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第28話 三日目09:05

 日下も大岩も応答しないので、緊急事態と判断し、赤星たちは即座に動いた。


 病院から配付所までの移動には、当然、身体強化剤を使用した。数に限りのある薬剤を戦闘以外の局面で使用せざるを得ないのは痛いが、惜しんではいられなかった。

 赤星と月影が薬を飲み、氷川と天童を背負って走った。「薬を飲み過ぎないように」という初日の破芝の忠告を考慮し、先ほどの移動とは逆の役割分担。非力な月影でも、天童ひとりくらい悠々運べるようになる。

 赤星は今日だけで早くも二錠目の使用。一日に三錠までという目安が頭を過ぎるが、狭井と戦うためなら四錠でも五錠でも使う気構えだった。


 だが、配付所に戻った時には既に、狭井兄弟は立ち去った後だった。

 配付所の裏の草むらに、大岩と日下の身体が転がっているだけだ。

 大岩の首は一回転以上捻られている。尖った骨が皮膚を突き破って露出していた。

 日下の身体は傷だらけで、特に顔面が集中的に攻撃されている。痣が多すぎて本来の肌の色が見えない。


「嘘……だろ……?」

 赤星の背から降りた氷川は、その場に立ち尽くし、声を震わせた。

「俺たち、もっとメジャーになるはずだったろ……? ギャラクシー・メテオのリーダーとボーカルが、こんなところで死ぬわけ、ねえよ……。なあ?」

 問いかけながら崩れるように地に膝をつく。

 言葉とは裏腹に、氷川はふたりの死を心のどこかで予感し、既に認めてしまっていた。連絡がとれなかった時点で焦燥を通り越して絶望的だった。

 大岩を治療する術を探るための別行動だったのに、その間に大岩が攻撃されるという本末転倒。結果論でしかないが、後悔してもしきれない。


「俺はここにいるべきだった……。何の役にも立たなかったかもしれないけど、最期まで一緒に戦いたかったよ……、日下……、大岩……」

 氷川の声は嗚咽混じりになる。

 他人との会話が苦手な氷川にとって、一番のコミュニケーション手段は音楽だった。バンドメンバーである日下、大岩、銀林以外の友人は皆無だ。

 高校の軽音楽部で知り合った仲だが、自分から進んで入部する勇気はなかった。中学生の時に、ミュージシャンへの漠然とした憧れからギターを独学し始めたが、自分の実力に自信はなかったし、何より、知らない人しかいない集団に飛び込むのは怖かった。

 入部するかどうかは別として、同学年の部員の人となりだけは調べた。日下は「いつか武道館でやりたいッスね~」と日頃から大言壮語するような男で、気弱な氷川とは合わなさそうだし、大岩は巨漢で見た目が怖いし、銀林は気が強そうな女子でとても会話できる気がしなかった。

 だからと言って、一匹狼を気取ってひとりでやっていく度胸もなかった。勇気を振り絞って芸能事務所主催のオーディションに応募してみたりもしたが、審査員に貶されるのが怖くて、会場の前で躊躇してしまう。ギターを持って立ち往生していたところを、偶然通りかかった日下に声をかけられた。日下は氷川がギターをやっていることを知らなかったから、たいそう驚いていた。

 あの時、日下が声をかけてくれず、軽音部に誘ってくれていなかったら、氷川はいつまで経っても前に進めなかったかもしれない。

 案ずるより産むがやすしで、他の部員たちとのコミュニケーションは意外と何とかなったし、自分の演奏がちゃんと役に立っている手応えが得られて、氷川は嬉しかった。

 日下には特に恩を感じているし、中途半端な時期に入部してきた自分を受け入れてくれた大岩や銀林にも感謝している。皆が掲げた「武道館」という夢にも、ついていこうという気になっていた。

 その夢は叶わず、どころか、恩を返すこともできなかった。せめて、自分が日下の盾になれればよかったのに。


 赤星は、氷川を慰めたり励ましたりする言葉を考えられるほど、冷静ではなかった。

「狭ぁ井ぃぃぃ……!」

 全身に怒気を漲らせ、低く唸る猛獣のように敵の名を呼ぶ。

 下手人が狭井兄弟であることは、首を捻られている大岩の姿を見て確信した。初日の講堂で、狭井三太の平手打ちによって似たような犠牲者が無数に出た。実際には大岩が受けた攻撃は平手ではなかったのだが、傷を細かく検分する気など赤星にはない。

「ぶっ飛ばしてやる! どこ行きやがった!?」

「落ち着け赤星。敵はもうここにはいない。身体強化剤を使ってふたりを殺した後なんだ。麻痺する前に身を隠したに決まってる」

「だったらその隠れ場所を見つけだすって言ってんだよ!」

「見つけられるわけないだろ。簡単に見つかるような場所を、隠れ場所に選ぶはずがない」

「……何だよ天童。見損なうぜ? てめーは怒らねーのか? 悔しくねーのか? あのふたりとは昨日会ったばかりだから殺されても何とも思わねーってのか?」

「そんなわけないだろう!」

 天童は、それまで抑えていた感情を露わにした。堰を切ったように、鋭く言い返す。

「決まってる! 狭井は憎いし、それ以上に僕は悔しい! そもそも別行動を提案したのは僕だ! ふたりが死んだのは僕のせいだ! せめて仇をとって挽回したい気持ちは当然ある! でも、そんな手っ取り早い手段はない! だから落ち着けと言っている!」


 天童がここまで激しく主張するのは珍しい。赤星はやや驚き、目を丸くしたが、しかし決して敵意は表さなかった。

「おう、いいじゃねーか、天童。てめーにも感情があったってことを確認できて安心したぜ。だが、手段がないとか言って諦めるのは、てめーこそ落ち着いてねー証拠じゃねーか? 俺より頭がいーんだから、狭井が逃げ込みそうな場所を推理してくれよ。このまま何もしねーでいると、死んだふたりも、一昨日死んだ何百人も、浮かばれねー」

「死んでない」

 唐突に、月影芙和が言い出した。

「まだ、生きてる」

「……え?」

「は?」

「月影さん、何言って……?」

 氷川も赤星も天童も、耳を疑った。


 月影は三人に構わず、倒れている日下のところへ駆け寄った。

 首を捻られた大岩は当然死んでいる。三人は大岩の悲惨な姿を見て、そのそばに倒れている日下も死んだものと思いこんだ。だが、日下にはまだ息があった。月影の観察眼は日下の微かな呼吸動作を見逃さなかった。

 狭井兄弟は、大岩のことは念入りに殺したが、日下に対してはそこまで徹底した処置はとれなかった。戦闘の前に配付所を四カ所回っていたため、身体強化剤の効果時間、十分間が過ぎようとしていたからだ。

 とはいえ、軽い攻撃で済ませたわけではない。強化した人間同士の対決だったが、力の差は歴然。狭井肇は一撃で日下を仰向けに倒し、起き上がる暇を与えず重い拳を十発ほど叩き込んだ。

 薬で向上した防御力をもってしても防ぎ切れないダメージが、頭部と胸部に加わった。

 それでも日下は辛うじて生きていた。

「天童くん、早く手当てを!」

 悲壮な叫び。月影は今、身体強化剤の効果が続いているため、力加減の問題で自らは治療に加われない。赤星も同様だ。天童は月影の意図を即座に理解して対応する。

「わかった! 月影さんは日下さんの意識の有無を確認して! 氷川さん、心臓マッサージの準備!」


「ひ……かわ……」


 最期の力を振り絞って、日下は仲間に呼びかけた。辛そうに、ほんの少しだけ目を開いた。

 意識を確認でき、一同はわずかに安堵するが、次の瞬間凍りつく。日下は大量の血を吐き、地面を赤く染めた。

「無理して喋らないで! たぶん骨が折れて内臓を傷つけてる! 動くと血が……!」

「やま……」

 天童の警告を無視して、日下は言葉を続けた。遅かれ早かれ自分が死ぬことを悟り、意識を失う前に情報を残す。

「やまに……狭井は、山に、いる……」

「!!」

 赤星が求めてやまなかった、狭井の居所。

 日下は狭井兄弟の去り際の会話を聞いていた。薬の効果が切れる時間が迫って焦った三太は「早いところ山に戻ろ、兄貴」と確かに言った。

 山と言えば、この島にはひとつしかない。

「あとは……まかせた……。氷川……、お前は、生きて」

「な、な、何遺言みたいなこと言って……!」

 氷川は日下の手を握って励まそうとしたが、日下には握り返す力は残っていなかった。最期に伝えるべきことを伝えられた満足感からか、微かに笑って、その表情のまま動かなくなった。

「日下?」

 氷川の問いかけに、日下はもう答えない。永遠に答えられない。


「……山、行ってくるわ」

 赤星は強い怒気をまとったまま、ふたりの躯に背を向けた。



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