第23話 三日目08:00
赤星は自分の薬の効果が切れる前に、天童たちと合流した。五人は木々の合間に身を隠していたので、赤星が天童たちを見つけるのは不可能だったが、高速で移動する赤星は目立っていたので、天童から声をかけることは容易だった。
赤星が戦闘以降の一部始終を伝えると、天童はいぶかしんだ様子で尋ねる。
「敵の金井さんがくれたっていうメモ、まだ持ってる?」
「ああ、胸ポケットの中だ」
赤星は麻痺して横たわっている。身動きができないので、天童が抜き取って見る。
「……使い道があるかどうかわからないけど、一応、番号の登録だけはしておこう」
通信端末を操作しながら、天童は言う。
「それにしても、よく持ち帰ってきたね、このメモ」
「ああ? どういう意味だ?」
「赤星なら怒って投げ捨ててきてもおかしくない、と思って」
「確かに癪だったが、投げ捨てたら天童が怒るんじゃないかと思ってな。『勝手な判断はやめてくれ』って」
「……バカな、赤星が他人の気持ちを慮るなんて」
天童は目を丸くしていた。
「ところでよお」
赤星は動けない身体で、視線だけ動かす。
「月影はどこに電話してるんだ?」
少し離れたところで、月影は電話をかけている。時折、右前腕を失った大岩の傷に目をやり、状態を確認しながら話していた。
「今、木崎さんと交渉してもらってる」
「……木崎って誰だっけ?」
「学校の保健室にいた三人組の」
「ああ、ヴィーナス野郎か。……なんであんな奴に電話してんだ?」
「大岩さんの傷を何とかしないといけないだろ」
シャツの切れ端で止血できたとはいえ、あくまで応急処置だ。消毒も痛み止めもできていないため、放置すれば悪化するばかりだ。
「保健室の設備を使えれば、かなり助かる」
「……ホテルに戻ればいいんじゃねーの。医務室とかねーのか?」
赤星の質問は「木崎の手を借りたくない」という気持ちから出たものだったが、さほど的外れではなかった。だが、天童は、
「医務室はあるだろうけど、薬品や設備の水準がわからない。保健室のほうが充実してるかもしれない。その辺、確認しておきたいんだ」
と言って誤魔化した。
まるっきり虚偽というわけでもなかったが、天童は、これを機に木崎という人物を測ろうと思っていた。
*
月影芙和は交渉事に慣れているわけではない。だが、木崎の性格を考えれば、天童よりも月影のほうが話が進みやすい、と天童は考えた。
その目論見は概ね当たっていたが、結果は意外な方向へ転がった。
「なるほど、事情はわかったよ、ハニー」
木崎は一拍おいてから、
「でも、学校に運ぶのはよしたほうがいい」
「……それは、なぜです?」
「意地悪しようってわけじゃないよ。僕は女性に対して日本で一番優しい紳士のつもりなんだ。でも、違うんだ。僕らは今、学校にはいない」
木崎たちは一カ所に拠点を構えるという考え方をしていなかった。情報収集と、居場所を悟られる危険の観点から、拠点を転々と移していた。
「講堂に陣取った連中もいたみたいだから、距離をとることにしたのさ。だから、保健室の詳しい状況はわからないし、手当の手伝いもできない。こんなことなら、学校に居続けるべきだったね」
「そうですか……」
「そんなに残念そうに言わないでおくれ、ハニー。助力はできないけど、助言くらいはできる」
「……?」
「ちぎれ飛んだ腕は回収してあるかい? 氷で冷やして保管しておくといい。傷の状態次第では、繋げられるかもしれない。数時間以内に接合手術できれば」
「そんな……! この島にお医者さんなんていないでしょう? そんなの無理です!」
「可能性はあるさ。僕が思いつく限りでは、ふたつ。ひとつは、運営者と交渉すること。彼らは医師を連れてきている可能性がある。と言っても、それは運営者サイドの怪我人や急病人のためであって、僕たち受験者のためじゃない。おそらく助けてはくれないだろうね。だから、可能性は実質ひとつ」
もったいぶった上で、木崎は告げる。
「受験者の中にいる医師を探す」
「……え? えっと、でも、受験者って、全員高校生のはずじゃ……?」
「うんうん、ハニーが戸惑うのも理解できる。僕だって、こんな可能性はほとんどないと思ってるよ? でも、運営者は受験者をランダムで選んでいるわけではなく、『一芸に秀でていること』を条件にしている節がある。ハニーにも自覚があるんじゃないかな?」
月影は自分の力に自信がないので肯定しなかったが、赤星も天童も、この島で見た他の受験者たちも、分野こそ違うがそれぞれに強みがあるように見えた。
「だから、ひょっとしたらいるかもしれない。医学に心得のある受験者が」
「でも、そんなの、どうやって探せば……!」
「おお、ハニー、焦らないで、落ち着いて考えてみてくれ。医学に心得のある受験者がいたとしたら、どんな場所を拠点に選ぶと思う?」
さすがに、ここまで指摘されれば、木崎の言わんとすることは月影にも理解できた。
「……病院?」
医療技術を持った受験者なら、自分や仲間が負傷した時に治療できるし、他の受験者を治療して取引を持ちかけることもできるだろう。それを可能にするためには、設備が必要だ。病院以外の場所では、自分の技術を持ち腐れにするだけだろう。
「さすが、ハニーは賢いと思っていたよ」
木崎は満足そうだった。
*
赤星の麻痺が解けてから、六人は再始動した。
まずは配付所で食糧と薬剤を受け取る。その際、運営スタッフに大岩の傷の治療を要求してみたが、案の定、却下された。氷も得られず、大岩の右腕の状態は長時間維持できない。迅速に動かなければならなかった。
大岩、日下のふたりは配付所前で待ち、赤星、天童、月影、氷川の四人が病院へ向かうことにした。他の受験者と遭遇して戦闘になった場合、負傷している大岩を庇いきれないため、別行動にすべきだという判断だった。
速度を最優先するため、天童と氷川が身体強化剤を使用し、月影と赤星を背負って走った。木崎から聞いた道順は正しく、数分で病院にたどり着けた。
「しっかし、ヴィーナス野郎もいいとこあるんだな」
病院の裏手に身を潜め、天童と氷川の麻痺が解けるのを待ちながら、赤星が何の気なしに言った。
「こういう情報を出しておいて、何の見返りも求めねーなんて。いけ好かねー奴だと思ってたが、見直してやってもいいかもしれねー」
「どうなのかな……。単に私に対して格好つけたかっただけかもしれない、なんて思ってるけど」
月影が率直に感想を述べると、
「何かそれでもいいような気がしてきたわ。その格好つけのおかげで、大岩の腕が治るかもしれねーんだから」
赤星は真顔で言った。
麻痺している天童はその会話に入らなかったが、いくつか思うところがあった。
木崎がこの病院の場所を知っていたのは何故か。
おそらく自分の足で島を探索してたどり着いたのだろうと推測できるが、それならば、ここに受験者がいるかどうかも知っている可能性が高い。にもかかわらず、知らないと言っている。本当に知らないのであればいいが、何かを知っていて隠していることも考えられる。
病院内に悪意ある受験者が潜んでいるのを知っていて、そこに天童たちを送り込んで共倒れを狙う、という策。
木崎の性格上、月影を危険に晒す策は用いなさそうなので、天童も本気で疑っているわけではないが、警戒する癖だけはつけておいたほうがいい。赤星や月影にそういうことを要求するのは酷なので、少なくとも自分だけは。
病院は四階建て。放置されているため薄汚れた印象ではあるものの、建物自体は比較的新しい。入り口前にバス停の残骸があるが、破壊されていて地名などは読みとれない。
麻痺が解けて、四人は入り口の前に立つ。
「あの、入る前に、少し話していいかな。もちろん、急がなきゃいけないのは、わかってるんだけど……」
氷川が後ろから赤星たちに呼びかけたので、三人は振り返った。返事を待たず、氷川は用件を述べる。
「うちの大岩のために動いてくれて、その、ありがとう。俺たちだけじゃ、たぶん、どうしていいかわからず途方に暮れていた、と思う。感謝してる」
氷川はつっかえながら、口下手なりに真摯に語る。
「世話になりっぱなしだと、正直申し訳ない。も、もし、この病院の中にいるのが、狭井みたいな敵対的な奴だったら、皆はさっさと逃げてほしい。これは大岩のための戦いだから、俺がやらなきゃいけないと思う」
氷川は顔を強ばらせ、拳を握りしめる。
現時点で、身体強化剤の所持数は六人合計で十一錠、内訳は赤星たちが四錠、氷川たちが七錠だった。ただ、今朝赤星と天童が使用したのは大岩のためという側面が大きいため、日下の判断で融通された。
身動きのとりにくい大岩は一錠、他の全員は二錠ずつ持ち、敵との遭遇に備えている。
「俺でも、時間稼ぎくらいはできると思うから、皆は」
「気負いすぎんなよ」
赤星が氷川の言葉を遮った。
「俺たちの安全を考えてくれるのはありがてーけど、少なくとも俺は誰かに守ってもらわなくても大丈夫なくらい強いつもりだから、無理すんな」
「で、でも……」
「それに、相手が狭井だったら望むところだってーの。俺はあいつぶん殴らねーと気が済まん」
そういうと赤星は大股でずんずんと前進し、病院内に入った。他の三人は小走りで追う。
「ああいう奴ですから、気を遣わなくていいですよ」
天童が苦笑しつつ、氷川に話しかけた。
「赤星は誰かと戦いたい奴なんです。その機会を奪われると、かえって機嫌を損ねる」
「そりゃまた危なっかしい。ついてくの大変ですね……」
氷川は目を丸くする。
「天童くん、あんまりこーせーくんを悪く言わないであげてよ」
月影はほんの少し棘を含んだ口調で言う。
「こーせーくんは誰彼構わず喧嘩してるわけじゃないもん。非道いことしてる人を見て我慢できないだけ。……危なっかしいのは事実だけど」
月影は赤星のことを「正義感と実行力のある人」として実像よりも美化して尊敬している。
赤星の姿勢は、幼少期からこの島に至るまで揺らいでいない。
*
病院の中にいた秋野レミは、侵入者の存在を察知した。




