第26話 三日目09:00
秋野に言われるまでもなく、天童は立ち去るつもりだった。
今後のために仲間を増やしたいという方針に変化はないが、秋野と藤春のふたりと共闘するのは無理だ。藤春の体調の問題もあるし、何より、秋野と信頼関係を築けそうにない。
秋野がこちらに向けてくる敵意は、初対面時の日下たちの比ではない。説得で覆せるとは思えなかった。
それ以前に、天童のほうが秋野を信用できない。
(同じ制服を着てるってことは、藤春さんと秋野さんが仲間というのは事実だろう)
(でも、秋野さんは、仲間を踏み台にするタイプの人間だ)
(藤春さんの態度とダメージから察するに、秋野さんは藤春さんを捨て駒にするような作戦をとっている)
(戦闘を藤春さんに押しつけて、自分は安全なところに身を隠す、というところか?)
(肉体的にも精神的にも疲労して、藤春さんは倒れた)
(辛いだろうに、気弱だから秋野さんに逆らえない)
藤春の体調不良の真因は天童の想像を遙かに超えたものだったが、それ以外の部分では秋野と藤春の関係性をほとんど完璧に捉えていた。
「僕らは去りますが、今後のために連絡先を交換しませんか?」
天童から提案を持ちかけた。秋野と共闘するような展開になるとは思えないが、動向を探るために連絡先は持っておいて損はない。また、藤春と個別に連絡をとれれば、今の境遇から藤春を助けることができるかもしれない。
秋野は、天童の内心を見透かしたかのように、小さく鼻で笑った。
「嫌よ。メリットなさそうだし」
とりつく島もなかった。
*
四人は病院を後にした。
当初の目的であった、大岩の治療に役立つものは何も得られなかった。秋野は協力を拒み、医薬品や器材の持ち出しも許さなかった。交渉の余地もなさそうだったし、力ずくで奪うつもりもなかったので、四人は大人しく引き下がった。
落胆する氷川を見かねて、月影がためらいがちに提案する。
「他の病院を探す……?」
氷川と赤星は一考したようだが、賛同しなかった。
「もともと無理があったんだよ、この案……。高校生が手術なんてできないよね……」
「つーか、ここ以外に病院あるのか、この島?」
天童もふたりの意見は妥当だと感じた。仮に秋野以外に医療技術を持った人間がいたとしても、この病院にいないなら見つける術はない。
「日下さんに状況を報告して合流しよう」
「あ、連絡なら俺が……」
携帯端末を取り出しかけた天童を制して、氷川が申し出た。治療できないことを告げる役目。交渉がまとまらなかったのは決して氷川の責任ではないが、大岩に謝りたい気持ちがあるのだろう。
連絡を氷川に任せている間に、天童は赤星と月影に相談する。
「ふたつくらい、考えなきゃいけないことがあると思う」
「天童はいつも何か考えてんな。疲れねーか?」
赤星の茶々をスルーして本題に移る。
「今後、秋野さんたちと敵対することになったら、どうする? 今すぐはなさそうだけど、後々、襲いかかってきたら」
「応戦するしかねーだろ? 身体強化剤使って」
「それは、藤春さんが相手でも?」
意表を突かれたのか、赤星が口を開きかけて固まった。
月影が青ざめて質問する。
「……祥子ちゃんが私たちを攻撃してくるかもってこと? そんなこと、あり得るの? 友達なのに……」
「友達と言っても何年も前の話だし、誰かを殺さないと自分が死ぬかもしれないって状況だから。それに、藤春さんは秋野さんの命令に逆らえないような雰囲気があった」
「強制されたら、嫌々でも俺たちを殺しにくるかもしれない、ってことか。だったら、殺さねーように戦えばいいんじゃねーか? 取り押さえて説得すればいい」
「赤星は手加減できるほど器用なのか? 何かの弾みで藤春さんを死なせないと断言できるか?」
「そう言われると自信はねーが……、つーか天童はどんな回答なら満足なんだ? 応戦以外にどんな手がある?」
「逃げるのが一番なんじゃないか、と僕は思ってる。逃げられる状況なら、の話だけど」
赤星は不満そうに口を曲げたが、それ以上の案は出ないらしい。月影は戦わずに済むことに安心したようで、腕を振って走るジェスチャーを作って「わかった、逃げる!」と天童に賛同した。
「あと、もうひとつは、秋野さんたちのことを木崎さんに知らせるかどうか」
「……知らせちゃまずいのか? あいつのことは気に入らねーけど、病院のこと教えてくれたんだし、返礼として情報伝えるのが筋だと思うが」
「うん、それはもっともなんだけど……、でもなあ……」
天童は、木崎に対する警戒の度合いを強めていた。
病院の情報を提供してきたのは、純粋な善意からではなく、天童たちと秋野たちを潰し合わせるためだったのではないか?
先ほども検討した可能性だが、その疑惑は強まった。
木崎は秋野たちの存在を知らなかったか、知っていたのに知らない振りをしたことになる。
前者の場合、木崎の探索姿勢は中途半端だ。他の受験者たちの動向を窺うでもなく、防衛に徹するでもなく、ただぶらぶら出歩いて病院の存在だけ知った。あの木崎がそんな真似をするのだろうか。
後者のほうが、木崎の印象と合致する。
その仮説を推し進めて最悪の可能性まで考えると、木崎と秋野が実は手を組んでいて、天童たちを罠にはめるために病院に誘導したという線まで見えてくる。
もっとも、この場合は木崎が敵として現れなかったことが不可解だし、秋野も攻撃を仕掛けてこなかったところを見ると、おそらく違う。だが、あくまで「おそらく」であって断定まではできない。予定外のことが起きて攻撃を中止しただけかもしれない。例えば、こちらの人数を見誤ったとか。例えば、戦闘要員として使うはずの藤春が急病になったとか。
せめて、木崎の現在位置を知ることができれば、この疑惑を検証することができる。
木崎が病院の近くに潜伏していたなら、罠だったと言い切れる。
「通信を入れて、会話中に背景音を聞き取れればいけるかな……」
独り言のように言う天童。思考が先に行きすぎて、赤星と月影は置いてきぼりになっている。実のところ、天童の懸念はほとんどが的外れなのだが、それを指摘できる人間はここにはいなかった。
「……天童くん、何か、木崎さんのことを警戒してる?」
月影は察して、心配そうに尋ねてくる。
「あ、うん、ちょっと思うところがあってね。正直に伝えるのは危険かもしれないと思った」
特に、天童たちと藤春祥子が旧知の仲であることは、今後の展開に大きく影響し得る。この情報は秋野が知ってしまったため、秋野と木崎が繋がっている場合は筒抜けになるだろうが、それでも積極的に吹聴したい話ではない。
ということを赤星と月影に説こうとしたが、
「……もっと危険な人物がいたのを、思い出したほうがいいかもしれねー」
赤星がよそ見をしながら、深刻そうに言った。
天童は赤星の意図を掴みかねた。問いただそうと思ったが、その前に赤星の視線の先を追うと、そこには氷川がいた。通信端末を手にしているが、日下と会話している様子はない。焦燥した顔をこちらに向けて、声を震わせて報告する。
「日下が、日下が、電話に出ない……!」
天童は赤星の直感に追いついた。
日下と大岩が、狭井に襲われている。




