たちはわかっていない! こういうのは女子に恥じらいがあってこそなんだ! あんまりあからさまだと萎えてしまう! 今のこの感じはイマイチなんだ! 次からはもっと恥じらってくれ! 慌ててスカートを押さえてくれないと、僕は嬉しくない!」

「…………」

「…………」

 木崎は熱弁したが、神永も手嶌も冷たかった。木崎の思惑を叶えてやるのは何か癪だ、という気分的な問題もあるが、より大きいのは、今この瞬間も殺し合いの最中であるという事実だ。どこから敵が襲ってきてもおかしくない今、恥じらいよりも視界確保が優先される。

「いや、うん、敵を警戒できているって意味では隙がない。いいことだとは思うよ? 思うんだけどね?」


 右手に見える海辺は砂浜ではなく岩だらけだ。左手は山裾で、木と雑草が生えているだけ。どちらにも人の気配はない。時折、後方を振り返って尾行者対策もしているが、杞憂のようだった。

 道が左に緩いカーブを描き始めた。島の北端が近い。

「……灯台、でしょうか」

 手嶌が前方を指差した。木崎も神永も視認し、頷いた。

「人がいるかもしれない。警戒」

 それまで緩みきっていた気を引き締めて、木崎は身振りで陣形を指示した。三人が同じ位置にいると、身体強化の一撃で全滅しかねない。神永を右翼、手嶌を左翼に配置し、自身は正面切って灯台に接近する。

 灯台の高さは十五メートルほど。ドアがあって人が入れるようになっている。三人で居住できる程度の広さはありそうだ。


 ドアをノックして、誰かいないかと呼びかけてから、木崎は警戒しながらドアを開けた。

 中は無人だったが、ここを拠点としている受験者がいるのは明らかだった。島の他の建物と違って、埃が綺麗に払われている。運営者から配られた食糧の容器が、空になって置かれていた。また、高校の女子用の制服が、畳んで置かれている。

 階段があり、灯台の上部に上れるようになっている。そこにも誰もいなかったが、階段の途中に男子の制服がふたり分、脱ぎ捨てられていた。

 木崎は神永と手嶌に合図を送って、中に入るよう促した。

「……木崎さん、エロいことを言ったら叩きます」

 脱いで置いてある制服を見て、手嶌は淡々と言い放った。

「先回りされてるなあ。うん。わかった。妄想はしておくけど、何も言わないようにするよ」

 木崎の軽口を受け流して、神永が言う。

「ここにいた三人は代わりの衣服を持ってるってことね。つまり、洋服屋さんを既に見つけてる可能性が高い」

「そして外出中。配付所に行って戻ってくる途中か、別の場所を探索しているか、ってところでしょうか。服屋の件を考えると後者っぽいですが」

「どうするの、木崎? ここで待って交渉する?」


 木崎は少し考え込んでいた。

 彼は大がかりな計画を立てていた。その計画を成立させるためには、他の受験者からの協力を得る必要がある。留守とは言え、せっかく痕跡を見つけたのだから会っておきたい気持ちは強い。しかし、相手も島を探索しているとなると、拠点に戻ってくる時刻が読めない。自分たちの丸一日を棒に振ることになるかもしれない。実際、昨日はそれで数時間を無為に過ごした。

 待っていてはダメだ。彼らが行った先を予想しなくては。


「……海だ」

 木崎は答えを出した。

 手嶌の意見にも一理あるのだが、もし彼らが島内の探索に熱心であるなら、島の北端を拠点として選ぶわけがない。選んだからには何か利点があるはずだ、と考えた。

 ここには道と山と海しかない。ならば、海だろう。服が脱いであるのは、水着を調達して泳いでいるからだ。

 自分の推理を説明をしながら、木崎は海へ駆けだした。神永と手嶌は戸惑いつつもついていく。

 小さな砂浜があった。

 そこに、水着姿の高校生が三人いた。

 全員あぐらをかいていたが、ふたりの男子はすぐさま立ち上がり、木崎たちを警戒した。

 対照的に、女は呑気に座ったままだった。

「おっ? お客さんかァ? ご馳走してやるから、こっち来なよォ」

 屈託のない笑顔と間延びした口調で、木崎たちも座るように呼びかけている。

 彼らは魚を焼いていた。



 運営者から配られる食糧だけでは足りない、お腹が空く、というだけの理由で、彼らは凄まじい執念で動いた。

 島の中心部の商店を巡り、水着やゴーグル、銛など、海中活動に必要なものを調達。ついでに調理のための金網や燃料も回収し、自給自足体制を整えた。

 殺人者の存在を歯牙にもかけない大胆な動き。

 もっとも、男子ふたりはまっとうな感覚で恐怖心や警戒心を抱いていた。リーダー格の人物が鈍感だったからこその采配である。


 魚住沙智。

 大柄な女だった。今はあぐらをかいているので身長はわからないのだが、それでも手足の長さは際だっている。身長はおそらく百八十センチ前後。木崎より大きそうだ。肩幅が広く、胸板の厚いアスリート体型。ビキニの水着で、全身に適度についた筋肉を惜しげもなく晒している。

 日焼けした肌。眉が太く、目が丸く、大柄なのに幼い印象。女子高生ではなく、わんぱくな少年のようだ。


「水泳をやられてるんですか」

「おォ! よくわかったなァ!」

 海の傍に拠点を置いて、素潜りで魚を捕まえているところを見れば、容易に予測できることだったが、魚住は心底から感心した様子だった。

 運営者は「何らかの秀でた能力を備えている者」という条件で高校生を拉致している。目の前の三人は全員、相当な実力のスイマーだろう。

 是非とも、協力をとりつけたい。

「つーかさァ、そんなかしこまらなくていいよォ。『水泳をやられるんですか』なんてさァ。別に先輩後輩でもあるまいし、フランクにいこうよォ」

「姉御、そんな簡単に気を許すのはどうかと……」

 横から海パンの男子、海老名が心配顔で口を挟んだが、

「えェ、何だよ、別にいいじゃんよォ。こいつら、いい奴そうじゃん。だいたい、あたしたちを殺しに来たんだとしたら、既に攻撃を始めてるはずだろォ?」

「しかし、俺たちの不意を突くための作戦かもしれませんし……!」

「あー、まー、わかったァ。だったらケンちゃんはあたしの分まで警戒しといてちょーだァい」

 がさつな先輩と、それをフォローする後輩、という関係性らしい。

「あのケンちゃんという人には、何だか親近感を覚えます」

 手嶌が木崎にだけ聞こえるように、小声で言った。

「へえ、どういう意味かな、マイ・エンジェル?」

「先輩のせいで苦労してる後輩は、私だけじゃなかったんだな、と思いました」

「おや、ヴィーナスがエンジェルに何か迷惑をかけてるのかい? ちっとも知らなかったけど」

 すっとぼける木崎に、手嶌と神永は小さな溜息と苦笑いで応じた。


「でェ? あんたたち何の用だァ? あたしたちを殺しに来たってわけじゃなさそうだしさァ。こんな島の端っこまで何しに来たのォ?」

「……フランクでいいってことだから、そうだね、率直に本題に入ろうかな」

 木崎は爽やかな笑顔のままで、重大な事を告げる。

「僕たちは、島からの脱出を考えてる」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ