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第2話 初日17:05

「こーせーくん……、その、大丈夫? 怪我とかしてない?」


 会場の喧噪を横目に、隣席にいる友人の星影芙和が心配そうに声をかけてきた。ただでさえ気が弱い星影のことだ。赤星が超人的な力で投げ飛ばされたのを見て、ひどく怯えている。

 野暮ったいお下げの髪型と、化粧っ気のない顔。目鼻立ちは整っているが、星影はそれを飾ることに無頓着なタイプの少女だった。赤星と同じ高校二年生だが、その素朴さ故に幼く見える。

 内気なのは昔からのことで、今も泣きそうな目で赤星を見つめてくる。


「は? 何ともねえよ。俺の頑丈さは知ってるだろ? それに、あの野郎も『手加減した』って言ってたしな。余裕余裕」


 赤星は精一杯強がってみせた。痛がっている様子を少しでも見せたら、月影を心配させてしまう。話を別の方角に向ける。


「それはそうと天童、この後、どうしたらいいと思う?」


 星影の隣には、もうひとりの友人、天童玲がいた。破芝が「三人組になるように人選した」と言っていたとおり、隣近所の席に座らされていた。交友関係まで把握されているのが不気味だが、見知った仲の人間がふたりいるのは心強い。

 天童の表情は、平常時と比べてさほど変化がない。切れ長の目が凛々しく、肌は美しく、頭身が異様に高い。モデルかと見紛うような美しい佇まいを維持していた。


「……最適解はわからないけど、まず、さっきの赤星みたいな軽挙妄動に走らないこと。これが前提条件になる」


 冷静沈着を地でいく天童は、破芝から目を離さずに述べた。状況がいつ動くかわからない以上、キーパーソンの動向を把握しておくのは、彼らしい賢明な判断だった。

 赤星が不機嫌そうな顔を浮かべて呟く。


「けーきょもーどー、って何かよくわかんねえけど、俺が馬鹿にされてるってことだけはわかった」

「馬鹿にしてるわけじゃない。冗談抜きで、迂闊に動くと殺される。実際、今、あの破芝という男が力加減を間違っていたら、赤星は死んでいた。二度とあんな危ない真似はしないでくれ」


 痛いところを突かれ、赤星は黙るしかない。かわりに、月影がおずおずと口を開いた。


「あの……、天童くん、そんなに怒らないで……。怖いから……」

「いや、えっと、ごめん、月影さんに怒ってるわけじゃないよ? 悪いのは赤星だ」

「そういう問題じゃなくて……。それでなくても、この状況は怖いの」


 天童はようやく破芝から視線を外し、赤星と月影に目を向けた。月影は華奢な身体をいっそう竦めていた。震えを抑えるために、自分の身体を強く抱きしめている。周囲の雰囲気から逃避するように、俯いて目を伏せていた。

 破芝は「試験」の詳細を語ろうとしないが、おそらく、荒事になるだろうことが予想された。喧嘩に慣れている赤星や、武道の心得がある天童と違い、月影には自分の身を守る術がない。不安が強すぎて萎縮している。


「……ごめん、僕の言い過ぎだった。赤星、許してくれ」

「あー、そんな謝んなよ。別に気にしてねえし。俺が悪かったってのは、そのとおりだろうしよ」


 赤星と天童の意見の相違は小学生時代からの常であり、今さら機嫌を害するようなことではない。憎まれ口を叩き合うのは、ふたりにとっては挨拶や冗談の類に近いが、今は月影の手前、口に出して和解しておくのが肝要だった。

 周囲では不満の声が鳴り続けていたが、破芝が「これ以後、質疑と関係のない発言をした者には、先ほどの赤星くんより酷い目に遭ってもらおうかな?」と発言したことで静まり返った。


 破芝の薬剤の効果はまだ切れていないらしく、未だ微笑みを崩さない。また、切れた後は、彼の部下が職務を引き継ぐだろう。反抗しようとする者はいなかった。


「ふたつほど、質問があるんだが」


 最後列で手が上がった。講堂の座席には緩い傾斜がついているため、最前列にいる赤星たちからは見上げる位置になる。

 筋肉質で大柄な、浅黒い肌の男だった。自分の体格を誇示するかのように、学ランの前ボタンを開けている。常人よりふた回りは大きい。目つきは険しいが、口元には笑みを浮かべている。同じ笑みでも、破芝とはまた違った印象だ。表情だけなら快活で爽やかな破芝に対し、色黒の男は、罪人の処刑を見て喜ぶ酷薄な王のような、嫌な笑顔だった。


「よろしい! 狭井くん、何でも聞いてくれたまえ!」


 破芝は何の資料も見ず、色黒の男の名を呼んだ。赤星のときもそうだったが、拉致した一千名、全員の顔と名前を覚えているのだろうか。だとしたら、その記憶力と準備量は尋常でない。

 呼ばれた狭井は意に介さず尋ねる。


「『生き延びろ』という話だが、いつまでだ? お前らみたいなクズどもだって、二年も三年も拉致監禁を続けるほど暇じゃあるまい。何日生き延びればいい?」


 クズ呼ばわりして挑発するが、破芝は陽気な笑顔のままだった。


「それは答えられない。繰り返しになるが、『我々からの通信があるまで』だ!」

「ふん。クズどもの考えたルールに合わせるのは面倒だが、まあ、いい。何日でも生き延びてやろう。次の質問のほうが大事だ」


 狭井は、鼻で笑って続ける。


「俺たちが生き延びるにあたって、何か禁止事項はあるか?」

「特にない! ……と言いたいところだが、我々への反逆行為は許可しない! 例えば、我々の身体への攻撃や、試験運営の妨害、指示の不履行、島からの逃走企図といったものだな。これらの行為を行った者に対しては、断固とした措置……つまり、先ほどの赤星くんにしたような措置をとるつもりだ!」


 破芝の笑顔が赤星に向けられた。

 赤星は改めて、破芝の佇まいを観察する。

 部下たちと同じように、どこかの国の軍服のような装いに身を包んでいる。上から下まで、砂漠に紛れるような薄い茶色。だが、部下たちと違って銃器を携行しておらず、代わりに、腰に金属製の警棒のようなものを帯びている。ただし、刀に近い長さがあり、一見したところでは竹刀か木刀を持った鬼教官といった風情だ。

 痩せ形で、決して大柄ではない。最後列にいる狭井と比べても、赤星自身と比べても、肉体的には見劣りする。

 だが、姿勢が極めていい。背筋が綺麗に立っていて、マイクで話している最中も全くぶれない。鍛えられた筋肉と骨格に支えられてこその安定感だった。


 破芝の余裕に満ちた態度は、自分の強さに対する自信の表れと見ていい。もちろん、薬剤で身体能力を高めているからというのも一因だろうが、この男は薬に頼らなくても相当に腕が立つ。その強さを見誤って突撃したのは、天童に言われたとおり、確かに迂闊だった。


(それにしても、あの野郎、俺を見てるのは挑発か? 俺を怒らせて、攻めさせて、改めてぶち殺して見せしめにしようってことか?)


 当然、その手には乗らない。説明を受けた今、手元にある薬剤を使えば、先ほどのように一蹴されることはないだろうが、ここには破芝の部下は数十名揃っている。囲んで殴られて終わりだろう。気が短い赤星ではあるが、見え見えの誘いに乗るほど愚かではない。

 赤星が動かないのを見て、破芝は視線を会場全体に向ける。


「ちなみに、先ほどからは狭井くんは我々ことを『クズども』と呼んでいるが、これは禁止事項に抵触しない! 罰せられなくて残念だ! 他に質問はないだろうか!」


「食糧とか、どーなってるんスか?」


 会場の中程にいた金髪の男が挙手した。大半の者が高校生風の制服を身につけている中、この男は場違いに派手な、ビジュアル系バンドのような出で立ちだった。光沢のある黒のジャケットを着こなし、インナーはドクロ柄のシャツ。顔には濃いメイクが施され、目の回りが黒い。


「えっと、その、よくわかんないんスけど、何日もこの島で暮らさなきゃいけないんスよね? 食べ物とか飲み物とかないと、餓死しちゃうよなー、って……」


 周囲を隔絶する外見とは裏腹に、腰は低かった。


「その点については考えてあるから、安心してくれ、日下くん! 食糧配付の方法は通信で知らせる! だが、逆に言えば、通信を受けられなかった者は餓死する可能性も出てくる! 気をつけたまえ!」

「わ、わかりました……」


 金髪の男は大人しく受け答えし、手元の通信端末を確認した。


「確か、薬の配付方法も通信で知らせてくれるのよね? 食糧配付の方法と同じ、と見ていいのかしら? どうせ教えてくれるんなら、後日ではなく今教えてもらいたいのだけれど?」


 別の場所で、気の強そうな女子が挙手した。顔立ちは整っているが、不機嫌さを隠していない、棘のある表情と口調だった。


「なるほど! 秋野くんの要望には応えられないが、軽く説明しておこう! ある時点から一日一回の頻度で、通信で時刻と場所を指定させていただく! そこに行けば受け取れるようになっている! 以上だ!」

「薬って、ひとりに一錠配られるのよね?」

「いかにも!」

「あなたたちって、この薬、何錠持ってるの?」


 鋭い質問だった。ここに集められている高校生はざっと一千名。破芝の話を信じるならば、現時点で千錠の薬剤がこの会場にある。そして、数日間にわたって試験を行うとすれば、その数倍の備蓄があることになる。


「こんなとんでもない薬を、とんでもない数、用意してる。あなたたち、何者なの?」

「ノーコメント! だが、それだけの力を持った組織だと思っていただきたい!」


 秋野と呼ばれた女子は、ため息とともに続ける。


「……まあ、教えてもらえると思ってないけど、もうひとつ。何のために、こんな薬を私たちに配ったの? この薬が必要になる場面が、試験とやらの中にある、ということなの? どんな場面か興味あるわ」

「時が来ればわかる! だが、その時は一瞬かもしれない! 機を逃さず! 有意義に使ってくれたまえ!」


 破芝は声を張り上げた後で、腕時計に目をやった。


「さて、そろそろ私が立っていられる時間が短くなってきたので、質疑はここまで! 繰り返すが、薬剤の効果は十分間! 服用から十分間だけ身体能力を高め、その後の十分間は麻痺状態だ!」

 念を押した後、付け加える。

「合図とともに、講堂の出入り口を解放する。禁止行為以外のことであれば、自由に行動してくれて構わない」


 出入り口をふさいでいた破芝の部下たちが動きだした。両開きの重々しいドアの取っ手に手をかけ、いつでも開けるようにスタンバイする。

 高校生たちの大多数は、異様な状況に戸惑いながらも、ドアのほうに注意を向けていた。よくわからないが、とりあえず、そこから外に出ていい、という話だ。それに従っておくのが自然な流れだった。


 赤星と天童は、違った。

 赤星は予感に近い感覚で危機を悟り、天童は理詰めで未来を予測し、身構えた。


(禁止行為以外のことであれば、自由!)

(禁止されたのは、運営者への反逆行為のみ!)

(運営者への反逆以外のことは、何をしても許される!)

(この島には警察等の機関が存在しない!)

(生き延びること!)

(薬が必要になる場面!)

(機を逃さず!)

(有意義に使う者がいる!)


「では、自由行動開始! 健闘を祈る!」


 合図とともにドアが開かれたが、同時に、講堂の最後列付近で爆発が生じたかのように、高校生たちが十名単位で蹴散らされた。負傷者か死者かはわからないが、その身体は宙を舞い、天井や壁に激突して落ちてくる。悲鳴と怒号が、最前列の赤星たちの耳にも届いた。

 爆心地にいたのは、誰よりも早く運営者の意図を汲み取った、学ランの大男、狭井だった。


「薬は本物、と……」


 狭井は自分の蹴りと拳の威力を確認して、邪悪な微笑みを浮かべる。彼は誰よりも早く、機を逃さずに薬剤を服用していた。

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