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第22話 三日目07:52

 赤星が猪突した後、天童は冷静に最善手を重ねたつもりだった。


 傷を負った大岩を庇いながら、全員、散り散りになって商店の影に隠れる。だが、それだけでは、狙撃手は建物ごと打ち抜いてくる可能性があるので、できる限り身を隠したまま後退する。

 これらのことを指示する前に赤星が飛び出してしまったのは計算外だったが、赤星のおかげで狙撃が止んだのは、天童たちを大いに楽にした。

 狙撃手の射程距離が不明なため、どこまで逃げても安心はできないのだが、狙撃された死体が配付所から一キロ以内の道端に散らばっているのを見る限り、おそらく二キロも離れれば問題はないだろう。

 むろん、身体強化した人間であれば、走って一分以内に追いついてこられる距離だが、その場合はこちらも身体強化して応戦すればいい。


 天童たちは木の影に隠れた。月影に配付所の方角を警戒してもらい、天童は大岩の傷の処置をする。

「大岩……、大岩ぁ……!」

 日下は仲間の負傷を目の当たりにして、ただただ狼狽え、泣き叫ばんばかりになっている。この様子では何をするにも覚束ない。比較的冷静に見える氷川に、傷の圧迫を頼んだ。氷川の顔も蒼白となっていたが、懸命に、大岩の傷を押さえる。

 大岩の右肘から先は、消し飛んでいた。

「俺のせいだ……! 俺がぼんやり突っ立ってたから……!」

 日下は涙声でただただ嘆いていた。

 大岩の負傷は日下を庇った結果だった。飛礫の軌道上に日下がいるのを見て咄嗟に突き飛ばし、大岩が代わりに犠牲になった。

「何、気にするなよ、日下……! まだ、腕だから、よかった……! こんなもの、頭や腹で受けてたら、死んでたな……」

 大岩は声を絞り出すように言った。顔中から脂汗を流し、氷川とともに自分の傷口を握るようにして血を押さえている。

「腕だからよかったって、何だよ……。もうドラムが叩けねーじゃねーか! 俺の! 俺のせいで!」

「ま、ちょっと不便になるが、片手と両足で叩くしかないな……」

「強がるんじゃねーって! こんな時くらい俺を責めとけよ! 何も言われないと俺が惨めなんだよ! 罪悪感で死にそうなんだよぉっ!」

「仮に、俺が日下を庇わなかった場合、俺のほうが罪悪感で潰れてただろうな……。だから、結局同じことだ……。あと、ボーカルが居なくなったら、がっかりするファンが多そうだ。その分だけ、こっちのほうがマシってもんよ……」

 ふたりの問答を聞きながら、天童は昨夜の氷川とのチャットを思い返していた。大岩は「ファン」と言ったが、そこにはきっとベース担当の銀林由貴も含まれているのだろう。


 天童は自分のシャツを脱いで引き裂き、即席の止血帯を作った。これで大岩の腕をきつく縛り、失血を抑制する。

「すまんな、天童。とんだ足手まといになってしまった……」

「気にしないで。こうなったのは偶然です。何かが違っていたら、僕や月影さんがこうなっていた」

「あの、赤星という奴は、大丈夫か……?」

「大丈夫、だといいんですけど……」

 天童は赤星を盲信できるほど楽観的な人間ではなかった。

「何分か、様子を見ます。身体強化剤を使って、八分経っても戻らないようなら、僕が救出に向かいます」

 初日に狭井と対決した時と似た展開になるかもしれない、と天童は心の準備を始めた。



 後ろから抱きつかれた赤星は、鍵山に殴りかかっている場合ではなくなった。

 背後にいる金井に対して、闇雲に拳や肘を振るう。何発か当たったが、無理な姿勢で力がこもっていない。普通の人間であればそれでも倒せるだろうが、当然、この相手も身体強化している。

「にゃは。全然痛くないな~。思ってたより大したことなさそう~」

「……うぜえ!」

「ところで、鍵山くぅーん?」

 金井は赤星を無視して、味方に呼びかける。

「何ぽけーっとしてるのかな? 早くこの敵を始末しよーよ?」

「あ、は、はい、すみません!」

 鍵山は顔を歪め、拳を握った。覚束ない手つきで殴りかかってくる。

 喧嘩慣れはしていなさそうだ、と赤星は看破したが、油断できる状態ではなかった。自分の後ろをとった金井は手強そうだし、三人目が現れないとも限らない。手早くケリをつける。

 赤星は金井の足を思い切り踏みつけた。

「にゃぐ!?」

 痛がる金井に構わず二度三度を足を下ろし、怯んだところで地面を蹴って跳躍した。金井に体重を預けた、後方への跳躍。痛がって片足立ちの状態の金井を容易に押し倒し、もつれながら屋根から車道に落下した。

 地面に激突する際、金井を下敷きにする目論見だったが、金井は赤星の背中を蹴り、飛燕のように素早く離脱。転がって受け身をとった。体勢を崩した赤星は無様にうつ伏せで落ちる。

「ぐげ」

 そこに、急旋回した金井が襲いかかる。赤星の頭を踏みつけにかかったが、赤星は急いで起きあがって回避。


「……あっぶねー」

「やるじゃ~ん?」


 金井は余裕の笑みを見せていた。

 ここでようやく赤星は敵の姿を確認した。小柄な女子。ベリーショートの髪を赤銅色に染めている。他の連中とは違って、制服ではない。Tシャツとスパッツで身軽な装いだった。

「その服、よさそうだな。動きやすそうで」

「いいでしょ~? 拉致られた時、制服の下に着込んでたんだ~」

「何だ、部活か。この島で手に入れたんじゃないのか。店を聞こうと思ったのに」

「そりゃ残念。私、陸上部なんだ~」

「マラソンかよ。物好きだな」

「違う違う、短距離」

 金井は自分の手の内を明かしてきた。余裕の表れなのか、それとも天然なのか。


「……で? そんな陸上少女が野球少年と組んで人殺しに興じてる、と。もうひとりの仲間はサッカーか? バスケか? どこにいやがる? 三人まとめてぶちのめしてやる」

「赤星くん、だったよね? 君が私たちに怒ってる気持ちはよぉ~くわかるんだけどさぁ~、弁解させてもらってもいいかな?」

「あんな物騒な攻撃仕掛けといて今更何を……!」

「誰も殺さないでいると、私たちずっとこの島にいなきゃいけないんでしょ~? それどころか、昨日のアナウンスの感じだと、運営に殺されるかもしれないわけだし~」

「殺された奴や、殺されそうになった奴が、そんな言い訳でてめーらを許すと思ってんのか?」

「うん、だからそれは謝るよ。ごめんね?」

 金井は小首を傾げて片目を閉じた。口元には依然として薄笑いを浮かべている。

 赤星は一息で踏み込み、力任せに拳を振るった。金井の頭部を遙か彼方まで吹き飛ばすつもりの一撃。だが、予備動作が大きすぎて、金井には見え見えだった。バックステップであっさりと射程圏外に逃れる。

「こわいな~。謝ってるのに~」

「……大岩は」

「ん? 誰?」

「さっきの石を食らった大岩は、別に俺のダチってわけじゃねーんだが、仇をとりたくなってきた」

「な~んだ、友達じゃないならほっときゃいいじゃ~ん。ていうかさ~」

 金井はあっけらかんと提案する。


「赤星くん、私たちの仲間にならない?」


「……何言ってるのか、よく聞こえなかったな」

「私たちの仲間にならない? 赤星くんの仲間、見た感じ五人くらいいたっけ? みんな鍵山くんの投石に逃げるだけの腰抜けじゃん? おまけに、赤星くんが私たちに攻めいってるのに、誰も援護に来ない。そんな仲間よりさ~、私たちの仲間になったほうがよくな~……い!」

 赤星が右脚で繰り出したソバットを、金井は仰け反ってかわして距離をとる。

「ダメか~、そっか~」

「てめーは狭井の同類と見なす」

 赤星はありったけの憎悪をこめて、金井と鍵山をにらみつけた。

 金井は意に介する風もなく、唐突に「鍵山くん、紙とペン持ってたよね? 貸して?」と要求した。

 鍵山が恭しく差し出すと、金井は素早く走り書きし、畳んだ紙片を赤星のほうに投げ渡てよこした。

「……何だ?」

「私の番号。もし気が変わって仲間になりたくなったら連絡してね~」

「今からてめーをぶっ殺すから、連絡なんてできねーが?」

「赤星くんさ~、殺人を許さないスタンスなのに『ぶっ殺す』っていうの、矛盾してな~い?」

「あ、あの、金井さん!」

 鍵山が躊躇いがちに会話に割り込んだ。

「えっと、俺、その、時間が……」

 薬剤を使用したのは鍵山が一番早いため、効き目が切れて麻痺状態に陥るのも鍵山が先になる。

「あ、もうそんなに経つ? じゃ、さっさとずらかろ~。よ~い……」

 金井は赤星に背を向け、軽く拳を握った。走り出す予備動作を余裕たっぷりに見せつける。鍵山は合図を待たずに走り出していた。

「てめーら、待て!」


「どん!」


 逃げる動作はフェイントだった。

 金井に飛びかかろうとした赤星に対し、金井は振り向きざまに蹴りを放った。赤星のお株を奪うかのようなソバット。赤星は咄嗟に腕をクロスさせて防御するのが精一杯だった。

 骨にまで響く衝撃。

 勢いに押され、後方に十メートルほど吹き飛ばされ、背中から落ちる。

 その隙に、金井も鍵山も遙か遠くまで逃げ去ってしまっていた。

「ちくしょう……!」

 今から追っても追いつけないと悟り、赤星は苛立ちをこめて地面を蹴った。この島にはむかつく人間が多すぎる。



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